普段体調が悪くなるくらい怒涛に押し寄せてくるバーニッシュの感情。ソレがどんどん小さくなっていき、嫌でも死を感じさせた。ナマエの背筋を伝う冷たい汗はぞくりと体を震わせる。ぎゅう、と握りしめた彼女の体温はどんどん冷たくなっていて、泣きそうなナマエの顔が歪む。


”シーマ、死なないで…シーマ”


彼女の体に触れ、内から彼女の炎を増大させているが目立った効果が見えない。ぴくりと動いた彼女の指先を包むように、祈るようにナマエは両の手で覆った。そして、彼女の炎の集中する。集中してわかるのは、シーマの炎がより小さくなっているという現実だ。


バーニッシュの炎は無限だ。内から燃える炎が私達バーニッシュの体を超再生してくれる。…けれど、それは命がある間だけ。命が尽きれば、超再生もできなくなって、死ぬ。

弱い炎をいくら増やしても、命が短ければ超再生ができない。


「ナマエ」
”…ボス”


おじいさんがボスに声をかけてくれたらしい。ナマエは今にも泣き出してしまいそうで、正面に膝をついたリオを見つめた。
車を用意している、とリオが声をかけると、小さくシーマが反応する。だが、その声も朧気で意識も確かではない。どんどん、炎が小さくなってしまう。このままじゃ、シーマは。ナマエはそこまで考え、ぞっとする。


洞窟にリオとナマエが戻った時に拘束した青い髪のバーニングレスキューのガロが自分にやらせろと声をあげる。バーニッシュではない彼に、バーニッシュの救命措置はできない。必要ないと言い放つリオ。そして、シーマの口元にリオの顔が近づく。


炎の受け渡しをするのだとナマエの頭では理解できた。けれど、
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。彼女の瞳孔は開き、嫌だと叫ぶ自身の感情に急いで蓋をする。人命救助、人命救助だ。嫌だと思ってはいけない。
見ないように、視線を下げてナマエは炎を増やすことに集中した。リオの送った炎を増幅し、超再生を促す。



うっすらとシーマのまぶたが上がる。身を起こしたリオは顔を歪めた。ナマエは弾かれるように顔を上げシーマの顔を見つめるが、ぐ、と顔を歪めた。シーマは、死ぬ。


うっすらと笑みを作ったシーマは、眠るように目を閉じた。完全に消えた炎の声。人が死ぬ瞬間に、ナマエの顔色は真っ青に変わる。リオはぐっと耐え、シーマの手を直す。俯くナマエを見つめ、苦しげに眉を寄せた。


「炎から灰へ 灰から土へ …安らかに、眠れ」


シーマへの最期の言葉を贈った。足元から真っ白な灰になっていくシーマの体は、やがてサラサラと消えていった。その様子に、座り込んで間近で見つめていたナマエの心臓を締めつける。


自分がもっと炎を増やせていたら、シーマは助かったのだろうか。そう考えてしまう彼女は、自分達があの収容所に来た時からシーマは拘束具もつけられていないほど衰弱していたことを思い出す。


フォーサイト財団による人体実験のせいだ。罪のない仲間の命が消されていく。同じ、人間なのに。


「ボス、車の用意ができました」


戻ってきたゲーラとメイスは車の用意ができたらしい。すぐに出発すると告げたリオに、車の場所まで他のバーニッシュを案内するために歩を進めた。


ナマエもそれに従い立ち上がるが、ぐらりと小さく目の前が歪む。倒れることはなかったが、鮮明に感じてしまった死の感覚が背筋を凍らせる。


「ナマエお姉ちゃん、大丈夫?」


真っ青なナマエを、少年が労るように声をかけた。その少年には頭にも包帯が巻かれており、ナマエは慌てて笑顔を取り繕った。


”大丈夫、ありがとう”
「一緒に行こ」


手を引いてくれるらしい。自分より年下の、しかも子供に心配されてしまうとは情けない。けれど、善意を無下にすることなどできるはずもなく、ナマエは眉を下げて少年の手を取った。


リオやゲーラ、メイスと違う小さな手。頭に巻かれた包帯、外套の隙間から見える体中に巻かれた包帯。包帯が巻かれているということは、超再生ができていないということ。…つまり、命が。


そこまで考えてしまう、ナマエは思考を払うように小さく首を振った。






▲▼






活火山の近く、砂漠の中に佇む一見人が住んでいるとは思えない高速道路の建設跡。リオ達はそこに身を隠していた、レーダーで探されても、火山の多いこの場所ならば見つかりにくいからだ。


