わが愛しき紫の

「おやすみなさい、良い夢を」名前の言葉を最後に通話は途切れた。通話時間はほんの数十分。俺はスマホを手にしたままベッドに倒れこんだ。

ブブ、とスマホが震えて、腕を持ち上げて確認すると岩ちゃんからの新着メッセージが来ていた。開いてみると名前の写真が目に映り、がばっと顔を持ち上げる。

「さらに可愛くなったなあ・・・・・・」

パステルカラーのスカートが名前によく似合っている。この前俺に選んで欲しい、と写真を送ってきたやつだろう。自然と笑みがこぼれて、岩ちゃんにお礼とハートのスタンプを送るとすぐに既読がついた。「きめえ」という岩ちゃんの一言に思わず「ヒドッ!」と大声を出してしまい慌てて手で抑える。傷付いた心を癒そうと名前とのトーク画面を開いた。高校生の頃は直接話していたような、なんでもない内容のことばかりだ。食べたもの、街の様子、チームメイトとの会話。数ヶ月前は隣に名前が居て、名前は静かに俺の話を聞いていてくれた。その内容に岩ちゃんが「しょうもねえ」と鼻で笑って、俺は傷付いた振りをして名前に抱きついたりしたっけ。それができない距離はかなりもどかしい。けれど真の恋の道とは茨の道だ。

トークアプリを閉じると名前の待ち受け画面に切り替わる。教室で撮った名前の安らかな寝顔。もう二度と触れることはできないと諦めていたのに、それでも俺を選んでくれた名前。画面が自動で暗くなるその瞬間まで、俺は瞬きせずにその姿を見つめる。

少し薄暗くなった画面に寂しさを覚えるけれど、そんなときは名前の言葉を思い出す。「おやすみなさい、良い夢を」途端に溢れ出す幸福感が胸を満たした。一日の最後に耳にするのが名前の声だなんて、なんて幸せな終わり方だろう。今度ボイスメッセージを送ってもらおうかな。名前は恥ずかしがるだろうか。「私も愛してる」なんて言えるようになったのだから、喜んで愛の言葉を吹き込んでくれるかもしれない。

もしも嫌だと断られても、俺は名前の気持ちの大きさを知っているから不安にはならない。名前もそうだといいな。

どうかこれだけは知っていてほしい。

朝目を覚まして、真っ先に名前からのメッセージが来ていないかを確認すること。美味しいものを食べたとき、名前にも食べさせたいと考えていること。かわいい雑貨を見つけるたびに手にとって、名前が喜びそうだなんて考えてばかりいてチームメイトにからかわれていること。電話していいかと尋ねるたびに少し緊張していること。
俺が毎日、おまえを思って生きていること。

真っ暗になった画面に指を滑らせ、消えてしまった輪郭を思い浮かべる。この手に触れた温度を思い出す。

目を閉じれば浮かぶ、青葉城西の制服に身を包んだ名前の姿は色褪せることがない。名前にとっての俺も、そうであったらいいと思う。

その心に俺がいることを、願っている。