あのホログラムの老人は、デウス・プロメス博士でありバーニッシュの天才研究者と言われていた人だ。進むがまま出た空間には、クレイがデウス博士を射殺する防犯カメラの映像が映っていた。


このホログラムの博士は、仮想人格のプログラム。そして博士は、クレイが今行おうとしているパルナッソス計画を実行してしまえば地球が爆発すると告げる。ある日別惑星の地球外生命体と地球の時空が繋がってしまった。バーニッシュの炎はその地球外生命体であり、博士はプロメアと名付けたーーーと、膨大な情報にガロは耐えきれずいびきをかく。


もっと燃えたい、その声は炎の声ではなく地球外生命体の声だったのだ。では何故、自分たちが選ばれたのか。視線を下げるリオに、博士は言葉を続ける。


「そこの彼女は、更にプロメアと共鳴しやすいようだね。情報からの推測ではあるが、彼女は地球の核と同じ構造になっている可能性が高い。仲間の炎を増やせるのも、仲間の感情が流れているのも共鳴…シンクロ率が異常に高いからだね」
「ナマエが…核と同じ…!?」


驚愕するリオに博士は「同じ構造という見解であるだけで核ではない」とすぐに補足を入れた。だが、博士の見解で考えるなら納得のいくところがある。何故一人だけこのような変異体質になっているのかはわからないと言葉が続く。


何百、何千といるであろう仲間たちの感情と共鳴する核がもし人の身となったらと考え、ぞっと背筋が冷たくなる。彼女の特殊変異を操作、緩和できる方法を見つけられれば可能性はあるが、今そんな余裕もない。それを示すかのように、研究所に警報音が鳴り響く。映し出された映像には見知らぬ大きな船があり、その頭上には闇を切り取ったような空間が広がっている。


あれこそがクレイの目的である計画、人類を他の惑星に移す計画だ。だがその数はたった一万人であり、原動力は人力ーーバーニッシュの炎を使用したものだった。だがそのせいで多くのバーニッシュが苦しみ、地球の核のプロメアも共鳴して暴走を始めている。このままでは地表を炎が覆い、地球が滅ぶことになってしまう。




こんな事態に備えていたのだ、と博士が出したのはデウス・X・マキナと命名された巨大なメカだった。ガロが操縦席、リオとナマエは博士の開発した球体のプロメテックエンジンの中に乗り込む。クレイのプロメテックエンジンと違い、苦しむことなく燃やすことができる。体に害もない。


いつ炎が暴走するかわからない、状態の不安定なナマエをアイナの機体に乗せるわけにもいかず連れてきたが、ナマエの顔色は悪いままだ。この球体はリオの炎で満たされている。共鳴による苦しみを少しでも緩和できるだろう、と博士の助言もあったがナマエは目を覚まさない。いや、むしろ核が暴走している以上、共鳴しやすいナマエは眠っている方がいいのかもしれない。


球体の壁に凭れ、寝かせているナマエの顔色は若干よくなったように思える。これから敵の本拠地に乗り込む。この場所は安全とはいえないが、自分のそばに置く方がすぐに守ることができる。


もう、無理はさせたくない。ぐ、とリオは拳を握った。










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凍える寒さに、沈んでいた意識が浮上した。重い瞼を開ければ、頭がズキリと痛む。相変わらず誰かの感情がナマエの思考を埋めていく。


誰かの声が聞こえる。その声は、リオに向けて言葉を高らかに並べていく。煽っている、わざと神経を逆撫でする言動をしているのだ。お前には誰も救えない、哀れだなとリオ個人を挑発する男の声にリオの舌打ちが聞こえ、走り出す音、リオを止めるガロの声が聞こえる。慌てて身を起こしたナマエは、見知らぬ球体の中にいることに疑問符を浮かべるが、そんな場合ではないと起き上がる。球体の外には操縦席にガロがおり、その先にはまた見知らぬ場所が広がっている。坂になった瓦礫ばかりの場所をリオは駆け上がり、よく見た姿ーークレイ・フォーサイトの存在を認める。


”!”


