home 

破局を繰り返す女。男運のない女。
これはナマエが裏で言われている呼び名である。



雪のように白い肌。深い青色の髪の毛は肩口で切り揃えられ、窓から入る風がナマエの髪を揺らす。
まるで海面が揺らいでいるような綺麗な青い髪をクザンは離れたソファから眺めていた。

その視線に気づいたのか書類を見ていたナマエは顔を上げ、だらしなくソファに寝転びこちらを見ているクザンに視線を向けた。髪色と同じ深い青色の瞳がゆっくりと細くなる。

「クザンさん…そろそろ休憩を終えたらどうですか。見ていただきたい書類が溜まっています」
「あー…ほら。こうやって休むのも仕事のうちよ」
「…もうお昼回っていますよ」
「えーじゃあナマエちゃん昼飯も食べずに書類と睨めっこしてるの?休憩したら?」

「あなたが真面目にやってくれれば休憩する時間が取れます。」ナマエは喉から出そうになった言葉をグッと飲み込み再び書類に視線を戻す。
そんなナマエの少し困った顔を見るのがクザンの楽しみであった。注意はするがその先の怒りをぶつけてくるようなことはない。むしろもっと怒ってもいいぐらいであるが、その一歩手前で感情を押し殺す。

ナマエの勤務態度は非常に真面目で、朝から退勤時間まで書類と睨めっこの日々が多い。時々コーヒーを飲んだりするが相棒は甘いものではなく書類である。
そしてあることが起きると昼食も取らず仕事にのめり込む。クザンはその原因を知っていた。

「まーた男と別れたんだって?」
「…誰から聞いたんですか」
「ナマエちゃんと同期の子。この前、廊下ですれ違った時にね。聞いちゃったのよ」

本当はその同期の女の子が、男海兵へ話をしていたのを聞いただけだが。この話題を振ると心底嫌な顔をするナマエが面白くクザンは話を続ける。

「もう何人目よ。付き合ってすぐ別れてさ。ナマエちゃん男を見る目がないよね」
「…否定はできません」
「自覚あんの?全然活かせてないじゃん」
「…」

そう。彼女は付き合ってはすぐ浮気され、別れる…という恋愛をかれこれ数年続けている。これは決して真面目な彼女が危ない男に走っているわけではない。きちんとした職に就き、年相応の真面目な異性と付き合ってきたのだが、一か月もしないうちに相手が浮気をする。
最初の内は男が浮気者だったのではないかと言われていたが、最近ではもしかすると真面目なナマエが私生活ではとんでもない女で男を振り回しているのではないか…という噂が回っている。

恋愛面でも彼女は自分の気持ちを押し殺すのか、最近では相手に怒りもせず静かに別れているらしい。そして狂ったように仕事に打ち込みその期間はいつも昼食を食べない、という流れである。

「食べないとダメだよー。どうせ朝飯も抜いてきたんでしょ」
「いいえ。朝食は軽く済ませました。問題ありません」
「軽くって?どうせまた…」

視線は書類に向けたまま、ナマエは引き出しから小さな箱を取り出し持ち上げる。「忙しい人へ送る栄養食」そう書かれたパッケージには色とりどりの野菜の絵が描かれている。箱の中には四角い固形の携帯食が入っているのであろう。クザンはやれやれと小さく息を吐きながら体を起こしソファに座りなおした。

「いつも思うんだけどさ、そんなのばっか食べてたらいつかぶっ倒れるよ」
「問題ありません。夜はきちんと食べてますので」
「…本当かよー」
「…」

これ以上はやめろと言わんばかりに睨むナマエにクザンは少し優越感に浸る。書類からこちらに意識が向けられるだけでも嬉しい。もう少し彼女を突いていたいところだがこれ以上触れると次は無視を決め込まれそうなので「飯でも行くか」と立ち上がある。

「お気をつけて。なるべく1時間で戻ってきていただけることを願います」
「いやいやナマエちゃんも一緒に行くんだよ。もしかして今日も昼飯食べないつもり?」
「…昨日は食べました」
「おれが知る限り、昨日もこの部屋に籠りきりで、昼にその固形食一つ食べただけだろ」
「…」

また困ったように何か言いたそうに我慢する彼女の表情がクザンの心を刺激する。

「別れてしんみりしてる部下のためにいい店紹介してやるよ。ちゃんと食わないと体、もたないぞ」
「大丈夫です。食べないことには慣れています。どうぞクザン大将だけで行ってきてください」
「おれ、結構真面目に言ってるのよ」
「…っ!」

ひんやりとした冷気が下から上に体を駆け巡っていく。ヒエヒエの実の能力者であるクザンの足元から氷が伸び、ナマエを捉えんと向かってくる。彼女の足元ギリギリで止まった氷は主の合図があればいつでも凍らせることができると言わんばかりに彼女の周りを取り囲んでいる。

「卑怯ですよ!能力を使うなんて!」
「こうでもしないと一緒に行ってくれないでしょ?飯食うだけなのに…何をそんな嫌がるよ」
「別に一緒に食べなくても」
「じゃあおれが部屋出て行った後にナマエちゃんは食堂に行くの?行かないよなァ…。人の優しさを拒絶すんのもいい加減にしろよ」

さすがにこたえたのかビクッとナマエの肩が跳ねた。ちょっと脅しをかけすぎたか、と心の中でクザンは思うがここまでしないと動かないことは経験済み。この後は必ず折れてくれると知っていた。

「…わかりました。ご一緒させていただきます」
「ではお嬢さん行きましょうかァ」

一歩前に踏み出したクザンがナマエに左手を差し出す。大きな手がこちらに差し出されているのをナマエは静かに見つめ、諦めたように小さくため息をつき自分の右手を重ねた。

ナマエは思う。あと何回これを繰り返せばいいのだろう。付き合ってはすぐに別れ、クザンから茶化されたと思ったら食事へと誘われる。長く一緒に仕事をしているとは言え、彼は「大将」という立場なので完全に断ることができない。きっとこういう優柔不断が恋愛でも足を引っ張っているのだろう。

どこか満足そうなクザンの顔。その隣に考えることをやめたナマエの顔が並ぶ。

足元の氷が割れる音がした。