人が避難のしやすいように誘導しながらありったけの炎でビルを燃やした。炎の声の言う通りに力を使えば、彼らの手のひらに炎がぶわりと燃える。黒煙が上がるほど炎が燃え盛り、その揺らめく色がナマエの瞳に映る。
その炎の先にいた黒い影がこちらを振り向く。細身の真っ黒な鎧のような、足先が鋭く綺麗なシルエット。ボス、とナマエが呟くと、こちらに来るようにと彼の指が動く。


「あまり離れるな」
”はいっ”


ぼんやりしているうちにはぐれそうになっていたようだ。気にかけてくれている嬉しさを隠せずにナマエの顔が緩む。リオの側が、ナマエにとっても定位置だ。同じく細身のバーニッシュアーマーに身を包むナマエに、リオは短く彼女の名を呼んだ。それだけで彼の言いたいことがわかったようで、ナマエは頷き、ぎゅうと目を瞑り全身を覆うように炎を宿した。メラメラと燃えるパステルカラーの炎は純度を増し、やがて炎でナマエの姿が見にくくなる。


パチパチと炎が燃え、弾ける音


燃えたい、とはしゃぐ炎の声


答えるように炎を操り勢いを増せば、また炎は喜んだ。




日に日に、炎の声が大きくなっていた。ボスと出会った時に比べると差は大きく、ナマエの体調に不調が出るほど。炎の声があまりに大きく、そしてどこからか仲間のバーニッシュの感情がナマエに届くようになっていた。それは、苦痛、恐怖、絶望、といった負の感情ばかりで。おそらく捕まったバーニッシュ達の感情が炎を伝い、ナマエに届いているのだ。だが、そんなものを受け取れば正常でいられるはずもなく、頭痛で立っていられないほど苦しむこともあった。


今は、酷くはない。ボスの側にいるからだろう。ナマエはふと、瞳に映る真っ黒なリオの姿に意識を向ける。



彼は、とても強い。若さなど言い訳にならないほどのポテンシャルと強さ、カリスマを秘めている。賢く優秀で、優しく頼りになり、綺麗で、彼を称賛する言葉が足りないほどだ。
幹部であるゲーラとメイスも強い。では、ボス補佐という位置に就かせてもらっている自分は強いのか?答えは、NOだ。ボスの前に立ちはだかる敵を薙ぎ払うことも、手足となり敵を残滅する戦闘能力もない。ただ力を増大するだけのおまけで、足手まとい。


それでも、足手まといの力でしかないのにボスは、この力を褒めてくれた。すごい能力だと微笑んで。守ると、言ってくれた。その姿に人として慕い、ボスとしてのカリスマ性に魅了された。そしていつしか、恋に落ちていた。


パチパチと燃える音が現実に引き戻す。消防団の人間が到着したらしい。ゲーラとメイスが戻ってきて、マッドバーニッシュが揃った。他のマッドバーニッシュのメンバーは、捕まってしまった。ああ、彼らは生きているだろうか。視界の端で燃え尽きた灰に彼らの姿を連想してしまい、嫌な考えを振り払うように首を振った。


私が灰になるときは、どうか、ボスを守ってからがいい。

想うのも烏滸がましいとは重々承知している。だからこの想いは、灰と共に持っていく。

いっそのこと炎に姿を変えられたら、彼の側にいられるのに。






▼▲




”ゲーラ!メイス!”


バーニングレスキュー隊員の青い髪の男によって、ゲーラとメイスが捕まった。思わず声を上げ、身を乗り出しそうになったナマエだが目の前のボスの後ろ姿を見てぐっと堪える。炎の玉座のような椅子の後ろに隠れているナマエは、リオへ挑発する消防隊の男に言い表せない感情を抱いた。そして、ゆったりと立ち上がったリオを見て、ナマエは慌てて後に続く。消防隊の男、ガロから見るとマッドバーニッシュのボス一人の姿しか認識はできていない。


炎が伸び、宙に道を作っていた炎はやがて大型のバイクへと姿を変えた。少し遅れて後に続いていたナマエはリオの炎によって押し出され、気づけばリオの運転するバイクの後ろに座っていた。ガロが言葉を続けているにも関わらず、リオはバイクを発進させるとそのままガロを轢いた。


ぐるりぐるりとその場を周り挑発し、そして、宙を飛んだバイクにナマエはぎょっとし、慌ててリオの腰に腕を回す。下を見ないように思わず目を瞑り、浮遊感に耐えた。ゲーラとメイスが、とナマエが考えた所でガロが二人の乗るバイクへ空中だというのに突っ込んできたのだ。


「なっ二人!?」
「…チッ」


バイクを攻撃され、リオは咄嗟に片腕でナマエを抱き上げる。ナマエを認識できていなかったガロは、もう一人乗っていたことに驚愕する。が、それも一瞬のことですぐさま攻撃を繰り出す。攻防の衝撃で炎の燃え盛るビルへと落ちていった。


