瞳の奥に閉じ込めたい

1月5日 東京体育館
全日本バレーボール高等学校選手権大会
通称 春の高校バレー


代表決定戦を勝ち進み全国への切符を手に入れた俺達は、今、その会場に居る。
観客側でなく、試合に出る、選手として。

初の大舞台に緊張しないはずもなく、首筋が固まったように動きが鈍いのが自分でも分かる。それなのにすぐ近くに居る研磨は相変わらずのローテンションで、マスクから見える瞳は冷め切っている。リエーフと犬岡はおもちゃ屋に来た子供のようにはしゃぎ倒しているし、海や夜久もパッと見落ち着いている。

緊張してるのは俺だけか? そう考えた俺が視線を下げると、石のように体を固くしている芝山を見つけてホッと息をついた。自分より緊張しているやつを見ると何故か気持ちが落ち着く説。実証。

「あの真っ黒集団、烏野じゃない?」

ほかのやつらと同じくあまり緊張していなさそうだった苗字が遠くを見ながら言う。俺は苗字の視線を追うようにして首を動かし、傍から見てもはしゃぎ倒している烏野一年を見つけた。その先頭を歩く主将の顔が分かりやすく強張っているのを見て、自然と口角が釣り上がるのが分かる。ニヤニヤしながら烏野に近付き声をかける。烏野の数人が、ただの鉄塔を東京タワーと勘違いしていたことを思い出しながら。

「本物のスカイツリーは見れたのかな? おのぼりカラス」







開会式を終えて体育館へと移動する通路はかなりの混雑具合だった。夜久や芝山が流されるんじゃないかと思える程の人の流れに少し驚いていると、後ろの方から消え入りそうな「わっ」という聞き覚えのありすぎる声が聞こえて振り返る。勢いが良すぎてリエーフがビビってたが気にしない。

案の定少し離れたところに、今にも人並みに飲み込まれそうになっている苗字を見つけ、急いで人をかき分けて近付く。抵抗はしているようだけれど、華奢な女子一人、大柄な選手や関係者が多い中ではかなり歩きづらそうだ。

「苗字」
「黒尾、ごめん」
「いーから、掴まってろ。転ぶなよ」

音駒の最後尾に居た福永が少し離れたところで立ち止まってこちらを見ている。さっさと合流するか、と苗字の小さい手を掴んで人の流れに沿うように歩き始めた。

苗字が転けることがないようになるべくゆっくり、歩幅もいつもより狭めて。背が高くて良かった。少し離れたところを歩くリエーフの頭が目印になって見失うことは無さそうだ。

―――と、ここで初めて俺は苗字の手を握っていたことに気付いた。

「……」
「……」

無意識での行動だったのでさっきまでなんとも思ってなかったが、今になって羞恥心が湧き上がっていく。徐々に体温が上がっていくのが分かった。俺、今、顔赤い気がする……。頼むからリエーフ、振り向くな。

苗字は無言のまま俺のあとをついてくる。赤くなっているであろう顔のまま声をかけるのも憚られて、俺も口を閉じて歩き続けた。

告白紛いのことをして、返事を保留にしてもらってから数ヵ月が経った。好きになってもらえるように努力すると決めてから、俺が新しくやったことなんてたかが知れてる。苗字が困っているのを見かけたらすぐにフォローして、悩んでいるようだったら相談に乗って、とそこまでやって気付いたが、告白を聞かれる前と後で自分の行動になんの変化もなかった。これまでもやってた。

これじゃダメだと自分を奮い立たせても、いざ行動しようと意気込んでから苗字と向かい合うと緊張と照れで上手くいかず。どうしたら好きになってもらえるんだとひたすら頭を悩ませた。

夜久にはスキンシップを取れと言われたけれど、付き合ってもないやつに触れられるのは嫌だろうと実行していなかったのだ。それがこんな状況で実行することになるとは……。

「(嫌がってねーかな……)」

ふいに悪い想像が浮かんで、恐る恐る後ろを見る。

「……」

俯きがちに足元を見て歩く苗字の表情に、とくに嫌悪感は見受けられない。

それよりも、髪の隙間から覗く耳が、苗字の髪色と同じ色をしていたのを見て思わず足を止めそうになった。油の切れたロボットのようにぎこちなく正面を向いて、歩き続ける。

俺、手汗、やばいかも。