思出話ができますように

今日は、今まで生きてきた人生の中で一番素敵で素晴らしい1日だと、私は云い続けよう。
私は生涯、この命尽きるまでこの日のことを忘れることはないと思う。
誰にだってそんな日はあるでしょう?


「今日は無礼講だぁあ!」
「あんたいっつも無礼講だろ」
「うっさい馬鹿!今日は素敵な日なんだぞ!」
「あっそー」


大丈夫、酔っぱらう準備は整ってる。
まあ未成年がなんで私の家にいるのかは置いといて、彼を無視して私は1人、祝いの酒を飲もうと思う。
お酒を買って帰ってみれば、まさか彼が家にいると思ってなくてびっくりしたけど大丈夫、いつものことだ。彼は何かと私の家に上がり込んでくる。
鍵の隠し場所を毎回変えても何故か「単純すぎるよ毎回」の一言と同時に家の中で寛いでいる彼を目にする光景は、もはや慣れてしまって反論することすら最近は面倒になっていた。


「どーだった?よその結婚式」
「だからさっきから言ってんじゃん。よかったよ、素敵だった」
「へー、それは何より」


含みを感じる彼が不愉快だった。
何が言いたいの?と思わず言いそうになるけど、その質問はあまりに滑稽過ぎる。私自身、その質問の答えはちゃんとわかってるつもりだからわざわざ彼に問うのは可笑しなことなんだ。
だからこそその言葉を飲み込んで、ソファに深く腰掛けてて代わりに息を吐き捨てる。

わかってるよ、トウヤの言いたいことはさ。
私自身ちゃんと理解してるつもりだし、トウヤは嫌味のつもりでわざと吐き捨てた言葉なんだとわかってる。
心底惚れていた昔の男の結婚式に呼ばれて、まだ気持ちも冷めてないのに彼と彼の綺麗なお嫁さんを祝う私って、どーしてこうもいい奴なんだろう。誰も私を宥めてくれないから自分で宥めちゃうくらいに、私は今日1日よく頑張った。

幸せそうに笑って光の中を歩く彼を見ていたら、私自身心から幸せを願ってるはずなのに涙が出てきて仕方なかったな。近寄ってきた今日の主役2人を目の前に、ずっと笑って「おめでとう!お幸せに!」って言って、彼の幸せを願って私は彼の背中を押したんだ。「かっこいいぞ!素敵なお嫁さん貰ったんだからちゃんと幸せにしてあげてね!」ってさ。


「今日は私の大好きな人が幸せの第一歩を踏み出した特別な日だから私もすごく幸せなんだよ」
「へー」
「だから今日は一晩中飲んで無礼講!トウヤは未成年だから帰りなさい!」
「なあ」
「これからは大人の時間です!」
「俺にもいれてよ、お酒」
「は?」
「俺も祝ってあげる。あんたの、想い人の、幸せ」


嫌味ったらしく強調する言葉。そして私の隣に平然と座るもんだから、思わず言葉を探してしまった。
いくらなんでも未成年相手にお酒出すわけないでしょ馬鹿じゃないの?不法侵入は許してるけど、そこまで人間緩くなれるわけないでしょーが。


「帰って」


だいたい、今日は1人でいたいんだよ。
なんでここにいるのよ馬鹿トウヤ。もう夜だし明日も早いだろうから早く帰ってよほんとにさ。お願いだから私に心を休める場所を頂戴。


「行っても悲しくなるだけだから止めとけって言ったのに」
「悲しくなんかないって」
「俺が帰ったら1人で泣くんでしょ?ブサイクな顔してさ」


「うわ、かっら…酒って辛いな」という独り言が聞こえてトウヤを見れば、お酒の入ったコップを片手に眉をひそめている彼の姿があって思わずコップを取り上げようと手を伸ばす。
しかしその手を掴まれてしまって吃驚し、腕を引っ込めようと力をこめるがトウヤの力には敵わない。


「いい子ちゃんぶってて疲れないわけ?」
「は?べつにいい子ちゃんぶってるわけじゃないんだけど」
「なんで行ったの」
「トウヤには関係ない」
「酒に逃げて、1人でわんわん泣いてさ」
「だから私はッ…」
「ねえ」


トウヤになにがわかるの。
私はトウヤみたいにできないんだよ、私は臆病者で弱虫だから、行きたくなくても断れないし、自分を着飾ることしかできない。でもそれはけして苦に思わないし、つらいなんて微塵も感じない。
だって私思ったんだ、彼のあんな幸せそうな顔初めて見たって。私は一度も見たことがなかったあんな顔をお嫁さんには見せていたんだから、敵うわけないじゃん。
私が彼を幸せにできるわけないじゃん、彼をまだ好きでいる自分をさらけ出すなんてできるわけないじゃないか。あからさまに結婚式に行かずに彼を避けるなんて、私にはできないよそんなこと。


「あんな男より俺にしない?…なんて台詞言ってもいいかな」


熱い視線が私を貫く。未成年のくせに、いっちょまえに大人のレディーを口説こうとするなんて、ほんとませガキだな。
それともさっき含んだお酒のせいで正常じゃなくなったとか?


「トウヤ、酔った?」
「一口で酔うわけないでしょ、馬鹿じゃないの」
「私年下はちょっと…、しかも未成年だし」
「はいはい」
「ちょ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「いや嘘でしょちょっとまって顔近……」


徐々に近付いてくる顔から必死に逃げようと腰を引くけど、逆に引き寄せられて頬に彼の吐息を感じるほど近い場所まで近付いてきた強引なトウヤの行動に焦る私。
こいつ本当に酔ってないのかまじで怪しいんだけど大丈夫?と様子を伺うように見上げた先にいるトウヤがそのまま耳元に唇を寄せて囁いた。


「俺がちゃんと、あんたの恋を過去にしてあげる」
「な、に言って」
「酒の力借りる必要もないくらい幸せにして、今日のこと心から笑って思出話にできるようにしてやるって言ってんの」
「だから私年下とは、」
「ちょっと黙れって」


私の意見を聞き入れてくれない強引な彼に、いつの間にかソファーの上に押し倒されていて、私は思わずため息を吐き捨ててしまった。年下の未成年相手に何を流されてるんだろう、私。
トウヤになにを求めてるんだろう。私は大好きな彼のことを、トウヤの言葉の通りに過去にしてほしいのだろうか…、そんなの求めてるつもりないんだけどな……、
なのに艶かしい表情をし、熱を帯びた視線を注ぐ目の前の彼に手を伸ばすなんて、矛盾しまくりだよ私。

年下は興味ないはずなんだけどな、と脳裏で考えながら私は彼を受け入れていた。

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