今晩は赤塚の盆祭りが開かれる。
子供の時からずっと、ほぼ毎年盆祭りに兄弟全員で行っていた。今年ももちろん、参加する。
何故盆に開かれるのか、盆には死者が帰ってくる。その死者と楽しむために、と僕は聞いたことがある。
しかも祭りが行われる神社の近くには心霊スポットがあり、霊感のある人は見たことがあるらしい。僕ら兄弟も心霊スポットに何度も行ったことがあるが、一切そういう現象に立ち会ったことはなかった。
だが、今年の盆祭りは違った。
きっとこの体験は生涯忘れることはないだろう。

――8月15日、午後6時。
世にも珍しい六つ子、ということで有名な松野家の兄弟。成人した今は個性が身につき、それぞれのファッションや雰囲気で見分けがつく者は恐らくつくだろう。
だが今日は六つ子全員が昔のようにお揃いの黒灰色の甚平を着て、お揃いの下駄を履いている。両親でさえ一瞬見間違えるそうだ。
「いってきまーす。」
子供のように元気な声を出して、彼らは祭りへ出かける。その声を聞いた母、松代は。
「……変わらないものねぇ。」
と、懐かしむように呟き、息子たちを送り出した。

赤塚神社――そこは山の麓にある。広い敷地内には屋台が立ち並び、食べ物やおもちゃなどを売り出している。
「なぁ、後でさ心霊スポット行かねえ?」
六つ子の長男、リーダーであるおそ松が呟いた。対してそれを嫌だと拒んだのは、お化けなどが苦手な末弟のトド松だった。
「別にあそこ、何も無かったじゃん!わざわざ行く必要無いでしょ?」
首をぶんぶん振り、何がなんでも行かない!と主張する。
それに同情するように、カラ松は「トド松、このクソ兄貴はおいてガールズたちをナンパ…」
「カラ松兄さんのおごり?早く行こう!」
「……えっ。」
カラ松の言葉を遮りトド松はカラ松の手を引いてそそくさとその場を抜けた。
「ちぇっ、末弟め……。」
口を尖らせるおそ松に、一松は十四松の手を引いて、「十四松、射的。」
とだけ呟けば、十四松は「あいあい!」と元気よく返事をして人混みの中へ消えていってしまった。
残されたチョロ松は、拗ねる長男をちらっと見れば、「僕らも屋台に行こう。」と声をかけるも、返事はなかった。
「薄情な弟たちばっかだな!」
自分の思い通りにいかないと拗ねるおそ松。普段はこんなだが、弟たちが泣いたり苦しんでいたりすれば、欲しい言葉をくれるしっかりとした兄なのだ。
1番兄弟、六つ子に執着しているのはこの兄だ。この男は生涯小6メンタルを貫き通すだろう。
年に1度限りの盆祭り、たまには兄のワガママに付き合ってやるか、と吹っ切れたチョロ松はおそ松に「仕方ないな」と苦笑した。

神社の裏手側。林の湖の近くに廃墟がある。そこが噂の心霊スポットと言われている。
先程までの元気はどこへやら。廃墟に向かって歩みを進めるおそ松は無言のままなのだ。心配になったチョロ松は声をかけようとする。しかし、遮られてしまった。
「俺らが単に霊感とかそういうのが無いだけなのか?」
おそ松の問いかけにチョロ松はどう答えていいのか分からず、口を噤んだ。
非科学的な事があるとは思っていない。だが、それを言ってしまえばおそ松を否定してしまうことになる。もし、そんな事を言えば相棒はどう思うのだろうか。
「ねぇ、おそ松兄さん。」
ふっと横を見るもそこにおそ松は居らず、気付けば廃墟とは反対の湖の方に向かっていたのだ。後ろから見た彼の様子がおかしい。チョロ松はおそ松の名を叫びながら走って止めようとする。
「おそ松兄さん!そっちは……!」
今は弟の十四松に抜かれてしまったが、足の速さだけは取り柄だったチョロ松はすぐにおそ松に追い付き、手を伸ばした。その瞬間。
ふと見えたのは提灯の光と行列、それから錫杖と鈴の音。
それに向かっておそ松は歩いているのだ。
そしてチョロ松は認知してしまう。
行列に並ぶものは、人間ではないもの、と。
ぞわりと鳥肌が全身にたち、足が竦んでしまう。まるで金縛りのように。
早く追いかけねば。動け、動けと脳が命令するも、体は固まったままだ。
動かない体に痺れを切らし、ガチガチと震える唇を動かし、喉を振り絞り大声を出した。

