苦くて体に悪い煙を吸っては吐いてを繰り返す。
ここはボーダー本部の外にある喫煙所で、電灯 もないし風よけもない、あるのは小さな自動販 売機のみという、昼間ならともかく今の深夜帯 と呼ばれる時間あまり人が来ない場所であっ た。 あまり人が来ないから未成年が堂々とタバコの煙で遊べるのだが。
ひと月に一、二度深夜にこうしてタバコを吸い に来るのは、東春秋からほのかに煙の臭いを嗅 ぎとってから始まった。
最初は諏訪隊の隊室で行われている麻雀大会で ついた臭いだと思っていたが、たまたま通りか かった喫煙室で煙を燻らせている姿を目撃して しまったのだ。
その時ばっちりタバコの銘柄まで見てしまった 私は、健気にも同じ銘柄のタバコをふかしてい るというわけである。
3月も終わりの頃、桜の奮が大きく膨らみまもな く花を咲かせようとする時期の、すこし風が強 くて冷えたある夜のこと、私はあの人と同じ臭 いの煙を纏った。
東春秋はとても驚いている。品行方正とは言え ないが、「わるいこと」とは無縁そうな1人の後 輩の拳の中から握りつぶされたタバコのパッケ ージが出てきたからである。
彼女はもうすぐ大学生の入学式を控えている歳 で、つまりは煙草を吸うにはあと1年と数ヶ月待 たなくてはならないはずであった。
たった今握りこぶしの中でわるいひみつを握り しめた彼女は、おれの姿を認めるとあからさま に「ゲェ」と苦虫を噛み潰したような顔を見せ た。どうやら自分がやっていることがきちんと 分かっているらしい。
現場はボーダーでも人が来ない屋外の喫煙所 で、そこには品物がほぼ死んでる自動販売機と あまり手入れがされていないタバコの吸い殻入 れのみが置かれている。
夕闇が迫る赤く染まった空間には消されたばか りであろう濃い紫煙が漂っている。その臭いは 嗅ぎなれたいつも自分が吸っているものの臭い に似ていた。
「明塚、」
「あああ東さんもうやらないので見逃してくだ さい」
「明塚」
「ほんと、ほんとにちょっとした出来心なんで す。誰に言われたとかじゃなくて、」
「明塚史緒、手の中のゴミを見せなさい。怒っ てないから」
不承不承と明塚の右手の握りこぶしから出てき たのは丸められたタバコのパッケージ。当人は 気まずいのか顔を逸らし目を伏せている。
小さな手のひらにちょこんと乗っているゴミを 受け取りそのままポケットに入れた。
「お前もあと1年ちょっとすれば吸えるようにな るんだから、少しくらい我慢しなさい。もう大 学生で隊員達の中でも年長になるんだし、他の 隊員のことも考えなさい」
「はい…すいませんでした」
わかればよろしい、と頭に手をぽんと乗せ「20 歳になるまではもうやるなよ、タバコも酒も だ。明塚がそういうことをするのは心臓に悪 い」と言いながらまるい頭を撫でれば小さくまたはいと応えが聞こえた。
「ああそうだ、これ。やるよ」
頭から手を離し120mlのペットボトルを差し出す と明塚はおずおずと受け取り戸惑った様子でこ ちらを伺う。
「ありがとうございます。このお茶は.」
「中に戻るならそれ飲んで、少し落ち着いてか らにしなさい」
「分かりました」
じゃ、狙撃訓練場でな。
たまには誰もいない場所で吸いたかったが、その気も失せてしまった。また別の喫煙所に行こ うと踵を返す。
ポケットの中に押し込められたタバコの丸めら れたパッケージがカサリと音を立てる。
あいつ、俺と同じタバコ吸ってるんだな。
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