「赤ツ鹿村に伝わる妖怪伝説を記事にしろ」
 
 全ての発端はオレの上司のこの一言だった。

 赤ツ鹿村から少し離れた街にある小さな出版社。そこに勤めるは東奔西走しあらゆるスクープを求め、風のごとく舞うエリート記者、青戸唐次だ。
 オレは2ヶ月ほど前、不思議な体験をした。
 それはそれは暑い日のこと。紙袋を被った一人の青年と出会ったことが全ての始まりだった。彼はオレを見て「カラ松兄さん」と呼んだのだ。だがオレは首を傾げた。ついでにいえば不信感も抱いた。なぜならオレの名前は唐次であり、カラ松ではない。それにオレに兄弟などいない。それを指摘するが、彼は一向に直さなかった。眉間にシワを寄せ、距離を置いたが、紙袋を彼が外した瞬間驚くべき光景を目の当たりにしたのだ。
 紙袋を被った青年、彼の名は黄神十四雄の顔はまさにオレに瓜二つだった。そしてにっこりと不気味な笑みを浮かべてこう言った。
 「どうやらぼくの本当の名前は十四松って名前みたい。あと、カラ松兄さんとぼくのほかにも兄弟がいるみたいなんだ」
 
 最初は信じることができなかった。だが、彼を通して出会った――もしくは再会した、というのが正しいのかもしれない――青年たちはやはりオレや十四雄に顔がそっくりだった。これは偶然か?それとも必然か……。上手く説明は出来ないが、オレたち6人の父親はどうやら同一人物という説があった。また生き別れた六つ子ではないかと各々思い始め、その真相を辿るべく冒険をし、命の危機に晒されたが、何とか脱出してこの2ヶ月後の今日再会の約束をしていた。その約束を果たすべく仕事をこなしていた矢先に、冒頭の言葉を部長にかけられたのだ。
 
 *
 
 ――喫茶、ニューヨーク
 
 「妖怪?って……やっぱりあの伝承のことじゃない? 」
 喫茶店の息子、桃瀬百々史にその事を話せばやはり、彼もそう思っていたのだろう。同じ考えを発していた。
 「やっぱりお前もそう思ったか」
 「いや、逆に他に何の伝承があるの? でもボクはその件については一切関わらないから。コーヒー出すぐらいしかしないからね? 」
 「コーヒータダでくれるのか? ゴチになるぞ」
 「いやいやいや別にタダとは言ってないから!? そんなこと言うと4倍の料金とるからね!? 」
 「それだけは止めてくれ……今月も収入が少なすぎて 懐が寒くて凍え死んでしまう」
 「もう……下らない記事ばっかり書いてるからだよ」
 「なっ!? ……なら百々史ならどんな記事書くんだ? 」
 「ボク?ボクなら美味しいカフェとか、オススメの可愛いデザートが売ってあるお店とか」
 (それは完全に女性向けの雑誌の話じゃないか……)
 唐次は大きくため息をついた。別に本人は妖怪だとか怪異の話は嫌いではない。だが前回の十四松祀りの件以来、怪異スクープに気乗りしなくなったのだ。もはやあれはトラウマだ。
 だが上司命令には逆らえない。しなければならないという使命感とトラウマの狭間でカウンターに顔を伏せてうーと唸っていると店の扉が開いた。
 「よー、俺にもコーヒーちょうだーい」
 能天気な声を上げて店に入ってきたのは、タクシードライバーの赤鹿大蔵であった。さすがに寒くなってきた為か、きっちりとは言わないが、スーツを着こなしていた。
 「あ、赤鹿さんいらっしゃい」
 「あれ? カラ松じゃん、なーんかすんげえ浮かない顔してどうしたの? 」
 大蔵は唐次の存在に気付けば、唐次の隣に遠慮なく座る。唐次はげっそりとした表情で百々史に話したことを同じように大蔵に話す。
 「あー……確かにそれはやる気でねぇわな」
 大蔵も唐次に賛同するように苦笑しながら頷く。
 「だって、嘘だと思っていたことが本当だったし、1回死にかけそうになったし? ならその件降りればいいじゃん」
 「それがな、うちの部長は入社時こう言ってたんだ。"上からこれを調べてこい、と言われた時は最後のチャンスだ。もしそれをこなさなければクビだ"って」
 「つまりニートじゃん」
 「ニートだね、おめでとう青戸さん」
 「……」
 唐次は何も言い返せなかった。今まさにこの件から降りようとしている自分がいる。つまりニートになってもいい、と思っている自分がいるのだ。二人にからかわれても別にどうでもいいや、と諦めていた。その時だ。
 「なにしてんの……」
 「あ、一松! いいとこに来たな! 今お前に聞きてぇことあったんだけどよ」
 静かにニューヨークに入ってきたのは紫坂一だった。彼は歴史学者の息子である。とは言えど彼の父も十四雄や百々史の父親と同一人物ではないか、と言われているが。
 大蔵は一を隣の席につかせてはこう言ったのだ。
 「なぁ、あの言い伝えの歌とか、赤ツ鹿の妖怪伝説の事とか知らね? 」
 「妖怪伝説……? なんで急に」
 「カラ松がニートになりそうなんだって」
 「……は? 」
 大蔵のあまりにもざっくりしすぎた説明は一を混乱させた為、唐次と百々史がわかりやすく説明をする。それに対し納得したのか、一はこう言った。
 「別にあんたがニートになろうが、ぼくは知ったこっちゃないけど、まぁ元々この妖怪伝説に興味はあったから、調べてはみる」
 「本当か!? サンキュー、紫坂さん」
 「ただ、ぼくの家の資料じゃ調べるには不十分だ。だから緑土さんとこに行かなきゃならない」
 「え? チョロ松のところに? ならおれも行くわ。てか何なら乗ってけよ」
 話はとんとんと進み、唐次の表情も明るくなっていく。大蔵が丁呂助にアポイントメントをとり、大蔵、唐次、一の3人はさっさと緑土家に向かう為、ニューヨークを後にした。
 先程まで賑やかだった店は、何だか嵐が去ったような静けさが戻ってきた。店を出る訳にはいかない百々史は「……あ、」と小さく呟いた。
 「あいつらコーヒー代払ってない」
 彼らが座った後に残っていたのは空になったコーヒーカップのみだった。
 「10倍にして請求しよ」
 静かに怒りに満ちた百々史はにっこりと笑みを浮かべればそう決意した。
 