ビルの屋上の端、足を滑らせてはバーニッシュである二人はともかく生身のガロは危険である。すぐ側で燃え上がる炎はバーニッシュの味方だ。


「…下がっていろ」


リオは一言ナマエにそう告げると、高く燃える炎を自身の手元へ伸ばし、硬く歪な棒状になった炎をへし折る。そして、慣れた手付きでソレを回せば、炎の剣へと姿を変えた。


「一騎打ちか!おもしれえ」


ボスが、ゲーラが、メイスが。


視界が回るような感覚を覚えながら、目の前の光景から一瞬たりとも目を離すまいと手のひらに爪を立てる。戦闘経験のない自分が出たところで、逆に足手まといだ。だから自分ができるのは、とナマエはすぐ隣で燃える炎に手を伸ばす。ボスが必要とした時、いくらでも炎が使えるように。ぶわり、勢いを増した炎ははしゃぐように火花を散らす。そんな様子に目を向けることはなく、ナマエはじっと前を見据えた。


なにかあったらボスの力になるよう炎を増やした。
そして、ボスが危なくなったらいつでも身を挺して守れるよう、いつでも走れるように体勢を整える。


剣、弓、そして炎から大きな龍。


龍によって押し飛ばされたガロを追ったリオを、ナマエも慌てて追いかける。建物が崩壊している為足元は悪く、大きく燃えた炎のおかげであたりが見渡せない。そもそも高いところから降りるのに炎を足場にしてみたものの、慣れないナマエはリオ達なら何十倍も早く下に降りれたのにと自分を責めた。


何かの爆発の音、戦闘の音。炎の声。


それを頼りにナマエが辿り着くと、ガロの装備を斬り、追い詰めているリオがいた。だが、顔の仮面が割れており、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。追い詰められているというのに勝気なガロの表情に、嫌な予感がしてナマエはボスの元へと駆け出した。ボス、と声をかけようと口を開いた。ちょうどその時、ボスの背後に向けて放たれた氷の攻撃。ナマエは咄嗟にリオを庇って腕を広げた。バキン!とナマエの腕が凍り、足が凍った。気づいたリオはすぐにナマエに撃たれた氷を溶かすが、ナマエの頭はこれ以上ないほど早く回っていた。


青髪の男が勝気なのは、仲間の手助けを待っていた。バーニングレスキューは何人もいた。上から打ってきたのは一人だけ、つまりまだここに仲間がやってくる。


”っボス!逃げて!”
「な…っ!」


突然横からやってきたバーニングレスキューの男の姿に、ナマエはリオを突き飛ばした。男は氷の銃を迷うことなく撃ち、その銃弾はリオを庇ったナマエに直撃した。リオがナマエの名を呼ぶ暇もなく攻撃が繰り出され、ヘリに突き飛ばされる。バーニングレスキューの連携により、斬り落としたはずのガロの装備によってリオは瞬間冷却をされてしまい、ガロの銃によってリオは捕らえられてしまった。


”ボス!”


バーニッシュアーマーも壊され生身になり、 両手足が凍り、まともに歩けない状態になってしまったナマエ。自分のことは二の次に、リオが捕まってしまったことに顔色を変えた。そんなナマエを見張っていたバリスは静かにナマエを見つめる。


両足が拘束されているため歩くことが出来ない。それでも構わずナマエは必死にリオの元へ行こうとするが、うまく歩けるはずもなく地面に倒れてしまう。倒れた衝撃による痛みに顔を歪めるが、すぐにリオの身を案じ視線を向ける。そして、起き上がろうと必死に体を動かした。


”!”
「……」


その姿に何かを考えたバリスは、ナマエを片手で抱き上げた。これではボスの元に行けない、と慌てて抵抗しようとするがその行き先がリオのいる方向であることに気づく。そして、ガロの頭を装備で殴ると、バリスはナマエをリオの側に降ろした。地に降ろされ、慌ててナマエはリオとガロの間に入り、ガロを睨みつけた。


「一緒にいたやつ女だったのか」
”……”


ボスを庇うように前に立ち、ガロを睨みつけるナマエ。実際はリオよりも小さい女が睨んでいる光景で、実年齢より少し幼く見えるナマエが睨んでも迫力はない。だが、その姿にガロの表情が変わる。
その時だった。大きなプロペラの音がこちらへ近づき、何台も見慣れたヘリがビルの屋上へ降りてくる。フリーズフォースだ、とナマエの顔色が青くなる。


リオはフリーズフォースがやってきたのを見ると、今度はナマエを庇うように前にいるナマエの更に前へ出た。ヘリから降りてきたヴァルカンは、独特な笑い方をしながら二人を見下ろす。そして、叩きつけるように二人に拘束具をつけると、バーニングレスキューの彼らに自身の防具の自慢を始めたのだ。


目の前で行われるマウントの取り合い。手柄の横取りだと声をあげたガロの顔を掴み上げ、逮捕だと言うヴァルカンの姿にナマエは視線を落とした。自分の手首に嵌められた頑丈な拘束具。両足にも嵌められてしまった為、身動きが取れない。どうにかボスの炎を上げるかボスの拘束具だけでも取れれば、ボスを逃がせる。けれど、それを実行できる力もなく、ましてや敵に囲まれたこの場所で実行に移せばどうなるかは一目瞭然だった。

「仲間内でマウントの取り合いか。役人もつまらないな」

リオの言葉にヴァルカンは眉を吊り上げる。ナマエを押しのけ、そしてリオを思い切り殴ったのだ。


”ボス!”


