あの日からこっそりとアーデンと会うことが増えた。秘密の邂逅はもうすぐ3週間が経ちそうである。
トリカブト、フグ毒で有名なテトロドトキシン、蛇毒など生物界の代表的な毒をアーデンに注射し試して見た。しかし、一時的に彼は苦しむが生命に関する影響はなかった。
「……人間じゃない」
「ずっと言ってるでしょ、俺は化け物だって」
私の目的は彼を殺すこと、ついでに試薬の治験体になってもらうこと。彼は長く生きすぎたと語る。確かに見た目は30代くらいだろうか。随分と若く見える。そんな人が宰相になるなんてビックリだと改めて思う。
「そういえばなんで不老不死になったんですか」
ふと聞いていなかった疑問を投げかける。彼はさすがに毒に犯され続けたせいか疲れ果てていた。1週間種類の違う毒を投与され続ければさすがの彼も疲れるだろう。こちらにゆっくり視線を動かすと口を開いた。
「そうだね……。君にはまだ話していなかったね」
ため息混じりに彼は呟いた。今日はここまでにしよう。そう思っていたが、アーデンに手を取られる。
「……今日はそばに居てくれないか」
いつもの意気揚々とした彼とは違う。弱りきった声で引き寄せ優しく抱きしめてくる。私は不可抗力だったが、拒否する事が出来なかった。
「……聞きたいです。あなたの話が」
「いいけど、信じてよね」
信じて貰えないほどすごい話なのか。と思うと彼はゆっくりと話し出した。

──昔々、遠いとある王国に2人の皇子が産まれました。
兄は病を救う特別な力を持っており、神から授かったその力で、病に犯された民を救っていました。兄である男には婚約者がいました。王になれば、誰もが幸せな生活を送れる。そう思っていた矢先、その男は病に襲われたのです。それが後の不老不死の病。病の原因である寄生虫を取り込みすぎた男はいつの日か化け物になってしまいました。国王になるはずだった男はいつか国から見放され、唯一の婚約者でさえも失います。そう、全ては男の弟の企んだ策でした。弟は兄を追い出し、自分は英雄と呼ばれ、大きな国を作り上げたのです。長い年月牢獄に閉じ込められた男も負けていられなかった。時を経て、男は弟と国に復讐を成し遂げたのです。
ですが、それは許されることなど無く。男は永遠の命を断つために、旅に出たのでした──。

「アーデン・ルシス・チェラム……」
ふと呟いた。その話は昔本で読んだことがある。アーデンはビックリした。
「なぜ、その名前を……」
ふと顔をあげれば金色の瞳と目が合う。驚いた表情で見つめてくる。
「昔その話を読んだことがあります。アーデン……貴方と同じ名前の」
「うん、その話、俺のことだよ」
目の前の男、アーデンは悲しそうに笑った。彼の話が本当であるならば、彼が何をしたという。険しい顔をしていたのだろう、私の眉間にシワが寄っている、と指でシワを伸ばすようにいじる。
「これはね、運命だって、神様に言われたんだよ」
「運命……? 」
「俺がこうなる運命。人は決められた道を進むだけだってさ」
「なら、いつか終わりは来るんじゃないですか、わざわざこんな事をしなくても」
アーデンは少し口を紡ぐが、すぐに開く。
「1人でくたばるのは、寂しいからさ。誰かにいて欲しいんだよ」
「それが私でいいんですか」
彼は静かに頷いた。
「よろしくね、ナマエちゃん」



その後、彼の家へと招かれた。ちょっとお高いマンションの一室。緊張しながら入るとそこは空間が広々している割には質素な部屋だった。本当に必要最低限度の家具しかない。テレビもない、ただ3段ボックスぐらいの棚に本があるくらいだった。寝て起きて仕事へ、くらいのレベルで何だか落ち着かなかった。
「……あなた本当に宰相ですか? 」
「俺は元々物欲がないからね。俗に言う、ミニマリストってやつ。まあソファーに座ってくつろいでよ」
「くつろげるわけないじゃないですか……」
とは言うものの、そのまま立っている訳にもいかず、素直に座る。気にはなっていた本棚に目をやる。そこには普通の小説がズラっと並んでいた。中にはが興味を持つような本も並んでいた。
「なに?それあげようか? 」
その本に手を伸ばした時、アーデンが声をかける。ナマエはアーデンの方を向くと、コーヒーを入れてくれていた。
「これ、古代のルシスの本ですよね? 」
「うん、俺それ要らないからさ。君にあげる」
要らないというのなら素直に貰っていいだろう。返してと言われても返さないからと一言添えるとアーデンは笑った。
「思い出はさ、軽い方がいいから」
ふっと笑う彼にナマエは疑問に思う。それなら何故自分を招いたと。アーデンはナマエに優しく微笑む。その真意は読めない。
「あの」
「ん? なに?」
「やっぱり帰っていいですか」
ナマエはすっと手を挙げ、提案する。するとアーデンはぽかーんと口を開けた。「なんで? 」といつもの彼の余裕な表情は崩れる。理由をゆっくりと口を開いて告げた。
「……お風呂、入ってきたいです」
「うちの使えばいいじゃん。ん?そういう意識してくれてる? 」
「違います!普通に気にしてるだけです!薬品の匂いとか……」
アーデンはニコニコと笑っていた。そしてこちらに近付くと顎を優しく掴んでくいっと彼の方に向かせる。
「このまま帰したら、もったいない気がするんだよねぇ……」
「ひぇ……」
「なーんてね。何もしないよ、でもお風呂は普通に使っていいから。それとも俺と一緒に……」
「なら遠慮なく使わせていただきます! 」