 時刻は閉店間際、カランカランとドアのベルが激しく鳴り響く。百々史は何となく、来客が誰であるか察しがついていた。
 「もう、閉店間際ですよ――黄神さん」
 「兄さん達は? もう帰っちゃった? 」
 「随分前に。緑土さんところに行きました」
 「そっか……ならぼくも行こうかな」
 あの件以来、紙袋を被らなくなった十四雄。前よりも表情がはっきりと分かるようになった気がする。百々史はしょんぼりとする十四雄にため息をつくと、声をかけた。
 「……一杯くらい飲んでいきませんか? 」
 
 *
 
 ――数時間前、緑土家
 
 事前に電話で家に立ち寄ることを告げていた為か、丁呂介の機嫌はそこまで悪くはなかった。以前、大蔵が無断で立ち寄った際に華道で使うハサミをスレスレに投げられた時はさすがにチビった。そういう経験があった為、大蔵は以来緑土家に寄る際は一言入れてから立ち寄るように心がけている。
 「突然すみません、お邪魔します」
 「いえ……それで何でしたっけ、妖怪伝説のことでしたでしょうか」
 「はい、以前拝見させてもらった書斎を見せて欲しいんです。何かヒントがあればと思って」
 今回の件についての詳しい説明は一がしてくれた。唐次は感謝しつつ、そわそわしながら彼らの後をついていく。何故わざわざ着いてきたのかは分からないが、大蔵は別に興味がないとばかりに飾られている、丁呂介がいけた花を眺めていた。
 「妖怪伝説の本は……私は正直あまり見かけたことがありません。一応以前掃除をした際、大体は見てみたと思うのですが」
 「おれのところにも赤ツ鹿の妖怪伝説のことは無いことは無いんです。ですが、内容が薄すぎて、参考にならなくて……。緑土さんところにあるかな、と念の為に確認だけ」
 それは以前の件、偶像崇拝に関わるヒントになったのは、赤ツ鹿に伝わる言い伝えの歌であった。その歌の歌詞は緑土家の書斎から見つかったのだ。
 ―"酒はのみすぎるなおにになる"―
 ―"ねむるな青いひかりにてらされて"―
 ―"はなはのばすな天にむかって"―
 ―"あたまかくさず尾をかくせ"―
 ―"むだにほえるな犬じにの"―
 ―"むやみにばかして狸にならぬ"―
 いじょうの歌詞はどれも妖怪を表していることを、一は説明をする。
 「あくまでおれの推測ですが、最初の歌詞は酒呑童子、鬼の頭領のことです。2番目は青行燈。百物語を100話まで話すと現れるという妖怪。3番目はご存知とは思いますが天狗、4番目は……他の歌詞と同じてなければもしかすると狐の妖怪。5番目は犬神のことでしょう。そして最後は歌詞の通り化け狸だと思います」
 「ふむ……」
 一同が頭を抱えていると丁呂介の妹であるダヨ子がそっと顔を覗かせた。
 「どうしたんだい?ダヨ子……え?兄ちゃまにお客?黄神さん家の十四雄さん? 分かった、ありがとう。あとは兄ちゃまがするからダヨ子は部屋にもどっていなさい、ね? 」
 丁呂介は「十四雄さんが来たそうです。少し離れますね」と告げて静かに部屋から退室した。
 唐次と一、2人だけ残され、何となくぎこちない雰囲気に陥る。大蔵にいたっては部屋に寝転びイビキをかいていた。大蔵のイビキ以外しんと静まった空間で、何か話そうと口を開こうとするも、一体何を話せばいいのか、と互いにしどろもどろする。そうしているとすぐに丁呂介は戻ってきた。2人の客を連れて。
 「こんばんは! カラ松兄さん、一松兄さん」
 「あ……十四雄くんじゃないか。それに百々史まで」
 「ボクは黄神さんに無理やり連れてこられただけで……」
