幸福を分かち合おう

すごい幸せだなって思える瞬間が、人間誰しも必ず一度は存在すると思う。幸せの定義というものは人それぞれだけど、確かにそこにあるのは幸せの二文字なはず。
もちろん私にだって幸せに思える瞬間はある。


「お腹一杯好きな物を口にできる瞬間って、すごい幸せな気持ちにならない?」
「は?」


例えばの話、自分にとって大好きな食べ物、つまり好物でお腹が満たされた時とかすごい幸せに感じる。
そんなありきたりな、ごく普通の平凡的な幸せだって確かに存在する幸福な一時なんだ。誰かが云ってた、幸せは日常に潜んでいるものだ、と。確かにそーだなって思う。非日常を望むわけじゃないし、普通の女の子であり続けたい。幸せの感じ方は人それぞれだけど、私にとっての幸せはそんな普通のこと。
素敵な友達との出逢いに幸せを感じたり、素敵な食べ物との出会いに幸せを感じる。


「グリーンはどんな時に幸せ感じる?」
「なんだよいきなり」


いつもはこんなこと言わないくせに、いきなり変なことを突拍子もなく言い始めたらそりゃ警戒するか。結構仲良くやってる彼ですら、私の突然の言葉に対応できない様子。
いきなり幸せがなんとか、なんて言われても困るのは当たり前か。訝しげに思われても構わないから、彼の言葉が聞きたくなった。


「いいから、答えてよ」


急かす私の言葉を聞いて、まるで真意を探るように瞳が細められる。その瞳から逃げる気にもなれず、私は真っ直ぐ見据え続けた。
そしたら仕方なく折れたようにため息を吐き出して、先に視線を逸らしたのはグリーン。
やった、私の勝ち。


「今が幸せだな」
「今なの?」
「おう」
「なにそれ、変なの」


今が幸せなんて、そんなのおかしいよグリーン。ここには何もないじゃん、ここには私とあなたしかいないんだよ?幸せなんてどこにもないじゃん。
グリーンにとっての幸せってなんなの?


「お前がいれば、俺は幸せだよ」


変なの、おかしいよグリーン。
それじゃあ駄目だよグリーン、私なんかがグリーンにとっての幸せになるなんて恐れ多いし、あなたにとっての幸せの理由になるには、私は不都合過ぎる。
だってほら、見てごらんよこの真っ白な部屋をさ。ここから一歩も外へ出られないんだよ私は。なのに毎日ここへ来て、約束もしてないのにここでくだらない話してさ。私なんかといてもつまらないでしょーに。


「グリーンは不幸になりたいの?」
「俺が不幸にならないようにお前が幸せにしてくれればいい話だろ」
「だっさ、女の子にそんなこと言うなんて最低」
「その代わり、うまい物たくさん食べさせてやるから。それでおあいこ」


余裕そうに笑って、なんであなたがそんな顔できるんだよって悔しくなる。でもグリーンは、約束破ったことないもんね。
私に美味しい物たくさん食べさせてくれるのは本当なのかな?


「大きなホールケーキを一人で大きなお口開けて食べたい」
「子供みたいだなお前」
「クリームたくさんのっててサンタさんが二人くらい乗ってるの」
「欲張りだな。しかもなんでサンタなんだよ季節外れだろ」
「それから、」
「あーはいはいわかったわかった全部叶えてやるって」
「…ありがとう」


例え叶わなかったとしても、グリーンのその言葉はちゃんと私に響いたからね。ありがとうね。


「全部叶えてやるから、ちゃんと俺のこと幸せにしてくれよ」
「…約束、できるかな」
「じゃなかったら地獄の底まで追い掛けて呪ってやるからな」
「あはは、冗談に聞こえない」
「そりゃまじだからな」


まるで冗談を言うように笑ってるけど、何故か冗談に聞こえなくて困ってしまった。
そっか。つまりさ、グリーンが幸せにならなきゃ私も幸せになれないんだね。グリーンが不幸なら私も不幸になっちゃうのか、それは困ったな。
鼻の奥がツンと痛んで、喉が自棄に震えた。


「頑張って、グリーンのこと…幸せにしなきゃね」
「おう」
「私も、ホールケーキ食べるために頑張る」
「おう」



「なに泣いてんだよ馬鹿」と掠れた声が小さな部屋に木霊する。震えた指先が頬を撫でる。震えてるくせに、とても温かな指先が私の頬を流れる水滴を拭った。
わからないよ、なんかわからないけど涙が止まらないんだよ。どーしたら涙を止められるのか、わからないんだよ。


「お前は幸せにならなきゃ駄目だからな」
「うんッ」
「そんなありきたりなことで満足すんじゃねーよ。もっと幸せになれ」
「、うん」
「約束しろ、絶対に幸せになるって」


グリーンは肝心なところでいつもずるいよね。グリーンは私に幸せを求めるくせに、グリーンは私を幸せにしくれないんだからさ。そんな選択肢を与えてくれないんだもんな、やっぱりずるいよグリーン。


「いい人見つけて幸せそうにずっと笑って、子供産んで、そいつとじいちゃんばあちゃんになってもしわくちゃな笑顔でずっと笑ってろ。それくらいの幸せ語ってみろよ、誰かと共有してみろよ」


「自分だけの幸せじゃなくて、誰かとの幸せを語ってみろ」なんてひどいことをことごとく言う男に、言い返してやりたい。
それができたら苦労しないんだと怒鳴ってやりたい。なのに言葉にできず、喉が引きつる私は本当に弱虫だ。


「俺、見てみたいんだよ。お前の幸せそうな顔。ホールケーキ食って満たされてるありきたりな顔じゃなくてさ、誰よりも幸せだって心から笑って輝いてるお前が、見たいんだ」
「グリ、…ン…っ」
「だからちゃんと、俺のこと幸せにしてくれよ?」


歪む視界の先で笑う彼を見て、私は頷く。何度も、何度も頷いた。

幸せの定義なんて人それぞれだと、私は思う。自分一人だけ満たされる幸せも、それは確かな幸せだと思う。だけど、今は違う。
私にとっての幸せは好物をたくさん食べることで満たされるような、そんな幸せじゃない。私は、私じゃない他の誰かと一緒に、幸せになりたい。心からそう思った。


「私、幸せになりたい」
「なれるよ、絶対」


額に感じたぬくもりを、瞳を閉じて受け入れた。
真っ白な部屋から目を背けるように、瞳をもう一度開けばきっと、視界一杯に笑ってる馬鹿を一番に見るために。

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