本当は知っていた。オレに、神なんて居ない事くらい。
一度堕ちたオレを神は赦さないし、それはずっと変わらないだろうから。
きっと、オレの祈りは届かないだろう。
それでも、マキシアの願いを叶えてやりたかった。
オレ達の愛を、神に誓いたいという願いを。
オレ自身、マキシアとの永遠の愛が欲しかった。
鉄よりも鋼よりも強固で、海よりも広く深い愛を。
だから、2人でひっそりと愛を誓った。
その辺のテーブルクロスをヴェールに見立てて、作ってやった指輪を嵌めて。
病める日も、健やかなる日も、永遠に愛し合う事を約束して、誓いのキスをした。
だけど、善性で満たされている恋人とは違い、オレに神は居ない。
だから、マキシア…オレは、アンタに誓ったんだ。
この愛は、揺るぎない事を。
オレにとってアンタは、恋人であり妻であり、唯一の神も同然だから。
幸せだ。
孤独に死んでいくと思っていたのに、こうして愛し愛されるようになるなんて。
身に余る幸福。
そのお陰で、このどうしようも無い日々を生きようと思えたんだ。
だが、こんな自分が一人の人間と愛し合う事に対して、未だ負い目を感じてしまう事もある。
愛を誓い合ったにも関わらず、この現状から抜け出せずにいる臆病な自分が、愛し愛される資格なんてあるのか?
かと言って、もうアンタを解放し、独りの人生を送る事なんて出来ない。
愛する人を、満足に幸せに出来ない。
自分は、何て情けない人間なのか。
そんな自己嫌悪で満たされる度に、アンタは目いっぱいの愛で満たしてくれる。
自分よりも遥かに背が高く、歳も上の男が縋りついて情けない姿を晒しても。ただ静かに抱き締め、オレの全てを受け入れて。
オレには、勿体無い程の愛と幸福を与えてくれるんだ。
それにも関わらず、オレは半狂乱になりながらアンタを押し倒し、散々喚き散らした後
「こんなオレが、アンタに愛される理由なんてあるのか?」
そう尋ねてしまった。
何がきっかけだったかなんて、言い放った時にはもう忘れていた。
ただ怖かった。ひたすら不安だった。
どうしようも無い程にドス黒く、醜い感情にオレの思考は支配され、雁字搦めになっていた。
まるで、化け物のように。
だがアンタは、正気を失ったオレに対して優しく、穏やかな口調で
「愛されるのに、理由なんていらないよ。貴方が貴方でいる限り、私は貴方を愛してる。貴方だって、そう思ってくれてるでしょう?」
そう言った後、いつもの様にオレを抱き寄せて、暖かい掌でゆっくりと頭を撫でてくれた。
こんなオレの醜さなど、何て事無いと言うように。
あぁ…あぁ…
愛してる…愛してるんだ…
マキシアの事を、心から…
……本当に…
「…ごめんなさい」
声を絞り出して謝ると、頬に軽く痛みが走る。
彼女はオレが自分の意に反した事をすると、軽く頬を抓ってくる。きっと、今の言葉は違うという事だろう。
「私が欲しいのは、謝罪の言葉なんかじゃないよ。貴方の、私への想いを聞かせてよ」
オレの頬を撫でながらふわりと微笑む彼女は、正に女神のようで。
畏れを抱きたくなる程に美しく、清らかな精神を持ったアンタの愛で、錆び付いた心が磨かれていくのを感じた。
「…愛してますよ、愛しい人」
歓喜と懺悔に震える声を抑えながら愛を囁いてキスをし、そのまま彼女の海に溺れたのだった。
〇
本当は、知ってたんだ。
神様なんて、居ないって事くらい。
それでも、神様に示したかったの。
私達の愛が、本物だという事。
そして、鉄よりも鋼よりも堅く、何が起きても揺るぎないものだという事を。
そうすれば、物理的距離は離れていても、心の距離は離れる事は無い。
私達は、一生離れずに済むんだから。
ねぇ、イーノック。
貴方は気付いてないかもしれないけど、私を触れる時の貴方の手、いつも一瞬だけ震えるんだよ。
それだけじゃない。私の名前を呼ぶ時の唇も声も、ほんの一瞬震えるの。
最初はそうじゃなかったけど、いつからかそうなってた。
まるで、宝物に触れる時のように。神様の名前を、呼ぶ時のように。
私ね。貴方のその不器用さが、堪らなく愛おしくて大好きなの。
とっても不器用だけど、私を沢山の愛で満たしてくれてる。
その優しくて温かく、畏れすら感じる愛で。
そんなの、私には勿体無いかも知れないけど。
貴方の愛はとても心地良くて、抗えない程溺れていたくて、涙が出るくらい幸せなの。
ねぇ、覚えてる?
私が愛される事に対して悩んでた時、貴方は
「愛される為に、理由なんていらないでしょ」
って、言ってくれたよね。
どんな事があっても、素直に愛されて良いんだって。甘えても、良いんだって。
私ね、あの言葉に救われたんだ。
不安で仕方なくて、凍えそうになっていた私の心を、貴方が暖めてくれたんだよ。
だから、私も貴方に同じ言葉をかけたいの。
不安に押し潰されそうになって、言いようも無い恐怖に震える貴方を、今度は私が包み込んで暖めてあげられるように。
貴方の事を、愛してるから。