街から離れ、隔離された正方形のような建物。その場所への交通手段はヘリなどの空からによるもののみ。建物内は凍りつくほど冷え込んでおり、銃器を構えた男達はしっかりと防寒具を着込んでいた。対するリオ達に防寒具はなく、メイスに至ってはタンクトップだ。だが、バーニッシュである彼らが寒気に震えるようなことはない。
そのはずだが、ナマエの顔色は悪かった。彼らを囲む男達には気づかれていないようだ。は、とナマエの口から短く吐かれた息が空気を暖める。 どこに案内されるのか説明もなく、足の拘束具だけ外され連れられているがこれだけは理解できた。


この建物の中に、囚われたバーニッシュ達がいる。


何故なら、ナマエの頭に何十ものバーニッシュ達の感情が響いているからだ。一歩一歩、歩を進める度にその感情を伝える炎が強くなる。ガンガンとナマエの頭に響いていく。
道すがら小型モニターから流れるのはマッドバーニッシュを捕まえたというニュース番組。囚われたバーニッシュがどうなっているか、何をされているのか、大衆は知らない。いや、バーニッシュではないから知る必要もないのだろうか。


「入れ」


フリーズフォースの男が、ある部屋の扉を開ける。見えた扉の先の光景に、リオ達は目を見開く。


囚われたバーニッシュ達。凍える寒さのこの場所で、検査着のような服を着て、体中に包帯を巻きつけられ、大きな拘束具をつけられた彼らは老人や子供、弱った人々ばかりだったのだ。マッドバーニッシュである彼らが捕まった理由はともかく、どう見ても囚われる理由のないバーニッシュ達。
中に入らず部屋の中を見つめる彼らにしびれを切らしたのか、フリーズフォースの男はリオ達を蹴り飛ばした。リオ、ゲーラにメイス、そして最後にナマエまで蹴飛ばされ思わず声がもれる。


”きゃ…!”
「いってて…」
”!ご、ごめんなさいすぐどきます”


三人の上に蹴り飛ばされてしまったナマエが血相を変え起き上がる。すると、背後で大きな音を立て閉じられた扉にゲーラは怒りで立ち上がった。


「出せって言ってんだろこんちくしょォおおおおおお!!!」
”っゲーラ!”


炎で拘束具を燃やそうとしたのだろう。炎が燃えるよりも先に拘束具により凍らされ、全身氷になってしまったゲーラにナマエが慌てて駆け寄った。ゲーラに触れて炎を増やそうとしたところで、両手につけられた拘束具にハッとする。唯一役に立てる力が、今では無力。苦しそうに眉を寄せたナマエは、ズキリと頭が痛み顔を歪めた。そして、拘束具について囚われている老人が無駄だと言葉を落とすが、彼女の耳に届かない。


何故


なぜ、


何故こんな目に


痛い、苦しい


助けて


辛い


怖い


死にたくない


”……っ”


「!ボス」


膨れ上がる負の感情が頭に流れ込み、必死に堪えるナマエ。その横で、メイスは何かに視線を向けリオに呼びかける。その視線の先には、拘束具もつけられていないバーニッシュが横たわっていた。


その一人が、おぼろげに手を伸ばした。縋るように、助けを求めるように伸ばされた手に慌ててリオ達が駆け寄る。視界も定まっていないような、衰弱したバーニッシュの女性は絞り出すように言葉を落とした。


「何故……こんな目に…」






フォーサイト財団によるバーニッシュの人体実験。衰弱したバーニッシュの女性はテロリストでも犯罪組織でも、マッドバーニッシュでもない。
バーニッシュは突然変異だ。バーニッシュは、人間だ。同じ人間であるというのに人体実験を受け、このような場所に囚われ、苦しみながら死に近づく。バーニッシュではない人間達は、フリーズフォースに追われる恐怖も人体実験を受ける可能性もなく朝日を拝めるのだ。


