君たちは人類救済という神話になるのだと、クレイは言う。

博士の作ったプロメテックエンジンの中に捕まってしまったリオと、リオの後ろで拘束されているナマエ。本当はナマエ専用に用意していたプロメテックエンジンがあったが、エリスの核破壊により核に組み込まれていたソレも壊れてしまったらしい。それは、仲間たちの炎を一身に受け、ナマエに無理矢理炎を増幅させる為のものだった。

ナマエが捕まらなくてよかったと、一瞬安堵する。だが、現状と変わらないことに舌打ちを落とす。リオの炎をより増やせるよう、背中合わせに縛り付けられたナマエは未だ意識を失っているようだ。せめてナマエだけでもここから出すことができれば、と思考を巡らせるが身動きの取れない今、希望は少ない。

そして、苦しむ仲間たちの炎がリオ達の体に降り注いだ。









痛い、苦しい。死を連想するほどの苦しさに、全身に降り注ぐ数多の仲間たちの感情。そして、すぐ近くから苦しげに呻くリオの声と炎から伝わる感情を感じた。

炎を無理矢理出させている。リオだけでなく、自分も。今がどういう状況なのかを理解する為の思考を割く余裕はなく、朧気な意識でうっすらとまぶたを上げる。そして、このままではリオが死んでしまうということだけは理解し、リオの炎を弱めていく。強制的に放出される炎の量を弱める。その代わりなのか、より一層自身の炎が搾り取られてしまい、顔を歪めた。

それでも、ボスが無事ならば。

ナマエの頭に、最後に会ったメイスとゲーラの顔が浮かぶ。ボスを頼んだと、言われたのだ。だのに結局、リオの役に立つことはできなかった。今こそ、役に立てる時だ。やっと自分の力が役に立つ。


自分が死んでも、リオが生きていればいい。
…好きな人の為に灰になれるなんて、素敵なことだとナマエはうっすらと笑みを浮かべた。


手先が、足が真っ黒に代わり、そして灰となり消えていった。









▲▼




「リオ!!ナマエ!!くそっ…」

核まで突入し、プロメテックエンジンからリオとナマエを救出したガロは二人の状態を見て顔を歪めた。さらさらと少しずつ灰になり消えていく体。リオは片足が既に灰となり消えており、片腕も肘まで消えている。そして何より、ナマエの体の欠損が酷い。どちらから助けるべきかと顔を歪ませるガロは、やはりいちばん身体の欠損が進んでしまっているナマエからと視線を向ける。二人同時に人命救助の為の心臓マッサージや救命行為を一人で行うとなると難しいが、緊急事態だ。

「…?」

意識を失っているはずのナマエに違和感を覚えた。そして、口元が微かに動く。それは凝視してやっと動いたように見えるほどの、ガロは目を見開く。彼女の言葉はわからない。何故ならガロはバーニッシュではないからだ。炎、プロメア越しに伝えられる彼女の言葉はわからないが、何故かはっきりと紡がれた言葉を理解できた。

ボス、と。ただその二文字を。

ぐ、とガロの眉間に深いシワができる。損傷具合から優先すべきはナマエだが、二人共心臓マッサージをしても治る気配がなく、洞窟での光景を思い返す。自身を守ってくれているリオの炎を流し込むことを考えたが、問題はどちらを先にするか、だ。

ナマエの口が動くまでは、ナマエを優先すべきだと考えていた。だが、この炎がいつまで保つかわからないことと、ナマエの体質を考えて先にバーニッシュとしての能力も高いリオを起こした方がいいのではないか。それに、とリオに視線を移す。デウス博士の研究所で、気を失ったナマエを抱えているリオが彼女を見つめながら落とした言葉。ナマエは僕が守る、と告げた瞳が思い起こされる。

「ーーっ仕方ねぇ」

左手から燃える炎を口に含み、リオに流し込んだ。すると、消えかけていたリオの炎が燃え始め、しゅるしゅると身体の欠損が戻っていく。しゅるり、と燃えてしまった髪も戻り、リオがゆっくりと瞳を開けた。

