だから紐も結べずに

卯依ちゃんの華奢な背中が見えなくなる。

卯依ちゃんは終始冷静で、相澤先生の指示に従って行ってしまった。13号に促され、施設に背を向けて入口ゲートへと向かう。

「させませんよ」

突然現れた敵が目の前に立ちはだかる。敵連合と名乗ったそいつは、「平和の象徴、オールマイトを殺すこと」が目的だと言った。

動揺して動けない僕をよそに、かっちゃんや切島くんが先制攻撃をしかける。だけど効かず、一瞬で黒い闇があたりを埋め尽くした。



▲ ▽




黒いもやが広がって迫ってきたとき、飯田くんに助けられてその場を離れることができた。地面に下ろされて振り返ると、かなり人数が減らされていた。デクくんや梅雨ちゃん達が見当たらない。その後障子くんの“個性”で、みんなが散り散りになってしまったことが分かった。“個性”で飛ばされてしまったらしい。とりあえず施設内にいるということが分かって力を抜きかけたが、敵も近くに居るということを聞かされた。それに、みんなを連れて行った黒いもやの敵は目の前に居る。

13号は飯田くんに、学校まで駆けて、この襲撃のことを伝えて欲しいと頼んだ。赤外線式の警報が鳴らないこと、相澤先生が広場に居る敵の“個性”を消しているのに作動しないのは、電波を妨害する“個性”持ちが隠れているからだ、と。それを見つけるよりは飯田くんが駆けたほうが早いと言った。

「敵があちこちに潜んでいる以上、実操さんも妨害を受けているはず・・・・・・」

その言葉にひく、と喉が変に引きつった。実操さん、大丈夫だろうか。相澤先生の指示で、少し前に飛び出していった女の子。強い子だってことは知ってる。ゼファーの子供だからじゃなくて、これまで話してきて分かったことだ。いつだって冷静で、周りをよく見てて・・・・・・。

―――実操さん、怖くなかったのかな。迷いのないその背中にデクくんが不安そうに名前を叫ぶのを聞いていた。敵がたくさん居て、目的地は反対。それもたった一人で―――

飯田くんがクラスメイトを置いていけないと答える。みんながその背を言葉で押すのを聞いて、拳を握った。恐怖をごまかすように、実操さんみたいに。

「食堂の時みたく・・・・・・サポートなら私超出来るから! する! から!!」



▲ ▽




足元の植物からエネルギーを吸収しながら空を飛んでいく。建物が崩れている場所を抜け、土砂で塗れた訓練所に黒いもやが現れた。敵か、と空中で動きを止めて様子を伺っていると、見覚えのある人影が落ちてくる。

地面に着地してすぐに、物陰から敵が出てくる。手を貸そうと近くまで飛んでいった瞬間、数メートル下にある地面が一瞬で凍っていった。・・・・・・さすが。

「・・・・・・実操か」
「転送“個性”で飛ばされたって感じ? 助けは要らないよね」
「ああ」

轟と凍っている敵に背中を向けて土砂ゾーンを去る。山岳ゾーンに敵が多く居るのを見かけ、敵が大勢集まった箇所に落ちるように岩を砕く。そのままごろごろと岩が転がっていくのを見届け、目的地周辺に辿りついた。みんなが敵と戦闘してるとしたら、対人戦闘向きじゃない“個性”の人達はかなり厳しい状況だろう。隠されるように木々の間にあった扉を見つけてドアノブを握る。鍵がかかっていたので“個性”を使ってこじあけ、中に続いていた通路をまっすぐ走った。


「おい! 生徒が来たぞ!」
「小娘一人に何をあわて―――ゼファーのガキか!?」

“control room”と書かれた扉の前に二人、人が立っていた。私に気付いて一人が向かってくる。そいつの拳が分かりやすく赤くなっている。熱“個性”だろうか。窓もない暗い通路じゃエネルギー吸収は期待できない。

――――なら、

おおきく振りかぶってきた右腕をしゃがみこんで躱し、膝を伸ばすのと同時に隙間を縫って敵の右頬を殴りつける。

「がッ」

鋼鉄入りのグローブで全力パンチされたらさぞ痛いだろう。多少怯んだ隙に曲がった左膝を思いっきり蹴りつけた。体が崩れている間に後頭部を左手で鷲掴み、“個性”を使った。

人間からもエネルギーは吸収できる。
難点は一つ、触れないといけないこと。

グローブ越しに敵からエネルギーを吸収し、気を失わせるためにそのままサイコキネシスで壁に叩きつけた。意識が無くなったことを確認し、頭を掴んだ手をそのままに体を回転して扉の方を向く。仲間のピンチに駆けつけようとしていた敵に手の平を翳し、“個性”を使った。

みるみる集まっていったエネルギーの固まりが手からはみ出たころを見計らい前方へと飛ばす。エネルギー弾は敵の胴体に命中して吹き飛び、そのまま制御室の扉を壊していった。

・・・・・・扉を壊す手間が省けた。