同じ、人間なのに。


”…っう、ぅ…”
「!ナマエ、大丈夫か」


ガンガンと殴られているかのような痛みと感情の洪水にとうとう耐えられず、ナマエが前屈みにうめき声を上げた。一番に駆け寄ったリオは抱き起こそうとして、自身の両手につけられた拘束具に舌打ちをする。
大きく上下する肩に荒い呼吸。パキ、と小さく凍る音はナマエの拘束具から聞こえた。苦しそうなナマエはゆったりと顔を上げ、こちらを覗き込むリオを見ると更に顔色が悪くなった。


”ごめ、なさ……迷惑、かけて…”
「迷惑なわけないだろう。ナマエ、こちらに…」
”だいじょうぶ、です”


真っ青な顔色のままナマエはリオから視線を外す。これ以上リオに迷惑をかけまいとまともに働かない思考回路の中メイスに視線を向けた。


”メイス、隣…いい?”
「あ、あ〜……っと…」


言葉を濁したメイスに、きょとんとナマエは首を傾げる。


側にいくのは、凭れるなどして側にいき、その者の中の炎の声に集中することで数多のバーニッシュ達の感情をシャットアウトすることが目的だ。真意は悟っているのだが、メイスの歯切れが悪い。ではゲーラに、とナマエがゲーラの名を呼ぶと彼も同じく言葉を濁らせる。では、とナマエが一人で部屋の隅にでも行って痛みが治まるのを待とうと別の手段に思考を変えた時、リオは言い聞かせるかのようにハッキリとナマエの名を呼んだ。


「ナマエ」
”?”
「僕の側に来い。今、炎は分けられないが…マシにはなるだろう」
”…でも、もし…何か、あった時、迷惑…に、”
「何かあった時こそ、僕の側にいるべきだ。言っただろう、ナマエを守ると」


真っ直ぐに言葉をぶつけるリオ。命令口調のようだが、心配そうな表情と声色にナマエは眉を下げた。いくつか出かけた言葉を飲み込み、耐えるように顔を歪めるナマエ。苦しそうに息を吐いた後、謝罪の言葉を口にし、ゆったりとリオに凭れかかった。


リオに凭れかかり、拘束具のせいでわずかではあるが彼の炎を感じた。それに安心をしたのか、ナマエはふっと意識を失った。 相当苦しかったのだろう。 真っ白な顔に血色はなく、超再生というバーニッシュの能力があるとはいえナマエの不調は治らない。


バーニッシュを苦しむ要因がなくなれば、特殊変異のナマエの苦しみもなくなるのだ。


ぎゅっと眉間に皺が寄り、顔を歪めるリオ。


リオの方へ凭れかかったことによる安堵と、彼女の容態の悪さにメイスとゲーラは複雑そうに視線を下げる。囚われた今、彼女を介抱してやることができないのだ。ボスの隣に置くことで緩和させる、それだけしかできない。何十もの人間の感情を受信し、感じてしまうというのはどれほど苦しいのか彼らにはわからない。だが、想像するだけで発狂でもしてしまいそうな状態ではあるのだ。バーニッシュが苦しめば苦しむほど、彼女は炎越しに数多の感情を身に受け、苦しむ。


音の消えた部屋の中で、パキリと凍る音だけが響いた。






▲▼






「出ろ」


どれほど時間が経ったのだろうか。


大きな音を立て、部屋の扉が開けられた。フリーズフォースの男が短く吐いた命令に、リオは目線だけ男に向けた。リオに寄りかかり、多少なりとも体を寄せることで少し回復したらしいナマエがぱちりとまぶたを開ける。


部屋から出され、四方を銃器を構えたフリーズフォースの男達に囲まれる。コツコツと足音だけが響く建物の中は、静かだ。そして、リオは静かに言葉を落とした。その声はマッドバーニッシュのゲーラ達にだけ届く。