まだ満足な生活を送るには足りないものばかりだが、最低限の暮らしはできる環境になった。廃墟などから拝借したものをかき集め、村のようなこの地。リオ達は物資を建物まで運び込むと、メイスがリオに視線をやった。


「これはオレ達が運びます。なので、ナマエを」
「…ああ。すまない、頼んだ」


メイスはリオの持っていた物資を受け取り、倉庫にしている場へと足を向ける。ゲーラとメイスは心配そうにナマエを見つめ、リオに託された物資の入った袋を抱え直す。


その様子をある程度見送ると、リオは振り返りずっと手を引いていたナマエに視線を合わせる。彼女が抱き上げることを迷惑だからと嫌がったので、妥協案ということで手を引いているのだが……耐えるように結ばれた唇は白く、血色がない。その様子に顔をしかめ、リオは迷うことなく彼女を抱き上げた。


”!あ、あの”
「…すまない、連れ回してしまった」


されるがままのナマエはぐったりとリオの腕の中に収まった。


収容所では囚われ傷ついたバーニッシュ達の感情を多く受け取ってしまっていた。ここは火口が近いことを考えると、マグマを通じてどこかのバーニッシュの感情、それも負の感情を受け取ってしまっているのだろう。
だが、火山の近く以外にフリーズフォースを欺く場所はない。ナマエはそのことに一度も文句も言わず、自身の不調さえも訴えない。ただ、迷惑をかけている、と申し訳無さそうな顔をするのだ。


建物内ではあるが一番村から離れた場所まで来ると、リオは段差になっている箇所に腰を降ろした。そして、ナマエを自身の膝の上に乗せ、彼女の背中に手を回す。する、とリオの細い指がナマエの頬をなぞる。うっすら目を開けたナマエの顔色は悪いままだ。彼女の体調は日に日に悪くなっていく。つ、とリオの手が彼女の顎を掬う。そして、ゆっくりと顔を近づけ、唇が合わさった。驚いたようにぱっと目を開けたナマエの頬に熱が集まる。


”!…っん、ん…”


炎を与える救命行為だ。


それをナマエは頭では理解していた。耳に響く鼻の抜ける自身の甘い声に、リップ音。何度も角度を変えられ、深く深くなっていく、まるで恋人同士が愛を確かめるかのような口づけ。貪り尽くされるかのように、食べられるかのように唇が何度も塞がれる。逃げるように仰け反ったナマエを逃さぬよう、後頭部にリオの手が回った。


救命行為、なのに。


奪われていく酸素と思考。喘ぐように漏れ出る声にどんどん羞恥心が増していく。縋るように伸ばした手はリオの胸板に触れ、ぎゅうと力のない手が彼の服を掴む。じわじわと、少しずつ炎が送り込まれる。とうとう息が出来なくなった頃、名残惜しそうにゆったりと離れる。リオはぺろりとナマエの唇を舐めた。


”は、…ぅ、もう、だいじょ…”
「まだ、顔色が悪い」
”え!?あ、あの……っん、ぅ”


有無を言わさず唇を塞がれ、何かを言う前にゆったりと小さく炎が送り込まれる。後頭部にも腰にも手が回っているため逃げることもできず、ナマエはぎゅうと目を瞑る。何度か角度を変えられ、深く深く口付けをされる。送り込まれる炎は僅かな量で、この行為についての意味は不明だ。


炎を分け与えることで、ナマエの中の炎が混ざり合う。感情を受信したり炎を増やすことができるのはナマエが燃やした炎だけのようだ。他人の炎が多く送り込まれることでナマエ自身の炎の力は弱まる。送り込まれる時リオの感情はわからないようだ。彼女の受け取る感情が負のものばかりだということに関係があるのだろう。


だがそれも、一時的な措置だ。リオの分け与えた炎が弱まれば、また同じ状態に戻る。ナマエがバーニッシュである限り。特殊変異が、消えない限り。ずっと他人の感情を送り込まれ続けるのだ。それも、負の感情ばかりを。


口から渡される炎。人命救助だとはいえ、接吻にも分類されるわけでナマエの心臓はドクドクと激しく鼓動していた。膨れ上がる恋慕を潰すように押し殺す。こんな感情、持ってはいけない。ボスは、善意で私を心配して炎をくれているだけなのに。


痛む胸は理由を教えてはくれない。何故、こんなに苦しいのだろう。





2019/08/14