さくらはすべてをしってるの

「主君!しゅくーん!!今日のお夕食はオムライスですよ!僕が!この前田が!誉をいただきましたので!!」
騒がしい元気いっぱいの声が審神者の執務室前の廊下に響く。
審神者は、ああ、もうそんな時間か。と閉ざされた障子を開け遠くに見える山に沈みゆく夕日に目を細めた。
ざわざわと本丸の中央棟から夕食の準備を進める気配が濃くなる。焦げる直前の玉ねぎの甘い匂いと火にかけられ強く香るトマトケチャップの匂いが混ざって、食欲を刺激した。
「ばばちゃん、お疲れ様。ご飯だしもう下がっていいよ」
「了解した。あんたも早く来い、前田が褒めてほしがってる」
「うん」

この審神者は、刀を一本折っている。

執務室を出て廊下を歩く。穏やかな春の日だ。あの日もこんな穏やかで、あたたかく、なんでもないような春の日だった。
執務室から見える桜の花がはらはらと舞い、掃除当番が『綺麗だけど掃除がめんどくさい!』と文句を言っていた気がする。審神者は笑って、花見でもしようかと、厨房の連中と話していた。当時はまだ、刀剣の数も今の半数もいなかったし審神者も厨房に入って飯を作っていたから、仕出し弁当などを頼むことすら頭になかっただろう。。
お花見、お花見と下手なスキップをして歌仙に注意されている審神者の桜に負けない満開の笑顔が、数分もしないうちに凍りついた。
派手なブザーを鳴らしゲートから駆け込んできた部隊。全員中傷ないしは重傷だった。審神者は緩んでた顔を引きしめ手入れの準備の指示を出す。まずは一番傷が酷い者から、と部隊員皆を見渡して気付く。一人、足りなくない?―−くんは?殿を務めた部隊長の懐に大事に大事に入っていたのは、折れた短刀だった。
審神者のあの獣のような悲鳴をはじめて聞いた。
懐刀と呼んでいい刀だった。審神者にとって、はじめて鍛刀場に足を踏み入れはじめて資材を組んでうった短刀。
よく覚えている。今の二本目の彼とは全く違う彼だった。
もっと落ち着いていて、もっと思慮深く慎重で、感情の起伏が少なく冬の朝のような気配を纏った刀。
折れた刀身を審神者がどうしたかは知らない。初期刀の歌仙や腹心の大和守なら知っているだろうが、俺なんかが知る必要など無いだろうしあの主が彼を悪いようにはしないだろうと確信があった。

風が強く吹く。
あの日より赤みが増したような気がする桜。きっと夕日に照らされているせいだ。
りりん。
澄んだ冬の朝のような鈴の音が、どこからか聞こえた気がした。