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おれの不躾な視線を意に介さず花開院は庭全体を見渡した。最後におれに視線を戻してから口を開く。


「勝手に入ってきたの?」
「・・・・・・悪かった」
「まあ良いけど」


花開院は突き刺さるような冷たい声音で「玄武、下ろせ」と言った。おれを掴んでいた手がゆっくりと下がり離れていく。そっと男を見上げると玄武と呼ばれた男は花開院をまっすぐに見ていた。

「君はどうしてここに?」

問いかけられ慌てて花開院を見た。学校での花開院とは雰囲気が全く違っていた。穏やかな笑みは無く、冷ややかな目だけが鋭くおれを見ている。


警戒心むき出しの視線と刺々しい雰囲気におれは体を強ばらせる。―――ああ、分かりやすいほどの敵意だ。久しぶりにそんな目を向けられた。おれが黙り込んでいると横を白い虎が通り抜ける。縁側に上がり花開院を囲うように擦り寄った虎は、その青い瞳を花開院に向けて小さく唸った。花開院は傷だらけの手で虎の額を撫でてから言った。


「なるほど」
「えっ」
「話は分かった。白虎が君を助けたんだね」
「あ、ああ・・・・・・」
「お礼はいらないそうだから、君はもう帰りなよ」


口調は柔らかいけれど、人を寄せ付けない冷たさを感じおれは呆然としてしまった。花開院は言い終わると同時に踵を返し部屋に入ろうとしてしまう。おれは咄嗟に「待ってくれ!」と叫んでいた。

無表情で振り返った花開院がおれの言葉を待つ。

「花開院は・・・・・・妖が、見えるんだよな」

少し眉根を寄せた花開院が小さく頷く。

「ここにいる妖は、花開院の友人なのか?」
「私は主、彼らは式神。友人とは少し違う」

主、式神? つい最近そんな言葉を聞いた気がする。おれがその言葉の意味を考えていると、柔らかいものがぶつかったような衝撃が頭に走った。「夏目〜」とこの場にそぐわない気の抜けた声に、おれはホッと安心しつつ地面に倒れこむ。いたい・・・・・・。上体を起こして腹の上に乗ったニャンコ先生に目を向ける。「また面倒事に巻き込まれおって」呆れたように言う先生に小さく謝罪する。周囲の妖怪が先生の登場に警戒したように目を鋭くした。ただひとり、花開院は腕を組んで首を傾げている。

「・・・・・・おかしいな、結界用の札を貼っておいたのに」

花開院がぼそっと呟いた言葉に、塀に貼ってあって紙のことを思い出す。―――もしかして。おれが恐る恐る打ち明けると、花開院は眉間の皺を揉むように摘んでから目をつむった。

思わず肩が跳ねてしまったおれの横で、玄武が深くため息を吐いた。