喧嘩嫌いの女の子3

男鹿の話を最初から最後まで聞いていた名前が、最初に起こした行動は古市に電話をかけることだった。

「・・・もしもし、古市くん?急で悪いんだけど家に来てくれない?男鹿が頭打ったみたいで・・・魔王とか悪魔とか言ってるの」

名前が電話口に向かって言った言葉に男鹿の額に青筋が浮かぶ。男鹿に対する配慮なのか背中を向け小声で言ってるのが尚更腹立たしい。ベッドから立ち上がり名前に背後に近づいた男鹿は、携帯を取り上げベッドに放り投げた。

「頭なんて打ってねえ!オレは正常だ!!」

「正常な人はおじさんを真っ二つに割ったりしない!!」

まったくの正論を言う名前だが言い分を聞き入れてもらえない男鹿は駄々を捏ねるように部屋から逃げようとする名前の腕を掴んだ。

「正直に子供が出来たって言えばいいのに!大丈夫避けたりしないから!」

「思いっきり顔逸らしてるだろうが!」

「当たり前だ!空想話に逃げてないで自分のやったことに責任を持ちなさい!」

短気な男鹿はそれこそ手をあげることはないが話の通じない幼馴染に怒りが込み上げていた。それを察した名前は拘束から逃げようと必死で身をよじったがそれに引っ張られた男鹿がバランスを崩し倒れてくる。男鹿の体重を支えられない名前はそのまま後ろに倒れていくが、頭を打たないようにと男鹿が咄嗟に頭の下に腕をねじ込んだお陰で腰を打った程度で済んだ。


「・・・」
「・・・・・・」

鼻先が触れ合うほど近い距離で見つめ合う二人は時間が止まったように動きを止めていた。叫ぶことも退くこともせず沈黙していた二人は、体当たりするように扉を開けて入ってきた古市の登場に小さく悲鳴と驚きの声を零す。

「あ・・・いや・・その、これは」

きょとんと目を丸める古市に名前が必死で弁解しようと言葉を探していると、古市が口元を覆い俯き始めた。目尻にはきらりと光る涙が。

「「は?」」

「そうか・・・お前ら・・・やっと・・・うん・・・そっか・・・はあ・・・」

突然泣き出しブツブツ言う幼馴染に困惑を隠せない二人はドン引きしつつ体制を起こす。それを見た古市は慌てたように手でそれを制した。思わず動きを止める男鹿と名前。

「オレはもう帰るから!続けてくれ!」

「続けてくれって何をだよ」

「大丈夫だ、おばさんには二階に近づくなって言っておくから」

「何も大丈夫じゃないんだけど・・・」


にやにやとやらしい笑みを浮かべていた古市は視線を上にあげてさっと顔を青ざめた。疑問に思った男鹿と名前が後ろへ顔を向け、同じように顔を青ざめる。名前の部屋のベランダに緑髪の赤ん坊とそれを抱いたヒルダの姿があったからだ。


一人は受け入れたくない現実を目の当たりにしたから
一人は今の状況を見て女からの嫉妬と報復を恐れたから
一人はこのあと起こる面倒な出来事を想像したから


三人が顔を真っ青にしてヒルダを見ている中、緑髪の赤ん坊だけはただ一人。つぶらな瞳を大きく開いて床に座り込む二人を見つめていた。

「アダッ」