モルヒネの水槽 04

※モブがでてきます。

「波戸場さん、ちょっといいかな」
とある日、同僚の桐島に声をかけられた。別の部署のはずだが、声をかけてくるなんて珍しい。
「実は、僕も新チームに入ることになったんだ、よろしくね」
彼はニコッと爽やかスマイルを浮かべる。それだけなのか、と興味がない。香織曰くイケメンらしいが私はどうもイケメンが苦手らしい。アーデンに関しては、なんというか……守りたくなる儚さがあり、母性というものがくすぐられるというか……。とりあえず彼以外に興味がないというのが最近の本音だ。
適当にあしらっていると案の定、香織がひょっこり顔を出す。
「あ、桐島くん!こんにちは」
香織が代わりに彼の相手になってくれる。私は仕事に打ち込みたい。それから、アーデンの目的を果たすために……。

香織と話している桐島の目には目の前の彼女が写っていなかった。時折周囲を見渡す仕草を見せるが香織はさほど気にしていない。桐島の視線の先には──……



研究室に戻ると、珍しくアーデンが他の職員と話していた。さらに珍しいのは彼が防護服を身にまとっていたこと。いつもスーツか、私服のどちらかだったからだ。
「イズニア理事長」
宰相でありながらここの研究所を買い取ったので一応ここでの呼び名は理事長になっている。
「ん?なんだい? 」
アーデンはこちらに気づくと優しい目で見つめてくる。
「……おはようございます」
「ん、おはよう」
何か喋らないとと思ったが何も思いつかず、[FN:ナミ]は挨拶だけで済ませてしまった。恥ずかしい思いと共にナマエはその場からそそくさと逃げた。

「もう!ナマエ!なんで先行っちゃうの! 」
プンプンと可愛く怒りながらやってくる香織。息を切らして私の側までやってくる。
「いや、だって香織話してたから……」
「だからって置いていかなくてもいいじゃん……」
そういえば、香織は元々こんな子だったかな。もっとしっかりしていた気がする。こう、私に着いてきなさいっていうタイプ。
「ナマエは桐島くんと話したくないの? 」
「んー……あんまり得意なタイプではないかな」
「そっか、……あ。最近理事長と仲良いね。なんかあったの? 」
「え」
急にアーデンとの関係について聞かれた。付き合っている訳では無いけど、お互い相思相愛に近い感じではあるし……でもアーデンを殺すためなんて口が裂けても言えない。
「まあ……色々お世話になっているから」
「へー。最初は興味無いね、みたいに言っていたのに」
香織は私の真似をして茶化してくる。私たちは新薬の研修のため、ホールに向かった。その途中、ホルマリン漬けにされた標本たちが並ぶ小さな博物館の様な前を通る。
「ホルマリン……」
「ナマエ? 」
「いや、ううん、なんでもない」
ホルマリンは毒性もあり、殺菌作用にも働く。彼にも効くのではないのか?と考えたのだ。そんなことを考えつつ、研修に入った。



アーデンを待ち、いつもの地下室で待機する。すると、鍵が開く。だが約束の時間よりもかなり早い。誰だろうと扉を見ていると、入ってきたのは──……
「あ、いたいた」
「……桐島」
「他に誰か来るの? 」
「……理事長が」
「ふーん、そうか。でもまだ約束の時間じゃないよね? 」
何故それを知っている。無意識に眉が動いてしまった。それを確信したのか、桐島はニヤリと笑う。
「そうだよね? 理事長と最近仲良くしてるからさ、なんだか妬けちゃって……」
「……だからなに」
桐島はジリジリと近寄ってくる。私はキッと睨みつける。前からこいつの事がどうにも苦手だった。こいつは裏の顔がある気がしていたからだ。
「あと、どうしても君に見せたいものがあるんだよね」
桐島は私の手を力強く握り、無理やり連れていく。
「ちょっ……! 」
「気に入って貰えるといいなぁ」
桐島は歪んだ笑顔を見せつけて別の鍵の部屋へと連れていく。
ナマエは無理やり部屋の中へと押し込まれ転んでしまう。
「っ……! 」
「目の前を見てご覧」
桐島に言われ目線を上げると、そこにはかつて流行ったシガイという化け物たちだった。
「ひっ……! 」
「これが不老不死に近付く第1歩だ……君もそれを望んでいるんだろう? 」
「違う! 私は……こんなものは望んでいない! 」
ゾンビのように近づいてくるかつて人間だったもの──……。
苦しそうに呻くシガイたちは黒い血を流しながらこちらに近づいてくる。震える声で私は彼に助けを求めた。
「助けて……アーデン……」
シガイたちが私に襲いかかってくる。もうダメだと思ったその時。
悲鳴が聞こえた。それと同時に冷たくも暖かな感触に包まれる。「あ……」
「みんな死にたい? 」
アーデンは桐島とシガイたちを睨みつけながら赤い剣を右手に握りしめていた。
「アーデン……っ! 」
「ごめんね、遅れて。でもヒーローは遅れてやってくるものだからさ」
アーデンはこちらにいつものように笑いかける。だが、彼の異変はすぐに分かった。それは、目の前の化け物──シガイと同じく黒い涙を流していた。
そうか……あの時見せてきたのは──……。
「アーデン宰相……あんた」
「そういうこと。全ての元凶は俺だったんだよねぇ」
飄々とした表情で話しているが、その声は怒りが含まれていた。
「だけどさぁ、それ……もう二度と世に放っちゃいけないやつなんだよね」
襲いかかってくるシガイたちを赤い剣で切り払っていく。黒い霧になって散っていくシガイたち。ここは地獄絵図かとすら思った。唖然としている中、アーデンはシガイたちを全て斬り殺してしまった。そして桐島を追い詰める。
「……何か言い遺すことは無い? 」
「波戸場さんのことが──……」

ザクッ

喉を一突きで仕留め、勢いよく剣を引き抜いた。桐島から真っ赤な血が吹き出す。ぐったりと力をなくし命が無くなったことを察すると返り血を浴びたアーデンはじっとそのまま桐島の死体を見つめていた。
「……アーデン……」
彼の名を呼ぶ。するとアーデンはゆっくりとこちらを見つめた。
「ナマエ」
彼は私の名前を呼び返す。「なに」と返答すると、彼は悲しそうな顔で「きらいになった? 」と弱々しい声で問う。立ち上がろうにも腰が抜けて立てなかった。本当は彼に抱きつきたかったが嫌いではないと意思表示したくて一生懸命首を振る。「そっか」と彼は小さく呟いた。そしてこちらに近づく。しゃがみ込んだ彼は、いつの間にかいつものアーデンに戻っていた。
「ごめんね、怖い思いさせて」
「……ううん、大丈夫、だから」
アーデンは私を姫抱きすると瞬間移動のように研究所から抜け、アーデンの家へと向かった。
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