天ぷら




 握りしめた包丁の先から、血が滴っている。

 薄暗い部屋の中、背の高いその男は、ゆっくりとこちらを向き、低い声で言った。

 「小麦粉が無かったんだ。ぼくは天ぷらが食べたくて‥‥でもこいつはお好み焼きが食べたくて‥‥どっちにしろ、小麦粉は必要だったんだ」

 傷んだフローリングの床に、ぴちょん、と血が滴る。

 血だまりをつくる。

 「別に、天ぷらかお好み焼きかで争ったわけじゃないんだ。天ぷら粉を使えばいいとか、そんな野暮なことでもないんだ」

 血にまみれた自らの手をきつく握る。

 血でぬめり、包丁が高い音をたてて床に落ちる。

 「こんな、ことで――ただ、小麦粉が無かっただけなんだよ」

 男は涙を流していた。

 男の足元――血だまりの傍らには、血まみれの身体が横たわっていた。

 
 了





- 1 -


意図的パンダ