──不老不死に興味があるの?
昼間、宰相様に言われた一言。まさにこの部屋こそ、この会社が隠している実験室、不老不死の秘薬だ。
表では通常の医薬品(病院やドラッグストアで見かけるようなもの)を研究販売しているが、私含めたごく一部の人間はここの秘密を知っている。
きっちりと鍵をかけ、パソコンに向かう。長いパスワードを入力し、今日の分の資料を書き上げる。
1時間した後、外から鍵の開く音が聞こえた。誰か入ってきた。
チームの誰かだろうか。そんなふうに疲れた脳でぼんやり考えていると、現れたのは全く知らない人物だった。
いや、知っている。格好は違えど確かにその人だった。
「……宰相さん」
「これはどうも」
昼間のきっちりとしたスーツとは一変。重そうな黒いコートにボルサリーノを被って、ラフとは言えないがフォーマルではない格好で現れる。
「なんで……」
「なんでって、俺がここの会社を買ったからね」
「え? 」
「政府にバレたらいけない実験をしている会社があると聞いてね。興味が湧いて会社ごとうちの傘下に入れさせてもらったよ。だからここのセキュリティも登録済み 」
「……口外だけはしないでください」
もちろんと彼は笑う。宰相様は近くにあったキャリーチェアにどかりと座るとこちらに近づく。
「あと俺の事、宰相って呼ぶのやめてくれないかな。アーデンでいいよ」
「いえ、そんなお偉い様のことを軽々しく呼ぶことは出来ないですし、一応役職で呼ぶことになっているので」
「今は君と2人きり。だから名前で呼んでよ」
この男はしつこい。仕事中だと言うのに遠慮なしに話しかけてくる。ここは素直に従った方がいい。アーデンさんと呼ぶことにした。
「君も君の意思でこの研究に参加しているのかな」
「色々あったので」
へえと、アーデンは頷く。
「例えば、どんな? 」
「言わないといけないですか」
「君に興味がある」
アーデンはじっと見つめてくる。あまりにも熱い視線だったのでふいっとそっぽを向く。そして誤魔化すように薬品棚をいじる。
「不老不死に興味はない、と言えば嘘になります。でも私がここに勤めたいと思い、薬学部を卒業したきっかけは母でした。」
ふと思い返す7年前のこと。幼い頃に父を亡くし、母と2人で暮らしていたあの頃。母が倒れ、病院に運ばれた時に癌が進んでいた。医師から告げられた時はすごくショックで何も考えられなかった。それから母とは毎日会っていたが、日々衰弱していく姿に目を瞑りたかった。それから苦しんで苦しんで、最期は看取れなかったが、死に顔はどこか苦しそうに見えてしまった。
病がなければいい。死はいつか訪れる。それは分かっている。病気を治す薬を、モルヒネに浸かるように死んでいく患者を減らすために。
「私たちが裏で行っている研究は確かに生命に反する、禁忌行為だと分かっています。生物は老いて死ぬ生き物。それでもかつての偉人……始皇帝も水銀を飲めば不老不死になると思っていたのでしょう。私は病気を治す何かのきっかけを掴むためにこの研究に参加しています。」
アーデンさんは静かに話を聞いていた。茶々を入れるわけでもなく、笑うわけでもなく、ただ静かに頷いて。
「……アーデンさん? 」
「いや、尚更君にお願いしたいことがあってね」
アーデンさんは椅子から立ち上がり、こちらに近づく。そして椅子に座る私の前に跪くと手を取り、自分の頬に当てた。体はとても冷たい。まるで死んでいるかのように。経験したことのある冷たさに喉がひゅっと鳴り、後ずさりしそうになるが、手を取られた以上動けなかった。
「治して欲しい病気があるんだけど、君にしか出来ない」
「な、何でしょうか……」
聞き返すと、アーデンさんは机にあったカッターを自分の手首に当てた。
「まっ」
制止の声をかけるも、勢いよく引くと、赤い血が流れた。
「……え? 」
私は赤い血が流れたと思っていた。だが目の前に、傷口から流れ出てくるのは黒いドロリとしたローションの様な液体だった。困惑し、状況を把握出来ていない私にアーデンさんは口角を上げる。「驚いた? 」と彼は笑うと、いつの間にか黒い液体は霧のように気化して綺麗に消えてしまった。
訳の分からない状況に、傷1つない手首と彼の顔を見比べる。
「俺、不老不死ってやつ、なんだよねぇ」
にわかに信じ難い事だが、とても嘘をついているように思えなかった。目の前で起きたことを信じろと言われれば無理がある。まさに空いた口が塞がらない状態の私を彼は笑った。
「君は俺を殺す薬を作る。それが君の役目だ」
「……話聞いてました? 」
「もちろん、聞いた上で言っているよ。俺を救う意味で殺して欲しいんだ」
冷たい左手がさっきよりも強く握ってくる。本当にそういう体質らしい。
「何しても死なないんですか」
「蜂の巣にされても頭を撃ち抜かれても心臓を突かれても死ねなかったよ」
「それは大層大変なことで……」
「死ぬなら美人の腕の中で死にたいしね」
「冗談はやめてください」
「本当だよ。だから約束、ね」
私の右手の小指に左手を絡ませて指切りをされた。外国でも指切りなんてあるんだなぁと上の空だった。