「ゲーラ」
「へい」
「メイス」
「はい」
「ナマエ」
”はいっ”


「……やるぞ」


短く告げられた言葉に顔色を変える。す、と瞳を閉じたリオは自身の拘束具、両手に意識を集中させた。
拘束具から炎がはみ出ない程度に燃やし、凍らされ、それをまた燃やし、凍らされる。怒涛の勢いで繰り返され、拘束具の凍結機能がおかしくなっていく。そして、ゴトン、とリオの拘束具が地面に落ちた。


その音に振り向いたフリーズフォースの男達は慌てて銃器を向けるが、その銃口をリオは手で塞ぐ。バーニッシュは自由だ。これ以上財団の好きにはさせない。そう告げると、炎で銃器ごと男達を吹き飛ばす。ナマエ達の後ろにいた男達も慌てて銃口を向けるが、リオの飛ばした炎によって吹き飛ばされてしまう。その炎で3人の拘束具が外れ、3人の顔色が明るくなる。リオはすぐにナマエの首元に小さく炎を飛ばし、彼女の首につけられた拘束具も外した。


ゲーラ達は囚われたバーニッシュ達の開放、フリーズフォースの相手はリオが。短く告げた指示に従う彼らに、リオは更に言葉を加えた。


「ナマエは二人から離れるな」
”は、はいっ”


普段はリオの側にいるが、袋小路のようなこの場で戦うリオの側にいては逆に危険だ。ナマエは頷くと、フリーズフォースの男から銃器を奪ったゲーラとメイスに駆け寄った。ナマエも余っていた銃を拾い、いつでも戦えるように構える。


扉という扉を開放し、中にいるバーニッシュ達に声をかける。絶望に沈んでいた監獄に光が落とされた。


囚われていたバーニッシュ達を全員ヘリへ乗せ、空へと飛び立った。運転席のスペースに座るナマエは、ガラス越しに一人空を飛ぶリオに目が奪われていた。


自分が彼の側にいくことすらできない、役に立てないのだという象徴かのように隔たれたガラス。抜群の戦闘センスのバーニッシュとしての優れた能力を持つリオ。特殊変異であるナマエは、他人の炎を増やせるものの他人の感情を直に受信してしまうため普通のバーニッシュよりも不利だ。元から戦闘員でもなく、戦闘に向かない彼女がリオの役に立てる機会はあまりない。むしろ、助けられているのだ。


「ナマエ、体調大丈夫か?」
”…うん”


ツキツキと、頭が痛む。


その痛みから、苦しさから目を逸らすように声をかけたゲーラに視線を向け、眉を下げて笑った。


今回、自分は全く役に立てなかった。笑顔のまま視線を落としたナマエは、ゆっくりとまぶたを閉じる。
リオに守られ、ゲーラとメイスにも守られ自分は今ここにいる。自分のせいで彼らがいらぬ怪我をするようなことはなかったが、この先どうなるか。
助けられたあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。それからリオは約束通り、必ずナマエを守り続けた。そして、虐待により傷ついた心も。
もやもやと苦しくなった胸の中で、パチパチと炎が爆ぜる音がする。


もっと自分が優秀で賢かったら。
もっと自分が強かったら、ボスの役に立つことができた。


リオのおかげでこういった考えはいつしかなくなっていたのだが、湧き上がる自己嫌悪の感情は止まらない。自分のできることをすればいい、リオの言葉を思い返しまぶたを開ける。


フリーズフォースはまた自分達を追ってくる。その時リオ達は最前線に立ち、皆を守る。戦力もなく、リオのような才能はない。守られるだけのお姫様になってはいけない。私は、お姫様になれないのだから。こんな私を救い、守り、価値を見つけてくれたボスに恩返しをして、役に立つのだ。


自分はどうなってもいいから、もしもの時はせめてボスの身代わりに。




夜空を彩る星達が煌めいた気がした。




2019/07/29