君が好きだと言えたらいいのに

なんでも欲しいものが手に入ると思っている奴が嫌い。
なんでもうまくいくと思ってる思い込み野郎は大っ嫌い。そんなうまく行くわけないじゃん、だってそーでしょ?いつだって、本当に欲しいと思ったものはもう誰かの物なんだよ。


「あのさ、頼みがあるんだけど」
「はいはいなーに?」


人の気も知らないで前の席から振り返って、私の机に身を乗り出す幼馴染。顔近いからね君、私の気も知らんで止めてくれないかなそーいうことするの。


「俺放課後彼女とデートすんだけど行き先決めてなくてさ、どこかいいところ知らね?」


両手を合わせて頼んでくる姿に、私はズキズキ痛む胸を気にする素振りを見せずに作り笑いをする。


「彼女に直接どこ行きたいか聞きなよ」
「かっこよくエスコートしたいんだよ!聞いてちゃ意味ないだろ!」


「な?頼む!この通りっ」と頭を下げられ、私は他人事のように思う。
本当に欲しいものってなかなか手に入らないのはなんでだろうか…。
私は欲しいものが手に入らないのに、そこに手を伸ばしても届かなくて、むしろ他の誰かに取られちゃって。
同じものがこの世にたくさんあったとしても、私が欲しかったのはそれだったわけで。でも、手に入らなくて……、本当に馬鹿らしい。なんでグリーンなの?


「最近、駅前に可愛いケーキ屋さん開いたの知ってる?そこ、美味しいんだよね」


最近オープンして、母さんが買ってきてくれて割引券とか貰ってて……、実は持ってたりするんだ私。
グリーンを…誘うつもりだったんだ。


「私、実はそこの割引券持ってるんだ。いる?」
「え?い、いいのか?」
「…まあ、うん。いいよ」


躊躇いながらも割引券を受け取り、私を申し訳なさそうに見つめる。


「本当にいいのか?お前、使いたいんじゃ…」
「いいのいいの。グリーンにあげるつもりだったし」


私と一緒に行くグリーンに、だけどね。でもまあ…彼女いるんだし仕方ないよね。


「……」


割引券を見たまま動かなくなったグリーン。どーしたんだろう、と首を傾げる。


「…あのさ」
「ん?」
「やっぱりこれいらねぇ」
「なんで?!」
「今度の日曜日、一緒に行かね?」


その誘いに、私はびっくりした。しかも日曜日って、彼女はどーするつもりなんだ。
土曜日とか日曜日って、恋人とゆっくり過ごせる貴重な時間なのに。イマイチ、グリーンの考えがわからない。


「彼女は?」
「お前さ」


いきなり大声を上げたグリーンに、何事かと驚愕した。
いったいどーしたというんだ。


「好きな奴、いるだろ」
「……は?」


真剣な表情で、なぜかいきなり話題がぶっ飛んだグリーンの発言のせいで、素っ頓狂な声が出た。


「最近お前よくボーッとしてるし」


確かに好きな人いるけど……、


「この割引券だって二枚じゃん。誰かと行くつもりなんだろ」


…自分だって、気付いてない?
それは安堵すべきなの?


「誰だよ」


いきなり不機嫌になるグリーン。
私は更に頭を悩ませる。なに怒ってんの?


「…誰でもいいじゃん」


私も少し自棄だった。するとグリーンはさらに眉をひそめる。


「俺にやる、とか言っときながら本当はそいつと行きたいんだろ?だから二枚あるんだろ?でなきゃ都合よく二枚なんてその場で出せないだろ」
「…」
「誰と行くつもりなんだよ。言えよ」


なんで私が攻められてるの?
私が何をしたの?


「グリーンには、関係ないじゃん」
「っ…なんだよそれ!幼馴染だろ!」
「幼馴染なだけだよ」


そう…幼馴染なだけ。知ってる?いくら幼馴染でも、入り込めることには限界があるんだよ。


「それ、俺以外と使うなよ」


「それ」とは割引券のことだろう。
べつに最初からグリーン以外と使うつもりなんてない。だけどさ…私、馬鹿だからさ。
そんなこと言われたら、期待しそうになっちゃうよ。グリーンには、彼女がいるのに。


「グリーン」
「あ?」


すごい不機嫌な返事だなぁ、と苦笑いする。


「あんまり、思わせ振りな態度はよくないよ。彼女いるのに、さ…」
「……」
「だから、本当にこれはあげるよ」


もう一度割引券をグリーンに差し出す。しかしグリーンは受け取らなかった。
ねえ、どーして?やめてよグリーン。
丁度その時、チャイムが鳴る。先生が「席に戻れー」と生徒を促す。ガヤガヤする教室の中、私は何も周りの音が聞こえなかった。
ガヤガヤしてるのに、聞こえなかった。目の前の席にいる幼馴染の背中が、何故か小さく見えた。
グリーン、彼女がいるのにどーして私を誘ったの?もう、グリーンがわからないよ…、


「ん」


ボーッとしていたら、グリーンが振り返ってプリントを回してきた。私は動揺しつつ、それを受け取る。


「あのさ」
「!」


周りに聞こえないくらいの小さな声、私には聞こえる小さな声。


「俺にとっては、お前も特別だから」


そう言って前を向いたグリーン。何それ…余計に、わかんないよっ。グリーンの気持ちが、見えないよ。


「ズルいよ、馬鹿っ…」


私の気持ちも知らないくせにっ…、そう思いながら机に俯せになる私の前の席で、幼馴染が歯を鳴らしていたことを…私は知らない。

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