ナースステーションから点滴スタンドを片手に1人の女性が出てくる。彼女はここに勤める看護師、雪下美姫だ。
生真面目な性格で患者の変化に敏感に察知し、信頼されている優秀な看護師であった。自他共に厳しく同僚から嫌われているのも事実だが、本人は本人なりの正義感が強く、それを貫く為に他人の意見は気にしないタイプだった。
向かった先はとある患者の少女の病室であった。
「園田さん、点滴換えますね」
雪下は患者に声をかけるが少女は無反応だった。
患者である少女、園田糸織は植物状態という訳ではなく、過眠症であると医師から診断されていた。
彼女は幼少期から眠る事が多く、食事も排泄も、自分で出来ず、何かしらの手が必要な状態であった。
雪下が糸織の担当になってから1年の月日が経った。雪下は常に糸織に声をかけていた。
「おはよう、園田さん。朝がきましたよ」「今日も検査の時間があるのでまた来ますね」「私は家に帰ります。……今度は目を覚まして直接話しがしたいな」
雪下は病室に訪れる度に欠かさず天気、世間の話だけでなく、自分の話も彼女に一方的にではあるが話しかけていた。まるで彼女が起きているかのように。


雪下が夜勤中、夜中の2時頃のこと。ナースステーションに籠って記録を取っていると、ナースコールが聞こえる。雪下も夜勤の相方である同僚もほぼ同時にナースコールの親機を見ると、鳴るはずのない園田糸織の部屋からのコールだった。
「えっ、なんで園田さんの部屋から? 」
同僚は狼狽える。だが雪下はすぐに立ち上がり、糸織の部屋へ向かった。
「ちょ、雪下さん!? 」
同僚の呼ぶ声など雪下は関係なかった。雪下はどこか期待していたのだ。糸織が目を覚ましたことを──……。
雪下は糸織の部屋の扉を開く。しかし糸織は変わらず眠っていた。少し残念に思いながら彼女に近づいた。そして雪下は気付いた。ナースコールは糸織の押せない位置にあることを。では誰が押したのか。単なる誤作動か。期待は冷めていき、それと同時に疑問と恐怖が膨れ上がっていく。
ふと背後から視線を感じ、振り向く。そこには小さな少女が立っていた。その少女は糸織にそっくりで黒い人形を抱いていた。
「あな、たは……」
目を伏せていた少女はゆっくりと目を開く。金色の瞳で雪下を見つめる。
「スノウ……」
「え? 」
雪下は少女が「スノウ」と呟いたのを聞き逃さなかった。すると、黒い触手の様な物が雪下の手足、体に絡みつき、目の前が真っ暗になったのが、雪下が最後に見たものだった。


「…んっ、んんっ……」
スノウホワイトは目を覚ます。頭が痛い。最初に感じたのはそれだった。次にふわふわする手の感触。そして暖かいもの。
長い眠りに落ちていたようだ。だが、決して悪い夢ではなかった。ふと目をやると、隣に小さな女の子がすやすやと眠っている。小さな女の子の事を知っている。彼女の名は、
「いばら姫」
そう呼ぶと、一瞬だけピクっと反応した。だがそう簡単に目は覚まさない。まるで夢の中の少女と同じように。
「私は行かなければならない」
己の手を握る小さな手を優しく解いた。しかしいばら姫を守る茨は簡単にスノウを出そうとはしない。なぜならいばら姫を守るため、彼女の意思で動いているのだから。
「……いばら姫、私はやらなければならないことがある」
いばら姫に話しかけるが、聞く耳を持つことなく夢の中に閉じこもっている。スノウはふっとため息をつくといばら姫の頭を優しく撫でた。
(私はあなたを殺したくはない。眠れる幸せが、それだけで幸せなら、それを壊す理由など無いだろう)

あぁ、この世はなんて残酷なものだろう
作者を甦らせるためには、コロシアイが必要だなんて──……

ふとスノウは気付いた。
茨で編まれ囲まれた隙間から見えたものに。
立ち上がり、それに向かう。茨は硬く、とてもじゃないが出られそうにない。隙間から見えたそれは……

「いばら姫……? 」

いばら姫にそっくりだが、服装が異なる。幻想でも見ているのだろうか。少しくらい短いワンピースを身にまとった少女は目を瞑ったままふわふわと浮いていた。

「──おねえ…さん」
「え? 」
目の前の少女は口を小さく開き、微かな声で何か呟いた。
すると──……

目の前が白く眩しく光り、スノウは気を失った。


「──下さん、雪下さん! 」
雪下は同僚の声で目を覚ます。
「大丈夫ですか? 疲れてるんじゃ……」
「大丈夫だ……すまない、心配かけた」
雪下は起き上がると、ふと思い出した。そして、少女の事が1番に心配だった。
「園田さんは!? 園田さんは大丈夫なのか!? 」
「えっ、だ、大丈夫でしたよ?バイタルも異常無し。あ、でも……」
「でも、なんだ」
「一瞬だけ目を覚まして、"みきおねえさん"って声を出してましたね」

雪下はホッと胸をなでおろした。それと同時に聞いた話だが、糸織が雪下の名前を呼んでくれていたことに少し涙を滲ませた。

あの夢は何だったのか、現れた少女の正体を雪下は遠い未来知ることになる。
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