 「6人全員で集まる約束していたのに、先にこっちに来ちゃった兄さんたちには正直呆れました」
 十四雄はにっこりと笑みを浮かべているがその目は笑っていなかった。その不気味さと静かな怒りを察した唐次と一は「ひっ」と顔を青ざめさせると、素直に「ごめん」と一言謝った。
 「別に怒ってないよ。ところで何を調べているの? 妖怪伝説のこと? 」
 「……うん、そうだけど」
 「なら1番早いのは双児嶽に行くことだよ」
 「えっ」
 十四雄から出た「双児嶽」とう単語に一同は顔を真っ青にする。それは唐次だけでなく、ほかのメンバーも出来るだけ避けたい場所であった。十四雄は大蔵をちらりと見ると容赦なくたたき起こした。
 「いって!? 」
 「ねえおそ松兄さん、起きて。双児嶽に行くよ」
 寝ぼけているためか、はた激痛が走った為か、混乱している大蔵は「は? 双児嶽? 」と状況を把握しきれていないようだった。
 「運転が上手いの、おそ松兄さんだけだからね、兄さんだけが頼りなんだよ」
 「……お、おう」
 まだチンプンカンプンな状態で大蔵は頷いてしまった。
 一向は再び、およそ2ヶ月ぶりにあの双児嶽に向かった。
 もちろんタクシーには1人ぎりぎり乗り切れないため、荷台は相変わらず唐次だが。
 
 *
 
 ――双児嶽・麓
 
 キキーッとブレーキを鳴らし、大蔵が運転するタクシー車は止まった。赤ツ鹿まではそこまで遠くはないのだが時刻は夜の九時過ぎの為、辺りはさらに暗く、何が出てもおかしくはない。トランクに乗せられた唐次含めた全員が車から降り、山を見上げた。
 「いやぁ、なんか出そうね」
 「もうほんとに冗談は勘弁してよ……」
 大蔵にぴったりとくっつく百々史。彼の目には涙が浮かんでおり、何か出ればびっくりしてすぐに泣きそうな状態だ。一も十四雄と離れないようにくっつきはしないが常に傍をあるいている。対し、丁呂介はフラフラな状態の唐次を無視してさっさと歩いていってしまった。
 「ま、待ってくれ……」
 トランクに乗せられ、気分は悪いし体は痛い。他メンバーより体調が優れないためか遅れをとってしまう。だが彼を無視するかのように5人はさっさと階段を登っていってしまった。
 一段一段何とか登っていると霞がかかってくる。しかもそれは段々と濃くなっていき霧へと変わっていく。視界は怪しく、前が見えない。だが引き返すわけにもいかず、唐次は歩みを進めた。
 「……百々史? みんな……? 」
 段差がなくなり、平坦な地が広がる。どうやら頂上についたようだ。だが、先に行ったはずの5人の姿はどこにも見当たらなかった。霧はだんだん薄れていき、姿を現したのは拝殿だった。司会が開け、辺りを見回すと唐次は違和感を覚えるがそれが何かにすぐに気付いた。
 前回の十四松祀りで訪れた際、狐の像を見た。しかし、今回はあるべき場所にそれが無かったのだ。
 「……間違えたのか? いや、ここへ来るにはこの道しか無かったはず」
 首を傾げながら唐次は一人、探索を始めた。
 祠は前のあったところにまだ存在していた。やはり壊されたままだった。もっと調べようと祠を覗き込むとふわりと酒と油揚げのような匂いが漂ってきた。
 「やはりここは稲荷信仰……なんだろうか」
 すぐ様メモをとる。書き終えれば辺りも見渡す。が、特にめぼしいものは何もなかったので、拝殿の方に目を向けた。
 「……あまり立ち入りたくないのだがな」
 祟りだとか呪いなど信じているゆえに本心はあまり入りたくないのだが、これも職業病か。興味を持ってしまえば気になり、自分の目で確かめたくなる。唐次は恐る恐る拝殿にあがった。
 
