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やけに機嫌の良い獏がお茶と煎餅を持ってやってくる。ゆっくりと起き上がり湯呑を手に取った。

「答えられる質問なら答える」

そう言ってから湯呑を口元で傾ける。

「いや、無理には聞か」
「気になっていることがあるなら聞けばいい。知らないところで嗅ぎ回られるのは気に入らない」

夏目の言葉を遮って強く言うと困ったように視線を外される。皿に乗った煎餅を食べながら言葉を待つ。

「咲良はどうして越してきたんだ?」
「当主に行けと言われた」

当主? と首を傾げる夏目に「花開院の二十七代目当主。私の祖父」と答える。

「なにか目的があるのか?」
「いろいろあるよ。こっちの会合への出席。あと花開院に対する依頼がたくさん溜まってる。当主は頻繁に京を離れられないから本家直系の私が来た」

夏目が納得したようになるほど、と呟く。一枚目の煎餅を食べ終わり二枚目に手を伸ばした。お腹空いたな。

「言いにくかったら言わなくていい」

前置きした夏目の視線が腕の包帯へ向けられる。

「階段から落ちたんだよ」
「・・・・・・本当だったのか」
「正確には分家の人間と戦ったあとに階段から転げ落ちた」
「人間と戦ったのか?」
「意見の衝突があって」

夏目が驚いたように口ごもる。事実なのだからしょうがない。陰陽師にもいろんな事情があるんだと言ってからお茶を飲む。傍で聞いていた獏がそっと席を外した。

「どうして学校に来ないんだ?」
「忙しいから」
「この前獏に確認したら、咲良は家に居るって言ってたぞ」

余計なことを、と獏が消えていった廊下を睨む。適当に仕事だと言えば良かったのに。

「・・・・・・妖怪が見えない人間と関わるのは疲れる」

ぼそっと言った言葉に、夏目が少し眉尻を下げた。

「見える人間と関わるのも疲れるけど、多少はマシ」

ため息と一緒に吐き捨てると夏目はそうか、と呟いて黙り込んだ。

「ほかに質問は?」
「・・・・・・花開院家について教えてほしい」
「花開院家について?」

頷いた夏目に思いっきり顔を歪めてから語りだす。妖怪退治を生業とする京都の守護陰陽師一族。先祖は蘆屋道満。本家と分家が存在すること。四百年前のある一件のせいで呪いを受け、本家男子が早世する呪いを受けていること。生きている二人の兄妹のこと。

「本家男子ってことは・・・・・・咲良のお父さんも?」

黙り込んだ私に夏目が顔色を青くする。重いため息と共に「生きてるよ」と言うとあからさまにほっとしたようだった。

「もしかして、具合が悪いのも呪いが影響してるのか」
「それは答えたくない」

すぐに返した私に夏目は目を丸めてから「分かった」と言った。やけに物分りがいい。少しだけ気分が悪くなってぬるくなったお茶を飲み干した。

「誰にだって話したくないことはある」
「・・・・・・咲良は、おれに聞きたいことあるか?」

夏目の思いがけない問いに首を傾げる。特にない、と口を開こうとして止めた。そういえばひとつだけ気になることがあった。

「どうしてあんな大妖と一緒にいるの?」
「先生はおれを守ってくれてるんだ。用心棒だよ」
「確かに夏目が狙われやすいというのは分かる。妖怪からしたら君は美味しそうに見えるだろうし。でもなぜ守る必要があるの? 自分の獲物だとしたらさっさと食べればいい」
「それは、その・・・・・・」

言いよどみ顔を逸らす夏目。私はどうやら彼が話したくないことをドンピシャで聞いてしまったらしい。

「やっぱり言わなくていいや」
「・・・・・・ごめん、咲良は答えてくれたのに」
「そんなに気になることじゃないから」

獏が持ってきたおかわりのお茶を飲みながら言うと、夏目は安心して息を吐いた。夏目の質問が尽き、ただお茶と煎餅を食べる時間が過ぎていく。

こんなに一般人と長時間話したことがなかった私は沈黙に気まずさを感じた。話題も特にない。聞きたいこともなかったのでお茶を飲み終わった夏目に「それじゃあ帰りなよ」と言うと背後で獏が困ったように私の名前を呼んだ。他の言い方をしたほうがいいと言われたけどよく分からなかった。夏目は困ったように笑っていた。