「おそ松!!」

その声は辺りに響き、行列の歩みも鈴や錫杖の音もピタリと止まる。
それと同時に歩んでいたおそ松はバタッと音を立てて地面に倒れた。
金縛りは解け、ようやく体が動くようになったと思えば腰が抜けそうになるも兄の方に駆け寄った。
「兄さん、おそ松兄さん!」
体を揺さぶるも彼の意識は戻らない。呼吸と心音は確認できた。どうやら気絶しただけらしい。
安心するのも、つかの間。背後から聞こえる足音にチョロ松の体は再び固まった。怖い、その恐怖に怯え、気絶した兄を庇うように抱きしめた。
「お兄さん、大丈夫?」
ふと聞こえた声はどこか目の前にいる兄に似ていた。
バッと振り返れば、そこには赤鬼のお面をつけ、黒い浴衣を着ていた一人の青年だった。顔はお面で隠され、分からないが何となくその青年に害は無さそうだと直感で感じた。
「あ、兄が……。」
「ここは危険だからね、お兄さん抱えて逃げた方がいいよ。」
やっぱり危険なところなのか、チョロ松は気絶した兄を背負い、青年に一礼して立ち去ろうとした時だ。
「はなまるぴっぴのお前たちだから見逃してあげるね。」
「えっ?」
チョロ松は青年の言葉に耳を疑い、振り向くもそこには誰もいなかった。まだぐったりと気絶した兄を抱えて「あの人の言う通り早く行こう。」と、祭り会場へ向かった。

会場の入口、神社の鳥居が見えた。そこに他の兄弟4人が既に揃っていたのだ。
「もう、どこ行ってたの!?」
ぷんぷんと怒るトド松。そしてチョロ松が背負うおそ松に気づいた十四松が大声で心配する。
「兄さんどうしたんすか!?」
「十四松、しっ!後で話すから、どこか寝かせるところ……。」
キョロキョロとベンチを探しているとおそ松は目を覚ました。
「んぇ……チョロ松……?」
寝ぼけているのか、もしくは記憶がないのかおそ松は半目のまま「あれ?何してたんだっけ」と呟いたのだ。

その年以降、おそ松は心霊スポットへ行こうとは一切言わなくなったのだった。





カラスのお面をつけた男が言う。
「夜行邪魔したアイツらを殺さなくて良かったのか。」
赤鬼のお面をつけた男が答えた。
「まぁね、アイツら俺らに似てるし、別に害を加えるやつじゃなさそうだったから見逃した。」
ひょっとこのお面をつけた男はため息をついた。
「人間は殺すんじゃなかったのかよ。」
黒猫のお面をつけた男は、お面の下で妖しい笑みを浮かべる。
「兄さんに似てたあの男も不運だね。百鬼夜行に参列しそうになるなんて。」
狸のお面をつけた男は呆れたようにお面の下で苦笑する。
「まぁ、自業自得だよねえ。こんな所に来るからだよ。」
狼に似た犬のお面をつけた男はわははと笑いながら言う。
「でも見てみたかったなぁ!あの人の兄弟!もしかして、六つ子だったりして!」

笑う男に、赤鬼の面をつけた男は「そうかもなぁ」と言う。さて、と気を取り直すように言えば。
「さぁ、妖怪たちの百鬼夜行はまだまだ始まったばかりだ。」と再び夜行は歩みを進める。

――死者も妖怪も寄っといで。今夜は妖(あやかし)たちの宴会だ。――

再び夜の林に響くのは、大きな鈴と錫杖、そして行列に並び歩む人ならざるモノたちの歩みの音だけ。
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