僕らは旗を立てていた

名前を呼ぶのと同時にその細い腕を掴む。

「―――出久?」

ゆっくり振り返った卯依ちゃんは目を丸めて僕を見ている。いつもの卯依ちゃんの表情だ、と僕は胸をなでおろした。さっきまでの不安は気のせいだったようだ。卯依ちゃんはしばらく不思議そうに僕を見ていたけれど、すぐに顔を正面へ向けた。紫髪の男子生徒は吃驚したように目を見開いて卯依ちゃんを見下ろしている。

「ごめん、話の途中だよね。なに?」
「―――なんで」
「もしかして騎馬の誘い? 悪いけど、もう・・・・・・」
「ごめん、卯依ちゃん。飯田くんには断られちゃって」

卯依ちゃんは驚いた様子も見せず、そっかと呟くと「一緒に組む?」と男子生徒に声をかけた。

「・・・・・・いや、こっちも三人決まってる」
「じゃあ、どっちみち無理だね。それじゃ」

あっさりと男子生徒に背を向けた卯依ちゃんは、僕と麗日さんの腕を掴んで、そこから足早に遠ざかる。表情は普段通りだったはずなのに、その行動には少しだけ違和感を覚えた。麗日さんも同じことを考えたのか、眉尻を下げて伺うように卯依ちゃんを見ている。

「卯依ちゃん、どうかした?」

やっと立ち止まったその背に言葉を投げかけると、髪を揺らして卯依ちゃんが振り返る。表情は一変して険しい。

「―――なんか、変じゃなかった?」
「変って?」
「うまく言えないけど、あいつに声をかけられたあと、一瞬だけ妙な感覚がして」

卯依ちゃんはしばらく難しい表情をしていたけれど、僕たちが揃って戸惑っているのを見ると「なんでもない、気にしないで」と頭を振った。

「飯田に断られたんだよね、別の人を探さないと」
「あ! そうだった!」

麗日さんが慌てて周囲を見渡す。僕も同じように視線を巡らせる。結構みんな固まっちゃってる―――。あと一人、僕らに足りないもの。機動力、それと卯依ちゃんの負担を軽減できるような・・・・・・。

「あのさ」
「っ・・・・・・なに、卯依ちゃん?」

ブツブツと呟きながら俯いて思考していた僕は、卯依ちゃんの言葉で顔をあげた。卯依ちゃんはいつものクールな表情で、焦りなんて微塵も抱いていない様子だ。

「意思疎通が出来る人なら、誰でもいいんじゃない」
「えっ」
「私、飯田ほどじゃないけど機動力あるし」
「・・・・・・でも」
「難しいこと考えなくていいよ。お茶子が居るだけでかなり楽だから」
「え!? 私?」

突然出た自分の名前に、麗日さんは吃驚して肩を上げている。僕も予想外だった。

「実は、クラスで一番“個性”の相性良かったりする」
「そうなん!? なんか嬉しい!」
「僕はてっきり轟くんかと・・・・・・」

エンデヴァーとゼファーの共闘を思い出しながら呟くように言うと、卯依ちゃんは途端に凍りついたような表情をして絶対零度の視線で僕を見た。あ、禁句だ、これ。何も言っていない振りをして二人から離れ、四人目を探そうと辺りを見る。僕たち三人と意思疎通が出来る、それでいて卯依ちゃんの弱点(本人は認めないかもしれない)を補える“個性”を持つ、誰か。一人で周囲を探るように見ていたその人物に近付き、その肩を鷲掴む。

―――それは、

「・・・・・・君だ!」

▲ 追記 ▽


障害物競走で主人公の妨害を受けた発目さんは予選通過できていません。これに合わせて今後の試合運びは原作とは異なりますのでご注意ください。閲覧後の苦情は受け付けていません。