「あ……が、ガロか」
「よし、次はナマエだ」
「ナマエ……っ!」

ガロに頭を支えられていたリオは、ナマエの名を聞いた瞬間弾かれたように身を起こした。そのせいでガロに頭突きをする寸前になり、とっさにガロは避けることができたがリオは構うこと無く隣に寝かされていたナマエに顔色を変える。

「ナマエ!」
「待てって!まずは気道確保をして鼻を…」
「そんなことを言っている場合か!」

正しい人工呼吸の体勢にしようとするガロにリオは声を荒げる。こうして言い争っている間にも、ハラハラとナマエの体は灰へと変わり、砂のように散っていく。時間が惜しい、とリオは意識のないナマエの唇に自身のものを重ねる。吹き入れる炎が、ナマエの炎を再び燃やしてくれるように。

ふと、洞窟で燃え尽きてしまったシーマの最期が脳に呼び起こされ、リオの額に冷や汗が滲む。ナマエを失いたくない、と必死に炎を送った。ナマエを、助けてくれ。そう願って。

「!」

しゅる、しゅるり。リオの願いに応えるかのように、ゆっくりと、少しずつナマエの体が戻っていく。灰になって消えた部分が再び再生されていく。爪の先や彼女の焼けたきれいな髪も、少しずつ再生したところで、ナマエから小さく声がこぼれる。

「ナマエ!」
”…ぅ、う……ぼ、す…?”

重たい瞼をなんとか上げたナマエは意識を朦朧とさせながらリオを見つめた。この手に伝わる熱が戻ったことに、リオは固くしていた表情を緩め、肩の力を抜いた。状況を理解できていないナマエがぽかんと首を傾げ、何故生きているのか言葉にしようとした時、ガロが大きな声を上げた。

「あ!!」
「?」
「お、お前のせいで俺は生まれて初めて火をつけちまったじゃねえか!どっどうしてくれんだ、こ、このやろー!!」

気が動転して振り下ろされたガロの拳を、リオは片手で受け止めた。そして、確信のある笑みで、ならば全て燃やしつくしてしまえばいいと言う。地球の危機だというのに何を言っているのだと素っ頓狂な声をあげたガロに、リオは言葉を続ける。

プロメアの核と共鳴してわかったのは、彼らは不完全燃焼だということ。燃やし尽くして満足させればいい、それにはガロの火消し魂が必要だと。

「ナマエの力も必要だ。…一緒に、来てくれるか?」
”は、はい!”

デウス博士の研究所では意識を失っていた為、ナマエにはプロメアが何か、どうなっているのか理解していない。ただ、ボスにどこまでも着いていくという想いで即答してみせたナマエに、少しだけリオは安心したように笑った。そして、プロメテックエンジンに乗り込む彼らに慌ててついていくナマエは、初めて意識のある状態で乗り込むことに若干戸惑いを覚えていた。

「おいで」

うまく乗り込むことができずにいたナマエに、リオは自然と手を差し伸べる。そして、惹かれるように自身の手を重ね、一瞬出会った日のことが脳裏に蘇る。ああ、変わらない。こうして自分にも、自然に救いの手を差し伸べる。その行為がどれだけ自分を救っているか、彼は知っているのだろうか。

「乗れるか?ほらよっと」
”!?”

リオの手を借り、中に乗り込もうとしたちょうどその時、ナマエを気遣ったガロがひょいとナマエを抱き上げてしまった。ナマエは核構造と同じ体質になってしまっている。薄い膜を張るように、ナマエの体は炎に包まれているのだ。ぎょっとするナマエは慌ててガロを心配するが、火傷はしていないようでほっと息を吐いた。

「そういや今度はナマエも乗組員だから、ガロデリオンじゃだめだな…ガロデリオン・ザ・ナマエエックスにするか?」
「はぁ…なんでもいいんじゃないか」
「よくねえ!大事なことだぞ!」
”あ、あの…私はいいです…”








プロメアは自分たちのの意思とシンクロする。ガロの人を守りたいという想いと、リオのすべてを燃やし尽くすという想い。そして、その二人の意思を核体質のナマエを介して増大させる。

