身体の毒は心に善いと云う

試合開始の合図後から“個性”の使用が可能になる。一番近い騎馬がこちらに向かって来たとして、ぶつかるまでに三十秒程あるだろうか。うん、それだけあれば大丈夫。充分間に合う。

「いくぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!!」

プレゼント・マイク先生のカウントを聞きながら、ゆっくりと瞳を閉じる。

「START!」

その合図が耳に届いた途端、瞳を開く。視界を周囲のエネルギーが視認できる状態に切り替えると、人の周りや大気中、空を漂う光の塊が視界に現れた。私が操作しなければただそこにあるだけのもの。実体も温度もないそれを、自在に使えるのは私だけ。

エネルギーを騎馬の足元、周辺へと集めていく。僅かに消費された自身のエネルギーは、太陽光から即座に補充。それと同時にお茶子が自分以外の三人に触れ、“個性”を発動させた。右手に乗っていた出久の体重が消える。

二秒と経たずに三人分の足元にエネルギーが収束していき、地面を覆う。私の目にはっきりと見えているその光の絨毯のようなものは、お茶子達には見えていない。うっすらと、体に触れているエネルギーだけが認識出来る程度で、お茶子は「足光っとる!」と驚いたように下を見ていた。

―――全員を無事に、壊さず、吹っ飛ばさずに、浮かせる。自分にやるときみたいな乱雑さはダメ。

心の中で自分に言い聞かせるようにし、一斉にこちらに目掛けて向かってくる騎馬へと視線を向ける。先頭はB組の騎馬、その後ろを耳郎達。

「追われし者の宿命、選択しろ緑谷!」
「もちろん!! 逃げの一手!! 卯依ちゃん!」

集めたエネルギーで全員の体を掬うように持ち上げる。B組の“個性”か、足元が沼のように沈んでいたが問題なく抜け出せた。そのまま浮上し、他の騎馬から距離を取る。質量がないだけでこうも変わるものかと驚くぐらい、簡単に持ち上げられた。やっぱりお茶子の“個性”最高だ。

「耳郎ちゃん!!」

足元から聞こえた葉隠の声のあと、耳郎の“個性”であるプラグがこちらに伸びてくるのが見えた。それを遮るように黒い影が眼下に広がる。

「いいぞ黒影、常に俺たちの死角を見張れ」
「アイヨ!!」

・・・・・・良いなあ。思考を持った自立型“個性”。私のバリアとか作り出した植物も、自分で判断して発動したり動いたりしてくれないかな。

「・・・・・・着地する」

そんなことを考えつつ他の騎馬から離れ、空いた空間にゆっくり着地する。すぐに浮上できるように足元のエネルギーは維持したまま攻撃準備へ移行。体内エネルギーを手の先へ、空気中にあるエネルギーは自分たち騎馬を囲うように円形に。ほんっとうに、今日が晴れで、そして屋外で良かった。

右前方から来たB組の攻撃を黒影が防いでくれている隙に、常闇と繋いだ右手を離す。後方の耳郎達への牽制として軽く衝撃波を放ってから顔を正面へと向けると、足元に黒い球体が落ちているのが見えた。

障子が単騎で突っ込んでくるのを視界の端に止めつつ、もう一度全員を浮かせる。

「わっ! 卯依ちゃん!?」

驚いたように出久がバランスを崩したが、持ち前の体幹で耐えたようだ。「足元、峰田の“個性”」と簡潔に言ってから数メートル浮上し、再び騎馬と距離を取る。耳郎の“個性”は届かない、他に遠距離攻撃が出来る“個性”持ちは・・・・・・。

「調子乗ってんじゃねえぞクソが!」

思いがけないところから爆豪の声が聞こえて顔を向けるが、出久の背中しか見えない。騎馬ごと飛んできたのだろうか。そんな“個性”持ちいたっけ。手探りで吹き飛ばす? でも、悪質な騎馬崩しは失格に―――

「常闇くんっ!!」

出久の言葉で黒影が騎馬を守るように広がる。その隙に体制を整えて、爆豪が私の視界に入るように騎馬の向きを変えた。ちらりと見えた爆豪はたったひとりだ。そんなの有りか。

瀬呂のテープで回収されていく爆豪を見下ろす。出久に言われるまま空いたスペースに着地してから、息を整えてモニターへと視線を向けた。上位にいるのがここと轟チーム以外、全員が見慣れない苗字だった。他のA組は揃って0ポイント。

障害物競走の結果と逆転するようなその順番に首を傾げる。第一種目でB組の多くが下位に甘んじていたのはわざとだろうか。いや、単純にA組のチームワークが悪いのかも。

アナウンスで残り時間が半分を切ったことが伝えられる。切り替えるように顔を正面へと向けると、道を阻むように現れたのは、轟率いる騎馬だった。