※リオ編のネタバレがあります。





「ナマエは僕が守る。だから、一緒に来てくれないか」


水平線の下に落ちていく太陽から放たれるオレンジの光で染まった彼は、ナマエに手を差し出す。彼の背後から差し込む光は後光のようで、その眩しさに少し目を細めた。岩の影に隠れるように膝を抱え、震えていたナマエはおそるおそる差し出す手に自身の手を乗せた。すると、しっかりと握り返され、男は薄く笑った。きょとん、とまばたきをするナマエは現状に未だ思考が追いついていないようだった。




▲▼




激しい爆発の音とヘリのプロペラの音。そして、自身の乗るバイクの音と共に炎が膨れ上がる。燃えたい、と叫ぶ炎の声が楽しそうにナマエの頭の中で主張する。バーニッシュアーマーに身を包んだ集団がバイクを走らせ、誘導するかのように挑発をする。そんな中唯一バーニッシュアーマーに身を包んでおらず、先頭を走るリーダー二人のうち細身なフォルムの男のバイクの後ろに乗るナマエはカタカタと震える手を目の前の男のお腹に回す。


ヘリから大型自動車にフォルムを変えたフリーズフォースは、激しい勢いでマッドバーニッシュの彼らを轢いた。その衝撃で地面に倒れ、対抗したリーダーであるゲーラとメイスは一瞬で氷漬けにされてしまった。周りはフリーズフォースに囲まれ、逃したはずの非戦闘員のバーニッシュたちは捕まってしまった。次は自分たちだと見下ろす大柄の男に、ナマエの顔色はこれ以上ないほど青い。


そもそもナマエは戦闘員ではない。リーダーである彼らの炎を増やし、戦闘を優位にするために連れられていたのだ。もちろん緊急時にはナマエを一番に避難させるはずだったが、それを担っていたリーダーの二人は氷漬けだ。


カタカタと震えるナマエは、連想される事象にさらに心臓が潰されるかのような恐怖に包まれた。これから捕まり、収容所に送られ、死にたくても死ねず、苦しく、非道な扱いを受ける。咄嗟にナマエは隣に立っていたバーニッシュの男の体に片手を触れさせた。驚く男とこちらに氷の銃を向ける大柄な男。その引き金が引かれる前に、爆発的に男の体から火柱が天高くのぼった。その炎の量は増していき、ぐにゃりと火柱が動き龍のように姿を変えた。男の炎を増やすナマエの顔は恐怖に満ちており、未だガタガタと震えている。


そんな時だった。一筋の光が伸びたかのように、炎の矢が大柄な男の乗っていた車を飛ばし、ナマエたちを囲んでいたフリーズフォースの人間たちの元へ落ちた。突然の出来事にナマエは手を離し、火柱は消える。


崖の上に、炎を宿した大型の真っ黒なバイク。それに乗る人物はさらに炎の矢でフリーズフォースの人間を蹴散らすと、急勾配な崖であるにも関わらずバイクを走らせこちらへ向かってきたのだ。大柄な男、ヴァルカンはキューブのようなものを放ち、向かう男を氷漬けにする。その氷は大きく、厚く、脱出は絶望的にも思えた。…が、高純度の炎で氷を溶かした男はそのままヴァルカンの銃を炎で壊した。


謎の男のおかげで氷から開放されたゲーラとメイス。逃げるように告げる男は、フリーズフォースの攻撃に矢を放つと、彼らの武器をすべて一撃で壊してしまったのだ。これを好機だと悟り、炎を飛ばしたゲーラ。だがその炎は救ってくれたはずの男の矢によって地面に落とされる。


人は殺すなと、エメラルドグリーンの髪をなびかせ男は静かに告げた。そして、地面から湧き出たマグマのような炎は分厚く、フリーズフォースとの間に壁をつくった。先程ナマエが炎を増加して出させたものの何十倍、何百倍ともいえる炎の威力だ。それを、一人で。