リオの声掛けにより囚われていたバーニッシュ達の協力で莫大な炎が集まる。


楽しそうにはしゃぐプロメア、炎達を視界の端で捉えつつナマエは目の前に広がる光景についていけずにいた。プロメアとは何か、二人が何をしようとしているのか、地球で起こっているらしい大規模な噴火の原因。状況に追いつけてはいないが、何かを、地球を、人類を守ろうという感情が伝わってくる。

自分はここにいる必要もないのだろうけれど、リオに必要とされた。それだけで十分だと、ナマエは祈るように手を握り瞳を閉じた。二人の想いが叶うように、自分のできる力を精一杯使うために。









プロメアの炎で燃えていた地球が、元に戻った。プロメア達が満足したのだ。

宝石箱の中のように真っ暗な空間で、ナマエは目を見開き視線を追う。ぶわりと体から離れていく炎、まるで憑き物が取れたかのようだ。どんどん離れていき、次元の狭間へと楽しそうに消えていくプロメア達にナマエは無意識に手を伸ばす。待って、と口が動いた。

「…!」

ナマエの近くに残っていたプロメアが、光を纏う。鼓膜に響く声はふわりとナマエを包んだ。まるで、抱きしめるかのような心地だ。そして、ベールを剥がすように離れていくプロメアは、ナマエの爪の先のかけらと一緒に消えていった。







▼▲



とても、静かだ。


地に落ちたパルナッソス号の先頭で拳を付き合わせるガロとリオを、少し離れた場所からナマエは呆然と見つめていた。

四六時中流れてきた誰かの感情や叫び声が全く聞こえない。炎の声も聞こえない。ふわりと髪をなびかせた風に視線を向ける。そして、ぽっかりと穴が開いたような胸元を強く握りしめた。自分たちはこれから、どうなるのだろうか。炎、プロメアはいなくなりバーニッシュはいなくなった。差別をされることはなくなったのだ。そして、自分のこの特異体質も。

ガロは、まだまだこれからだと言っていた。街の復興や何やらのことだろう。元バーニッシュのみんなにも手伝ってもらう予定だと、そして私達にかかる火の粉から守ってやる、と。

それでも、私は

「ナマエ、おいで」

振り向いたリオがナマエを呼ぶ。ハッとしたナマエは、少しためらった後恐る恐るリオの元へ歩み寄った。そして、もう一歩というところで強風に煽られ、ぐらりとナマエの体が傾く。

「!…大丈夫か」

咄嗟にナマエを抱き寄せたリオは冷や汗を浮かべた。突然リオの顔に近くなったことに、石のようにナマエの体が固まる。色付いた頬を隠すこともできず、言葉がこぼれる。

「…ぼ、す…」
「!ナマエ、声が…」

プロメアがいなくなり、特異体質がなくなり、声も出るようになった。目を見開いた後、リオは嬉しそうに笑みを浮かべる。未だ腰を抱かれたままなことにナマエが声を上げようとした時、ガロがナマエの顔を覗き込み、太陽のように笑った。

「そういや、ちゃんと自己紹介してなかったよな!俺はガロ。ガロ・ティモスだ!燃える火消し魂を持つ男!」
「…えと、ナマエです…」
「よろしくな!」

ぽかんとしたままのナマエは差し出されたガロの手をそおっと握る。そして、ガロにしては弱い力ではあるが、力強く手を握られぴくりとナマエの肩が跳ねる。

ふわり、また風が髪をなびかせる。高い場所にいるからか、風が強いのだろう。ナマエの腰を抱いたまま、リオは思わず目を細めて広がる景色を瞳に映した。リオの視線の先を釣られるように見つめ、ナマエは唇を結ぶ。天に輝く太陽が希望のように街を照らす。

明けない夜はない、必ず日は昇る。


地球崩壊は免れた。バーニッシュ差別も、プロメアがいなくなりバーニッシュはいなくなった。リオも、そして自分も生きている。これ以上ない幸福なはずなのに、胸に空いた穴が塞がる気配はない。真っ白な頭はうまく機能せず、太陽の光に目を細める。


本当に、静かになってしまった。