警戒区域は街明かりがないから星が綺麗に見える。プラネタリウムのような、いつか見たなんとかという国で撮られた写真のようにはいかないけど、確かに人が行き交う向こう側より、星がよく見えた。
「あ、流れ星」
ピュゥーっと星空を横切る小さいけれど強い光があっという間に消える。
思わず声を出すと、通信先の本日の混成班を組んでいた東さんに聞こえていたみたいで、任務中だぞ、と呆れたような声が聞こえた。
「いいじゃないですか、今日はトリオン兵一体もいなくて暇なんですよ」
「だからって上ばかり見てもしかたないだろう。何かあっても気づけないぞ」
例えば、こういう風に。
後頭部にゴリ、と固い感触。東さんが私の真後ろに立っている。アイビスの銃口を私の頭に ぴったり向けて。
「レーダーだけでよくここまで来れましたね」
「明塚は毎回よくこんなところに隠れるな。見つからないわけだ」
「隠れんぼは得意なんです」
だからあの日もトリオン兵に見つからなかった。あの日は夜空なんか見る余裕はなかったが、こんなに星が見えていただろうか。このあたりから明かりが消えた最初の夜は、雨が降っていたから雲で見えなかったかもしれない。
東さんは銃口を下ろすと私の隣にドカリと腰を下ろした。大きく息を吐く。おやいいんですか、任務中ですよ。
「少しくらいいいだろ」
「なんですかそれ。…それにしても珍しいですね、トリオン兵が一体も来ない夜は初めてです」
「向こうの世界で何かがあったって話しは聞いてないな、たまたまじゃないか」
「こういう日もあるってことですかねえ」
ビョウビョウと冬の強い風が髪やバッグワームをなびかせる。トリオン体は便利だ、寒さを全くもって感じさせない。じゃなきゃ寒がりの私が真冬でしかも深夜の任務なんかできるわけがない。
寒くはないが、少し人恋しくはある。まあ恋人とこうして並んでおしゃべりするのはひさびさだからであろうが。相変わらず東春秋という人は院の論文やら秘密のトリオンの研究やら上との会議、新人の訓練その他あちこちに引っ張りだこで忙しく、本来なら私なんか構う余裕などないのにちょくちょく一緒に夕飯を食べてくれたり、少ないプライベートの時間を一緒に過ごしてくれる。優しい人なのだ。
「今日風強いですね。空気も乾いてるし新月だし、雲ひとつないから星がよく見える。流れ星もさっき流れてたしまた流れるかも」
「明塚は星に詳しかったか?」
「いや全然。見るのはまあ好きですけど。単なる雑談です」
「雑談か、なら流れ星がまた流れたら何を願うんだ?」
「願い事ですか? んー…単位は全部取れたし、流木は今もう幸せそうだし、特に今はないですね」
「本当に?」
「嘘なんか言いませんよ」
あの東さんと恋人になれて、東さんはもう私のものになって、それ以上に何を望もうというのだ。欲張ると罰が当たりそう。
「明塚はもっと欲張ってもいいんじゃないか」
「東さんともっと一緒にいたい、とか言ってほしかったですか」
「…お前が素直に言えるとは思えなかったけど」
「東さんが私のために時間を作ってくれてるってちゃんとわかってるんで。それ以上のお願いはちょっと図々しすぎて、流れ星もドン引きです」
「聞き分けがいいなあ」
でも東さんは、聞き分けがいい子がすきでしょう。口には出さない。と言うか聞き分けがいいってなんだ。子供じゃあるまいし。そんな不満が顔に出ていたのか、東さんはなんだか楽しげに頭を撫でる。この人私のことを子供扱いするのが好きなのか。どうも彼女扱いされているように思えない気がする。
「お前はさ、もっとわがままを言っていいんだ。むしろ俺は言って欲しい」
「じゃなきゃ不安になりますか」
「なりますねえ。明塚は見張ってないとすぐにどこかに行きそうだ」
頭を撫でていた手は耳を撫で頬を引っ掻き、肩と腕を辿り右手を握った。決して逃がさないと言われているような力強さで握られた手は、トリオン体でなければきっと痕になっている。
見張って、捕まえて、甘やかして、そうして東さんと一緒じゃないと駄目になってしまうのだろうか。
「どこにも行きませんよ、だって東さんがいるし」
東さんの緩んだ左手の拘束からするりと逃げた私の右手は、逆に東さんの右手を捕まえ指と指を深く絡めてにぎる。私の小さいてのひらと短い指では逃がさないように握りこむことはできないけれど、どこにも行くつもりはないと訴えることはできる。
「……明塚それはわざとか?」
「ハハッ、なんのことですかね。………私、東さんのこと手放す気は無いんで、だからまあ、東さんのところ以外行く気も無いし、……そう言うことなんで安心してくださいよ」
彼は大きな溜息を吐き、左手で顔を覆い隠しうつむいてしまう。視覚支援があっても顔を隠されてしまえば、おもしろいことになっているであろう東さんの顔色をうかがうことはできない。
「あっ、また流れた」
きっと私の赤く染まった顔も、流れ星だけが知っているのだろう。
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