突然現れた、強力な助っ人。男の言う通り、人は殺さず逃げることとなった。急いで移動をするバーニッシュ達の中、一人動けずにいるナマエは呆然と崖の上にいる男を見つめていた。その手の震えは止まっている。


「!ほら、行くぞ嬢ちゃん」


気づいたメイスが一人立ち止まるナマエを抱き上げ、一同はその場から姿を消した。







▲▼






バーニッシュの街を作るのだと、男はいった。財団にも政府にも手を出されず、バーニッシュが平和に暮らせる場所を作るのだと。連れ去られた仲間達も助ける、だが人は殺さない。夕日に照らされた若い男の瞳は赤く、燃える炎のようで強い意思を感じた。


その男は、リオと名乗った。


マッドバーニッシュのボスとなり、彼を認めたゲーラとメイス、そしてリオは盃を交わすように炎を交わした。


そんな中、ナマエは彼らより離れた場所にある岩の影に膝を抱えながらうつむいていた。彼女の頭が理解したのは、バーニッシュの居場所を作ること、マッドバーニッシュのボスは彼になるということ。目の前の出来事に意識を傾けると同時に、自分を見下ろすフリーズフォースの大柄な男、ヴァルカンの姿を思い出してしまうのだ。カタカタと小刻みに震える手を握りしめ、ナマエは膝に顔を埋めた。


ナマエはマッドバーニッシュではない。マッドバーニッシュに助けられた非戦闘員だ。”他人の炎を増大できる”という特殊能力によりここにいるに過ぎないのだ。マッドバーニッシュのボスが変わろうとどうなろうと、ナマエにとっての問題はこれからどうするか、ということだった。


どんなに逃げてもフリーズフォースはやってくる。戦えない自分はすぐに捕まってしまう。この場にいても、先程のように強い者が倒されればあとは捕まるだけ。リオの登場がなければ、捕まっていた。何をしても、どう行動してもフリーズフォースに捕まるのか。


「彼女は?」
「特殊バーニッシュっす。他人の炎を増やせる」
「…その代わりなのか、彼女は喋れないようです」


自分の話をされているのだと気づき、びくりと肩が跳ねた。


彼らはナマエを喋れないと言ったが、本当は違う。炎の声を聞き、炎を操るバーニッシュ。ナマエ自身も何故この力があるかはわからないが、炎とのシンクロ率が他のバーニッシュより高い、高すぎるのだろう。声の代わりに、炎の声のように言葉を伝えることができる。
だがバーニッシュとして覚醒し、逃げた先のバーニッシュに言われた一言がナマエから言葉を奪った。気持ち悪い、と。たった一言だったが、ナマエの心に深い傷を負わせるには充分だった。


目の前に誰かが膝をついた。ふと、つられるように顔を上げたナマエの瞳に真っ直ぐにこちらを見つめるリオの姿が映った。


「…怪我はないか」


心配そうに告げられた言葉に動揺し、ナマエは固まってしまった。これから何を言われるのか、悪い予想ばかり頭を埋め尽くしていく。ナマエの視線がリオから地面へ落ちかける。


「僕はリオ、リオ・フォーティアだ。君の名前を、聞かせてくれないか」
「ボス、嬢ちゃんは…」
「ゲーラ」


制すようにメイスに名を呼ばれ、ゲーラはぐっと口を閉じた。リオは静かにナマエを見つめ、その場から動く気配はない。膝を抱え、震えたままのナマエはリオと視線を合わせられずにいた。最初にゲーラとメイスに名を聞かれた時、炎を通じて名前を告げた。けれど、気づかれることはなく喋れないというレッテルを貼られた。その方が気味悪く思われないで済む、と訂正せずにいた。きっと目の前のこの人も同じだと、俯いたまま小さな小さな”声”で自分の名前を告げるために口を開いた。