また振り上げられた拳がリオに降ろされる前に、ナマエはリオを突き飛ばしヴァルカンの拳を受ける。鋭く激しい痛みが頬に走り、そして地面に叩きつけられる。ナマエが庇ったことにぎょっとしたリオは、ナマエ、と言葉にはせず口を動かす。


「んん?お前…」


殴られ、血を滲ませたナマエを見下ろすヴァルカンはナマエの姿を見るとにたりと口角を上げた。そして、ナマエの胸ぐらを掴んで持ち上げると、側に控えていたフリーズフォースの男から別の拘束具を受け取った。そして、ガチャン!と音を立てその拘束具はナマエの首にはめられた。首を覆い隠すほど大きく首輪のような拘束具に、ナマエは苦しそうに眉を寄せる。


「お前用に作ったやつだ。バーニッシュの強化アイテム!」
”……”
「捕まった気分はどうだぁ?お前を守っていたボスも捕まった。んん?言いたいことがあるなら聞いてやろう」
”……”
「っはは!やはり喋れないってのは本当らしいなぁ!んん?」


ナマエの反応がないのをいいことに好き放題言い始めたヴァルカンに、更に眉間のシワが深くなる。挑発するようにヴァルカンはナマエの胸ぐらを掴んだまま、馬鹿にした顔で口角を上げた。そのヴァルカンの言葉に反応したガロが、小さく「喋れない…?」とこぼす。


以前は、フリーズフォースに捕まることを恐れ、死を渇望した。死という逃げ道に縋っていた。だが、リオと出会い、ボスへの忠誠心によりナマエは色々な意味で変わった。大柄な男に胸ぐらを掴まれていることに、多少の恐怖はあるにしてもナマエはヴァルカンを睨みつけたまま。そして、喋ってみせろと言うヴァルカンに向かって、べ、と舌を出してみせた。


「なっ…」
”ばーか”


睨みつけたまま罵倒してみせたナマエに、ヴァルカンの顔色が変わる。そして、間髪入れずにナマエを殴りつけた。鈍い音と共に頭から落とされたナマエは、あまりの激痛に顔を歪める。


「バーニッシュ風情が……連れて行け!」


ガンガンと痛む頭を抑えることもできない。リオとナマエはそのまま乱雑にヘリの中に投げられ、そのままヘリは空高く飛び去っていった。


ついに、フリーズフォースに捕まってしまった。


少しずつ和らぐ痛みと消えていく怪我。拘束具がつけられたまま、なんとか起き上がったナマエはヘリの中を見渡す。光一つない、完全な密室。燃やして脱出とかできないだろうかと思案した時、絞り出したように落とされた声にナマエは視線を向けた。


「…ナマエ」
”?はい”


苦虫を噛み潰したような表情のリオは、ゆっくりとナマエに視線を向ける。


「二度と、あんなことをしないでくれ」


まるで自分が怪我をしたかのように痛そうな表情のリオ。その表情と声色に、ナマエはきょとんと首を傾げる。あんなこと、と言われた行動に少しして思考が行き着く。リオを庇って怪我をしたことだろう。ボスは優しいから、と結論を出しナマエは答えるように頷いた。だが、同じような場面になればきっとナマエはまた同じことをするだろう。


出会った時のような、死を求める行動も言動もしなくなった。
だが、あまり良い家庭環境ではなかった挙げ句バーニッシュとなったナマエ。そして、特殊変異であるバーニッシュの更に特殊変異。居場所も、自分の価値も見出だせないナマエに根付いた自尊心の低さは簡単には変わらない。


いつしか死を求めないようになり自分をボスとして慕い、ついて来る姿に安堵した。だが、


「…まだ痛むか?」
”大丈夫です”


まだ殴られていた頬が赤い。そして、一人だけつけられた首輪のような拘束具。財団がナマエの特殊能力を知り、何らかの行動を起こそうとしていることが透けて見える。自分が危ないというのに、ナマエの心配はリオの安否のみ。自分の生死に頓着しない行動。リオは苦しそうに眉を寄せ、視線を落とす。
ゲーラとメイスも心配そうにナマエを見つめていたが、リオの様子に言葉を飲み込んだ。


その空間に響くのは、大きな大きなプロペラの音。










2019/07/21