深く考えるよりも先にリオを追いかけようと身を乗り出したナマエは、ぐらりと目の前が揺れて球体から落ちそうになってしまう。受け身を取る体勢に変えることもできず、咄嗟に目を瞑ったナマエを温かいぬくもりが抱きとめた。


「大丈夫か!?」
”ぼ、ボスが…!”
「…ああ!リオを追いかけんぞ!」
”えっ…”


何故、バーニッシュではないガロに言葉が通じたのか。
目を見開いてガロを見つめるナマエを、ひょいとガロは俵抱きにした。そしてリオを追いかけるように走っていく。


近づくにつれ、違和感に気づく。リオの怒りの感情以外に、炎になにかの感情が伝わってくる。遠くにいる、プロメテックエンジンにされている仲間たちのものではない。それも、歪んでねじ曲がった、今まで共鳴したことのない炎の形。それも、近くから感じるのだ。ガロはバーニッシュではない、リオ以外に立つ人物は、クレイしかいない。他に隠れているにしても、隠れていることへの感情が混じるはずだ。つまり、この感情はクレイのものだ。


”ボスっ!ダメです!!”
「な…っ!?」




冷静になって考えれば、バーニッシュと対峙する無装備の人間であるはずなのに煽るクレイの様子はおかしかった。策があるからこその行動だとわかる。


ナマエが声を上げるより先に、リオはクレイへ炎を放出してしまう。人間であれば、一瞬で焼け死んでしまうはずだった。そして、ナマエの言葉の次の瞬間、クレイは言葉をかけたのだ。その程度か、と。


思わず炎を止めたリオの前には、炎を燃やすクレイの姿。髪までも燃えたクレイは、左腕から歪んだ炎を燃やしている。長い間、何年も炎を抑制したせいで力が歪んでしまっている。感情の共鳴はあるものの、伝わってくる感情は歪み、ねじ曲がり、壊れ、感じ取ることができない。


リオが危ない。ナマエはガロに降ろされた瞬間、弾かれるようにリオの元へと駆けていく。ガロの制止の声が響くが、頭を鈍器で何度も殴られ、感情の渦に突き落とされたような状態のナマエには構う余裕がなかった。


だが、ナマエがリオの元へと辿り着く前に、クレイの炎が手のように燃え盛り、リオを拘束してしまった。


”ボス!”
「っ!来るな!」


クレイの炎の量を操作し、少しでも力が緩まればリオの拘束が解ける。だが、自分が行ったところで力量のわからないクレイの元へ行くのは、逆に足手まといで余計なことなのではとナマエの足が止まる。距離はあったが、クレイは歪んだ笑みを浮かべながらナマエを見下ろし、歪んだ炎を放出するかのように伸ばしていった。


”!っあ”
「ナマエ…!」


咄嗟に炎の壁を作り、伸びるクレイの炎の手から逃げようとするが、勢いと圧に負けて自身の炎が消えてしまう。ナマエに迫る炎の手が、ナマエの瞳に映る。まずい、と冷や汗を滲ませるナマエは抵抗する間もなく捕まってしまった。


炎の手が宙へ浮かび、クレイの元まで引き寄せられてしまった。そして、ああそうだ、と思い出したようにクレイはナマエを拘束する炎を歪ませる。


”っ!”


ガツン、と手刀のように伸びた炎がナマエの首の後ろに落ちた。意識の落ちたナマエは、ガクリと人形のように力を無くす。


「なにかされては面倒だからな」
「っ貴様…!」


クレイは言葉を続ける。リオの炎があれば、またプロメテックエンジンを起動させられる、と。そしてナマエの力があれば炎が増え、安定したものができると。


ありがとう、と皮肉を込め顔を歪ませるクレイにガロの氷弾が撃ち込まれた。バーニッシュではない、氷結装備も禄に持っていないガロが現状を有利にすることはできず、クレイの炎の拳に殴られてしまう。


そして、残酷な真実が冥土の土産と言わんばかりに落とされる。お前は最期まで面倒で、目障りだったと。バーニングレスキューに所属させたのも、早く死んでほしかったからだ、と。ガロを育てたのも成り行きであり、あの火事も自分が起こしてしまったものだ。


クレイの炎がガロを襲う前に、リオの炎が壁になりガロを守る。が、勢いに押されガロは落下してしまう。この高さで落ちてしまっては、命はないだろう。


「…ッ…悪魔め…」
「違うなぁ?救世主だよ!人類のォ!!」


クレイの背中から燃える炎は、羽となり空に飛び立つ。せめてナマエだけでも逃がすことができれば、と視線を向けるが自分と正反対の位置に捕まっている上にクレイの炎の拘束は解けそうにない。苛立ちや焦り、怒りを滲ませリオは舌打ちを落とした。





2019/09/25