”…ナマエ”
「…ナマエというのか」
「えっ喋りましたか?」


驚くメイスは、今度はゲーラに制されていた。弾かれるように顔を上げたナマエは、夕日をバックにこちらを見るリオに視線が釘付けになった。炎の声と同じように言葉を伝えた。ソレに関して、彼は不快そうに顔を歪めるわけでも不審そうにするわけでもなく、ただまっすぐにナマエを見つめていた。そして、リオはふと口元を緩めるとそっとナマエの頭に手を伸ばす。その光景に、先程のフリーズフォースとの戦闘が蘇り、咄嗟に耐えるように目をぎゅうと瞑った。その行動に、一度リオは手を止めたが、慎重に手を伸ばすと優しく、丁寧にナマエの頭を撫でた。


「怖かっただろう。よく、頑張ったな」
”……”


力加減や指先にまで、優しさが込められていた。労るように、安心させるように、優しく、柔らかく頭を撫でる手のぬくもり。ナマエは困惑を隠せないままリオを見つめた。この人なら、この人についていけば何か変わるのではないか。そんな確信もない考えが頭をよぎる。だが、それを一瞬で壊したのは、やはり先程フリーズフォースに囲まれた時の記憶。真新しく新鮮な、トラウマになった映像は何度もナマエの頭で繰り返される。


”ころ、して…ください”
「……何故」


やっと言葉を話し、こちらを向いた彼女が放った言葉に、リオは眉をひそめる。カタカタ、カタカタとナマエの手が、肩が震えていることに視線を向け、辛そうに顔を歪めた。


”どんなに逃げても、フリーズフォースが追ってくる。怯えて生きるのは、もう、疲れたんです。捕まって、収容所に入れられて、死にたくても死ねない地獄にどのみち落とされるのなら”


言葉を一度切ったナマエは、今度は真っ直ぐにリオの目を見つめた。


”殺してください”


悲痛に顔を歪めたナマエは、手のひらに爪を立てた。リオが言葉を紡ごうと口を開く前に、ナマエは更に言葉を続けた。


”フリーズフォースは、私を狙っているんです”
「!ナマエを…?」
”私が、私が普通のバーニッシュじゃないって、どこかで知ったみたいで。私は、戦えないから足手まといになる。だから…”
「だとしても死なせない。自ら命を絶とうとするな」


続く言葉を、リオが遮る。俯きかけたナマエの肩にそっと手を置くと、顔を上げたナマエに真っ直ぐに言葉を続けた。


「無理に闘わなくていい、その力も使いたくなければ使わなくていい。ぼくの後ろにいればいい。狙われているのなら尚更だ」


ナマエの肩からそっと手を離したリオは、ナマエに手を差し伸べる。落ちていく夕日は色濃く、炎のように世界を照らした。その太陽に照らされたリオの髪は透き通っているように見えて、アメジストのような瞳にナマエが映る。


「ナマエは僕が守る。だから、一緒に来てくれないか」


頭をこんなに優しく撫でられたのも、戦わなくていいと言われたのも、…守ると言われたのも、初めてだった。


恐怖を抑える為に握りしめていた拳を、おそるおそる開き、彼の差し出す手の上に自身の手を置いた。しっかりと握り返され、戸惑ったままのナマエが目線を上げると、薄く微笑むリオがナマエを見つめていた。きょとん、とまばたきをしたナマエの目にこの光景が強く焼き付いた。


白い肌は陶器のようで、自分を見つめる瞳は宝石のように綺麗な色。風で揺れる薄緑の彼の髪は太陽の光も当たり輝いて見えた。童話に出てくる王子のようだった。


昔読んだ童話に出てくる、お姫様を迎えに来る王子様。バーニッシュとなってしまい地獄のような日々を過ごす内に希望はないのだと、神様も王子様も自分を救うものはいないと思っていた。神様は、自分を見捨てていなかったのだろうか。それとも、リオが神様なのだろうか。リオの手を借り立ち上がったナマエは、彼を見上げながらその姿に目を奪われた。夕日に燃える彼の姿は、幻想的で、本当に綺麗だったのだ。

これが、彼との出会いだった。


2019.07.17