運と命の展開図




それは遠い遠い昔の話
それは遥か古の約束事
それは…ー

此処はグランドラインに存在するとある島。
ログポースが指し示す事はないその特殊な島へ寄港するには、幾重もの偶然が重ならなければならない。
早い話が運次第、と言う奴だ。
そしてこの島のとある町に極平凡…されど少し風変わりな女性がいる。
本当に普通の…だけど屑鉄ではない。どちらかと言えば原石のような存在。
そんな海賊とは縁遠い場所で生きてきた彼女の物語を語るとしよう。


(えっと…今日新しく入荷した新刊は…)

届いた箱の中身を改めて大まかに分類して行く。
身体が丈夫でない彼女は少しずつ腕に抱えて棚へと運ぶ。
なんて事のない日常の繰り返しだ。

「…」
「いらっしゃいま…せ……」

自動て開く扉の機械音を耳にして顔を向けながらそう言葉を紡ぐも硬直した。
大男が立っている。
いや、大男とは言うか背が高いだけで横幅はスラッとした実にモデルのような男だ。
されどもそれに加えこの男、刀を持つ手の甲には入れ墨をいれ、何より隈が酷く目付きもよろしいとは言えない。
そもそも男が不得手の彼女ー桜月を固まらせるには十分だったのである。

「……」
「!…ぁ、な…何か、お探しで…しょうか…?」

キョロキョロと何かを探すように店内を見渡す男を見て、自分の仕事を思い出す。
戦々恐々としながらもおずおずと声をかければ男の視線が桜月に向いた。
“ヒッ”と喉元まででかかった悲鳴を飲み込んで男の挙動を見つめる。

「医学書はどの棚だ?」
「い、医学書…?」

人は見かけにはよらないものだ、とは言うけれど。
医学生かお医者様なのだろうかと言う思いが胸に沸くと、先までの恐怖心も幾分か和らいだ。
生まれつき心の臓に病を持つ桜月としては、医者は問答無用で信頼に値するものだったのである。

「ぁ、えと…こちらになります」
「ここら一帯か?」
「は、はい…では、ごゆっくり……」

まだ並び終えていない本もあったので、本選びの邪魔にならぬようササッとその場を去る。
恐怖心で騒いでいた心臓を収めるように思い返す。
ぱっと見、睨まれているのかと思った……が、よもやあれは彼の平時の表情なのかもしれない。
こちらが一方的にびくついているだけで、彼は極普通のただのお客様だ。
目立って悪いこともマナー違反もしていない。
それに…眼光鋭く隈は酷いのだが…見目はいいのだ。
そう、最初に述べた通りモデルかと思うくらいには。

(…はー…所謂イケメンさんだった…驚いた)

一先ず本を並び終えてレジへと戻る。
身体を傾けそろり、と医学書の棚を覗けば未だに男は真剣な面持ちで本を手にとっては吟味していた。

「……」
「ぁ…お、お会計でよろしいですか?」
「ああ、頼む」
「は、はいっ。少々お待ちください」

選び終わったのであろう本が無言でドンッとレジに置かれ、戸惑いのあまり問いかければ了承の応えが返る。
ピッとレジに商品を通していれば、非日常は唐突に訪れた。

「失礼します!この辺りに海賊がたむろしているとの情報があったのですが…」
「え、か、海賊…!?」
「…ちっ、厄介なのがきたな」
「ぇ…え…?」
「店内を拝見させていただいてもいいでしょうか?」

外からかけられた海軍の声に桜月は動揺を隠せなかった。
海軍なんてものがこんな辺境の地に訪れるなんて初めての事だ。
と言うか、そもそもこの島に、この国に海軍はいない。
何故ならば世界政府非加盟国であるからである。
それに加えて海賊と言う単語に思考はパニックになった。
まして面倒そうに舌打ちをした目の前の男に対しても再び緊張感を抱く。
海賊…海賊…目の前のこの男がそうだと言うのだろうかと思考が巡ると咄嗟に口から出た言葉は…ー

『こ、ここから店の裏側に出られます…!』
「!……………助かる。悪かったな」

言葉と共に指差したのはスタッフルームへと続く通路。
その先を真っ直ぐ行けばそのまま裏側へと出る事ができる。
声を潜めながら言葉を紡ぐと男はそのまま通路を通って走り去っていった。

「…ど、どうぞ。お好きにお調べください」
「それでは…失礼します!」

扉が開いて入ってきた男にまたガチリと身体が固まる。
再度申し上げるが彼女…桜月は男が不得手である。
そう、例えそれが正義とされる海軍相手であっても。

「店内には誰もお客はいないようですね」
「は、はい…」
「では、この近辺で不審な人物は見かけなかったでしょうか」
「不審…ぇ、えと…見知らぬ男性ならお店の前を通りすぎるように走り去るのを見ましたけど…」
「走り去った!?…それは、どちらの方向に?」
「あ、ぁ…はい、ひ、左から来て…右がへと……」
「成る程、大変参考になりました。ご協力、ありがとうございます!」
「い、いえ…………………あの!」

何でしょう?と人のいい笑顔で見下げてくる男におずおずと口を開く。
海賊とはどなたの事でしょうか?と。
男は時が止まったかのように目を瞬かせると、今一度笑顔を作って懐から手配書を取り出し。

「死の外科医、トラファルガー・ローです。我々の率いる船は奴が率いるハートの海賊団を追って来たのです」
「トラファルガー…ロー…」
「えぇ。船は見えませんが奴等も必ずこの島の辿り着いてるはずです。貴女も十分お気をつけください」
「は、はい…」
「では!」

敬礼をし踵を返すと爽やかな笑顔を残して海軍は去っていった。
受け取った手配書に再び目を落とす。
間違いない。
間違いなく、先程まで相対して男の顔だった。

(海兵さんは海賊だって言っていたけれど…)

桜月には悪い人には思えなかった。
海賊と知った今であっても。
何故ならば、この男の言動の全てが桜月が思い描いていた海賊とは違ったからである。
店に入ってから出ていく時でさえ、マナーを守ったいいお客だったのだ。
無意味に暴れる事もなく、静かに商品を選び、思わぬ事態に裏口から出ていく事にはなったが、詫びを述べた上、お金もきちんと置いていった。
………置いていった?と頭で反芻してレジの上をバッと見やる。

「あわ、わわわ…!」

会計は完全に済んでいたわけではなかった。
金額を言う前に置かれたのであろう札束はおそらく合計金額よりずっと多い。
挙げ句、買おうとしていた本の数々は持っていかれる事もないままに置きっぱなしだったのだ。
それはもう見事に。

「こ、これではぼったくり通り越して詐欺…!」

ちゃんと買い物をされたお客様に対してなんたる非礼!お店の信用問題にも関わる!と頭を抱えた桜月。
覚悟を決めたかのようにバッと面をあげるとバックを探しだし本を詰めていく。
そう、彼女は決意した。
お客様を探しだし、商品とお釣りをお返しする!と。

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