振り返ることも追いつくこともない背中

会場に広がった土煙が少しずつ落ち着いていく。先に姿が見えたのは実操卯依。変わらず空中に浮いていた卯依はじっと一点を見つめている。
煙が晴れていき徐々に轟の姿を晒す。
轟は砕けた氷の瓦礫の上で気を失っていた。
体操着から見える手や顔には風によって付けられた傷が残っている。
卯依は金の瞳を瞬き、僅かに視線を下げた。

ミッドナイトが勝敗を告げ、地面に降り立った卯依は無表情のままフィールドを去っていった。ロボットの手によって轟が運ばれる姿を見て、エンデヴァーが眉を歪める。
炎を使うタイミングならいくらでもあった。

「・・・・・・」

踵を返したエンデヴァーが通路の先へと歩いていく。陽の下から遠ざかりその顔に影がかかる。空気に揺れる赤い炎は暗い廊下の奥へと消えていった。


▲ ▽



フィールドではかっちゃんと常闇くんの試合が始まっていた。かっちゃんの爆破の光で、黒影が攻撃に転じる隙が作れず常闇くんは防戦一方だ。騎馬戦で明かしてくれた弱点がバレていなければ転機はあるけれど・・・・・・。

かっちゃんが空中で黒影の攻撃を躱し、常闇くんの背後へと回り込む。両手を近付けて爆発させた際の光で、常闇くんが目を覆ったのを最後に、フィールドは爆煙で包まれた。
煙が晴れる。常闇くんは口元を片手で抑えられ地面に倒されていた。
その上で小さな爆発を起こす右手を掲げ、不敵に笑うかっちゃんの姿。

「常闇くん降参! 爆豪くんの勝利!!」

ミッドナイトの言葉でかっちゃんが常闇くんから離れる。

「よって決勝は、実操 対 爆豪に決定だあ!!」

その言葉にスタジアムに歓声が沸いた。

―――卯依ちゃんと、かっちゃん・・・・・・。

「あの二人が・・・・・・どうなるんだろう」
「しっかり見てリベンジだな!」

飯田くんの力強い言葉に麗日さんと共に頷く。直後飯田くんの体が上下にブレ始めた。何があったのかと慌てる僕たちに、飯田くんは「電話だ」と口にする。それから僕たちに断りを入れ、席を立った。階段を昇っていく背を見送っていると、麗日さんが「そうだ」と呟く。

「決勝始まる前に卯依ちゃんの様子、見に行きたいな」
「僕も行くよ!」

そう返した僕に、麗日さんは少しだけ眉を下げた。
その様子を不思議に思って首を傾げた僕に、麗日さんは続ける。

「デクくん、騎馬戦の時に卯依ちゃんの“個性”のこと呟いとったよね」
「え・・・・・・う、うん」
「卯依ちゃんの超能力って、長時間使ったら体調に影響が出たりするんかな」

麗日さんの言葉に口ごもる。すぐ思い浮かんだのはUSJでの光景だ。
バリア展開後、“個性”を一切使わなかった卯依ちゃんのこと。

「デクくんと轟くんの試合の後、卯依ちゃん、凄く顔色が悪くて・・・・・・」
「・・・・・・」
「本人はなんともないって言ってたけど・・・・・・どうしても、そうは見えんくて」

自分の手元を見下ろして話す麗日さんに、僕はなんて言えばいいかを考える。
あの時は体調が悪いようには見えなかった。先生たちが駆け付けた時に少し疲れたような顔をしていたけれど。
そもそも、「バリア展開後の卯依ちゃんが“個性”を使えない状態だった」というのも、僕の憶測だ。違和感を抱いたというだけで確証はない。

「本人から聞いた訳じゃないんだ。騎馬戦の作戦だって勝手な推測でああ言っただけで、意味があったかどうか」
「そうなんや・・・・・・」

麗日さんは少しだけ寂しそうな表情で僕を見た。

「いつか、卯依ちゃんの口からちゃんと聞けたらいいよね」

その言葉に思わず、ぐっと口の端を結ぶ。
卯依ちゃんが話さない理由を僕たちは知らない。
競い合うライバルだから。・・・・・・きっとそれだけじゃない気がする。

“個性”の詳細を誰にも話さず、ゼファーのことを質問されても上手くはぐらかす。
思えば卯依ちゃんが、自分のことを深く話してくれたことが一度でもあっただろうか。
彼女のことを、僕はほとんど知らずにいる。
何も知らないまま、支えてもらっていた。その状況を疑問に思うこともなかった。
オールマイトと共に居ること、彼の秘密を知っていること。
何故、ヒーローを目指しているのか。

「―――うん、そうだね」

無理に聞こうとは思わない。卯依ちゃんが話したくないのならそれでもいい。
だけど麗日さんが言っていたように、彼女の口から直接聞くことができたら―――

話してもいいと、そう、思ってもらえる存在になれたら―――

「麗日くん、緑谷くん」

電話を終えた飯田くんが戻ってくる。その表情は重苦しい雰囲気を纏って、動揺を隠せない様子だった。早退するという震えた声の後、飯田くんは続ける。必死に自分を落ち着かせようとしている、そんな声だった。

「兄が敵にやられた」

空には暗雲が立ち込めていた。
予報にない雨が、今にも降り出しそうな天気だった。