「なんであなたは平気そうなんですか」

ボーダー本部の誰もいない廊下。若い男女が二人。何も起きないはずもなく。

「なんのことかな。あ、五月病?犬飼くん今年受験だからってそんな」
「誤魔化そうとしないでください」

鳩原未来が近界に密航してからひと月が経った。鳩原は隊務規定違反で首になったと上から言われたし、友人関係であった私にも鳩原の件について聴取が行われたが、何も知らなかった私が大した事を言えるはずもなく、お話し会は部屋に入って5分で解散となった。

「明塚さんは気付いてるんでしょ」
「なにに」
「鳩原のこと」

それからも彼女の師匠であった東さんからもさりげなく聞かれたり、彼女の直接の上司の二宮さんに詰め寄られたり、そのせいで気付きたくないことに気付いて一時発狂状態になったりもしたが、なんのこともない。ボーダー上層部含め皆何もできることがないから苛立って焦っているだけなのだ。
無論、私も。そして目の前の彼も。

「犬飼くん」
「なんですか」
「私、ちゃんとなんでもないように見えるんだね」
「……嫌味なくらい完璧ですよ。まるで鳩原未来の存在なんて最初から知らなかったみたいに見えます」

ならよかった。笑う。口角と頬を上げて目を細めるだけ。
私は鳩原未来と友達だった。親友だと思っていた。歳が近く同じ狙撃手の、ボーダーのお友達。
賑わうラウンジで一緒に勉強した、隣同士のブースに入って隣同士の的を狙った、帰りに一緒にショッピングしたり、ファミレスだって行った。わざわざ休日を合わせて取って遊びに行ったりだってした。友達だった。
なのに何も知らなかった。何も言ってくれなかった。
どうして取り乱せずにいられるか。

「鳩原未来と、私は、友達でしかなかったから」

もしも、ただの友達だなんかじゃなくて、例えばそうライバルとかだったらなにかが変わっていたのだろうか。

「なんで何も言ってくれなかったんだろうね」
「それは俺達もだよ」

犬飼くんの濡れた目がちらりと光る。 明るい南方の海色の瞳の奥に、頭から目からスーツまで真っ黒の、鴉のような鳩が下手くそな笑顔を浮かべているのだ。




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