 ギィィィ……と重く古い木の扉は大きな音を立ててようやく開いた。中は暗く、何も見えない。懐中電灯をつけ、照らしながら見渡す。
 拝殿内は全体的にボロボロで所々隙間があいている。そこから冷たい隙間風が入ってきて部屋はひんやりと外より一層冷ややかに感じる。真正面の方に光を向けると、やはり稲荷信仰ゆえか大きな狐の彫り物が飾られていた。
 「……なんだあれは? 」
 正面の方にぴかっと光るものがあった。唐次はそれに興味を示し、近づく。ぎっぎっと歩みを進めると床もうぐいす張りのように鳴る。
 唐次が見つけたものは既に錆びているが元は金箔で塗られていたであろう、縁のついた丸い鏡であった。
 「何故こんなところに鏡なんか……」
 唐次は首を傾げながら鏡を覗き込んだ。何の変哲もないただの鏡だ。そう思った瞬間、鏡の中の唐次はぐにゃりと歪みだしたのだ。
 「ひっ!? 」
 起きるはずのない奇妙な出来事に唐次は腰を抜かす。そして鏡は奇妙なものを写したのだ。それは唐次の頭に揺れる炎のような青い2本の角が生えており、服装も洋服ではなく、着物のようなものを着ていたのだ。「なんだこれは!? 」と状況が把握出来ないのかパニックに陥る唐次にさらなる追い討ちが襲いかかってくる。
 奇妙なものを写した鏡はパリンとヒビが入り、飾られた狐の彫り物の目は開き、赤い瞳を露にする。そして鏡と狐の彫り物はぐにゃりと姿を変え、人型へとオーラを纏いながら変化したのだ。
 
 丸い鏡を持つ青年、それから赤い着物を着た狐の耳と尻尾の生えた青年。それぞれが唐次の前に現れ、静かに地に足をつける。
 
 「久しぶり
 
  
 ―――……青行燈」
 
 
 *
 
 
 青行燈という言葉を耳にした唐次の体はどくんと強く脈打ち、次の瞬間唐次はふっと意識を失い倒れた。
 するとすぐに唐次の体は変化する。青色の淡い光を纏い、先程唐次が鏡の中に見たその鬼の姿へと変化していた。
 ゆっくりと目を開けば起き上がり、宙に僅かに浮かぶ。
 「何百年ぶりだろうか……この姿は」
 「みんなもう集まってるよ? 今日は再会の宴だ」
 唐次――否、青行燈を目にし安心した雲外鏡と天狐は微笑み青行燈を連れて外に出た。
 季節はもう冬に近いというのに、辺りに植えられた桜は満開に開き、桜吹雪が唐次たちを出迎える。
 
 「久しぶりだね、カラ松兄さん」
 
 そう人間に化けている時、兄弟が再会した時と同じように告げた十四雄。彼の本性は犬神であった。
 「お前は……何もかも覚えていたんだな」
 「ううん……最初は忘れていたよ。でも、2ヶ月前ここに来て少しずつ思い出したんだ」
 「そうか、オレはすっかり忘れていた」
 思わず苦笑する青行燈。犬神は「よかった、みんなと会えて。こうやってまた暮らせるなんてね」と本当に嬉しそうに呟いた。
 もちろんここには彼らだけでなく、様々な妖怪達が集結していた。
 
 九尾の狐は天狐の2人の弟、天狗の3兄弟、百々目鬼、猫又、ろくろ首、雪女、酒呑童子が2人、化け狸、蛟、鎌鼬、お仕え狐が6匹……。人間に化けていた大蔵たち酒呑童子、大天狗、九尾の狐、犬神、化け狸と乾杯の酒を交わした。
 
 機嫌がいい青行燈はあの歌を歌う。
 
 ―"酒は呑みすぎるな鬼になる"―
 ―"眠るなか青い光に照らされて"―
 ―"鼻は伸ばすな天に向かって"―
 ―"頭隠さず尾を隠せ"―
 ―"無駄に吠えるな犬死にの"―
 ―"むやみに化かして狸にならぬ"―
 
 赤ツ鹿の双児嶽の稲荷神社にその歌は響き渡った。
 
 *
 
 後日、人間界では6人の青年の行方不明事件について取り上げられたが、唐次の勤めていた出版社は「神隠し伝説」を信じ、唐次を探そうとしたが、彼を見つけることは出来ず、警察も捜査を打ち切ってしまった。
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