普通に顔がいい。それだけでドキドキする。初対面の時はなんとも思っていなかったのに、段々と彼の良さに気づいてしまった。
悔しいけどめちゃくちゃいい顔してる。
顔を真っ赤にしてナマエはお風呂場に向かった。



一人残されたアーデンはくすくすと笑う。コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。少し冷めたコーヒーを啜る。
「情が沸いちゃったかな……お互いに」
本来は殺す側と殺される側だった。アーデンはいつの間にか死を望まなくなっていた。真面目な性格の[FN:ナミ]に惚れている事も自覚していた。
この研究所に初めて入った時、たまたま目が合った女が彼女だった。今まで取り囲んできた女にはない冷たい視線。それが逆に珍しくて興味を持った。男は追われるより追う方が燃える。「死ぬこと」を目的だと理由にして近付いた。彼女は自分の過去を少しだけだが知っていた。
一緒に過ごす時間が増える度、ナマエの一面を知り、それに惹かれて本当は自分のものにしたいという気持ちが溢れていた。
「人魚伝説……か」
人魚の肉を食べると不老不死になるという話をアーデンも聞いたことがあった。現に自分が不老不死になった以上、これ以上望むことではないが。
──俺の肉を食べればナマエも不老不死に……
アーデンは首を振り、考えを改める。不老不死の辛さは自分が1番知っている。彼女が望んでもしてやらない。絶対に──……。

リビングの扉が開き、ナマエが出てくる。濡れた髪にほんのり香るシャンプーの匂い。風呂上がりの火照った頬。全てが男の本能をくすぐる要素でしかなく、いつもとは違う一面にアーデンは一瞬戸惑ったが、そこは紳士らしくグッとこらえ髪を乾かすからと手招きする。目の前に座ったナマエの髪を乾かしていく。自分と同じシャンプーを使っているはずなのに、すごくいい匂いがする。アーデンは真顔で素数を数え始めた。

「──デン、アーデン」
彼女に呼ばれてふと我にかえる。普段かけているメガネを外した素顔はとても可愛らしく下から見上げてくる仕草にアーデンは胸が締め付けられた。
「な、何かな」
「……どうかしました? 」
「いや、別に……ただ、抱きしめたいなぁって」
アーデンはそっぽを向いた。いつもの余裕なんてない。どういう顔で彼女を見ればいいんだろうかと考えていると、柔らかい感覚が体が感じ取る。見下ろせばナマエが抱きついていた。
「寂しいんですか? 」
今度は彼女からのハグだった。アーデンは嬉しさの中にどこか寂しさを覚えた。何も答えることなく、ナマエを強く抱きしめた。

──このまま時間が止まればいいのに。

「……アーデン」
「ん? 」
「本当は、私も寂しかったんです」

そうだろうね。君はいつも貼り付けた仮面でいたよ。
でも、最近よく表情が豊かになった気がする。

「……最初は怖かったんです。お偉いさんだって聞いたから、失礼のないようにするのが精一杯で」
「うん、その真面目なところ嫌いじゃないよ」
「傷が治るところを見せられた時も怖かったです」
「あの時はごめんよ。君に信じてもらいたかったからつい……」
「でもアーデンといた数日がなんだか嬉しいというか楽しいというか……おかしいですよね、人を殺そうとしているのに」
「俺が君に死なせることを依頼したから、いいんだよ」
「でも、こんなに人と話したの久々で、アーデンは温もりが無いけど、それでも心が満たされる気がするんです」
「半分死んでるからね、俺」

頷きながらナマエの話を聞く。話し声は段々と震え声になっていった。

「……ちょっとだけ好きなんだろうなって」
「ちょっと? 」
「私、彼氏を事故で亡くしてて、それから人を好きになるのが怖いんです。だから……」
「……そうか」

大切な人を失う痛みはアーデンもよく知っていた。だからこそ胸が痛い。ナマエの気持ちもよく分かる。震える彼女の声を泣きそうなのだと察したアーデンは優しく背中をさすった。

「少しでも好きって思われてて嬉しいよ」
「はい……」

俺も好き──とは言わなかった。言ってしまえば旅の終点にたどり着かない気がしたから。風呂に入ってくると誤魔化し、部屋を後にした。
一度冷静になろう。そう思い熱いシャワーを浴びた。


アーデンも風呂から上がり、2人はベッドで抱きしめ合うように眠った。いつか来る別れの日を恐れながらも、それでも確かな温もりを感じて──……。
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