心の底の遭難した船は

ゼファーが死んだと知ったとき、俺はしばらくその事実を受け止められなかった。理由はまあ、いろいろある。

ゼファーの“個性”は超能力。応用して使用していた技の一つが、俺の“個性”によく似ていた。

“爆破”

俺は手の平だが、ゼファーは触れた物を爆破させた。“個性”の詳細は明かされていなかったが、ビルボードチャートのトップスリーに入るヒーローと似た俺の“個性”は、よくゼファーと比較された。

「ゼファーみたい」

そう言われる度にムカムカと俺の体ン中に苛立ちが湧き上がった。ゼファーが強いヒーローであることに違いはないが、俺の憧れはオールマイトだ。ゼファーじゃねえ。“個性”が発現してすぐゼファーに似ているからヒーローに向いていると言われ、燻っていた俺は街中でゼファーに遭遇した。助けられた訳じゃなく、偶然だ。コスチュームを着ていなかったゼファーは人目を避けるようにしていた。変装をしていたオッサンの正体にすぐに気付いた俺は、ババアから離れてゼファーの元へと駆けた。

「オイ」

背後から声をかけるとでかい体が大げさに揺れた。テレビで見るときはどっしり構えているイメージだっていうのに、今目の前にいる男はヒーローとは程遠かった。

「ゼファーだろ」

オッサンはすげえ動揺してから、見なかったことにして欲しいと頼んできた。俺はサインだのファンサービスだのが目的で話しかけたわけじゃねェんだ。視線の高さに合わせようとしゃがみこんだゼファーが気に食わなくてすねを蹴る。俺の蹴りにびくともしないで、怒ることもしないで静かに俺の言葉を待っているその姿に、出鼻を挫かれた気がした。俺は感情をぶつけるように自分の“個性”のことを話した。その話を聞いたゼファーはやけに真剣な表情をしていた。

「『ゼファーに似てる』・・・・・・か」
「俺がすげえのはゼファーに似てるからじゃねえ、俺だからだ。俺がすげえんだ」

そう言った俺に、ゼファーは「その通りだよ」と言った。子供に対して話を合わせたり、機嫌を取ろうとするやつはすぐに分かる。ゼファーは違った。

「なあ、僕」
「僕じゃねえ、ばくごうかつきだ」
「かつきくん。もしも・・・・・・この先、君と同じように“個性”が似ているって理由で苦しんでいる子を見つけたら」

ゼファーは開いていた口をゆっくり閉じて、首を振った。「なんでもない」、と。なんでもねえって顔してねぇだろうが、と言う前に、ババアに襟首を引っ張られて高く持ち上げられた。ババアはゼファーが好きだったので、キメェ声を出してゼファーに握手とサインをして貰っていた。ゼファーはにこにこと笑ってババアと話してから、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

ゼファーは人の頭を撫でるのがへたくそだった。

「君がどんなヒーローになるか、凄く楽しみだ」

そう言って笑っていた。それが最後に見たゼファーの姿。次に見たのはニュースだ。救助活動中に死亡したという報道を聞いて、どういうことだと問い詰めたくなった。なんでゼファーが死ぬ。敵との交戦でもなく、救助活動中の事故死? 納得行くはずが無かった。そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、ネットではゼファーが実は生きているとか、陰謀じゃないかとかいろいろ言われていた。

俺の家ではゼファーは年に一度、命日にだけ話題になる存在になっていた。ババアは今でもゼファーが好きなようでグッズを大事に取ってある。俺はガキの頃にオールマイト目当てで買って当たったゼファーのシールを捨てられずにいた。

俺がどんなヒーローになるか楽しみだって言ったなら、見届けるのが筋じゃねえのか。言葉にしたって仕方がない思いを吐露することもなく、時間だけが過ぎていった。






雄英高校の入試でソイツを見たとき、ゼファーのことが頭に浮かんだ。戦い方がよく似ていたし、瞳の色の変化もそうだ。ゼファーを知っていたら、誰だって分かる。ソイツは俺に動きが遅いなんて吐き捨てて飛んで行きやがった。―――あの女入学してから潰してやると心に決め、(筆記に問題が無ければ合格してるだろうと思っていた)ゼファーの子供が雄英のヒーロー科に入るのだと知って、確信した。あの白髪女はゼファーの子供だと。そしてあの日ゼファーが言っていた『ゼファーに似た“個性”を持って苦しむ子供』とは、自分の娘のことだったと。

白髪女は“個性”把握テストでサイコキネシスを使った。握力測定では電子操作。どちらもゼファーが使っていた技だ。更衣室の前で「ゼファーじゃないし、代わりでもない」と吹っ切れたようなことをのたまっていた割に、戦闘訓練ではろくにゼファーの“個性”を使わなかった。雷、炎、氷、重力、爆弾。他にもゼファーはいろいろな“個性”の応用を使っていたというのに、白髪女が入学してからこれまでに見せたのはサイコキネシスと植物操作、電子操作だけだ。入試のときにやっていたエネルギー弾でさえ使う様子は無い。

「実操ってあんまりゼファーの“個性”使わないよな」

髪を逆立てた男が言う。理由なんて分かりきってる。

「手ェ抜いてんだろ」

使う必要がないと判断したってことだろう。使うまでもねえってか、クソが。ひとりごちて窓の外へと視線を向ける。次、さしでやりあうようなことがあったら、ゼファーの技全部使わせた上で勝つ。後ろの半分野郎にも勝つ。そんなことをひたすら考えていたら訓練場に辿りついたようでバスが止まった。寝ぼけた様子の白髪女を見ていると自然と舌打ちが出る。あからさまにイラついた表情をするソイツを見て、ゼファーには似てねえなと初めて思った。