所々で建物の煙突から煙が雲のように空を覆い、ガシャンガシャンと地道に休まず働く歯車の音が響く。この街は産業革命の原動力である蒸気機関が発達した街、アカツカシティ。人々は機械と共に日夜を過ごす。

そんな世界に社会から外れた無法者(アウトロー)もこの街に存在する。中でも有名なのがおそ松という男だった。

「おっちゃん!いつものちょうだい!」

店の外に止められた空中飛行用バイクの傍に立つ真っ赤なジャケットを着こなした青年、おそ松は慣れた店でいつものホットドッグを主人に頼む。

「あいよ!今日は払えんだろうな!おそ松。」
「大丈夫、今日は、あるからよー。」

そう言ってチャラりと出したコインにガタイのいい主人はにっこりと笑む。

「おそ松ー、コインとお前の脳みそ足りてないぞ?」
「あっりー?おかしいなぁ、どこかに落としちまったかぁ?あと俺の脳みそは足りてるから関係ねぇし!」

唇を尖らせポケットを探るが一向に足りないコインは出てこない。呆れた主人は手を抜いたホットドッグを渡す。

「足りない分、手を抜いたからな。」
「うげっ……明らかに茹ソーセージでてねぇじゃん!」
「マスタードとケチャップはかけたから味はまぁまぁだぞ?」

おそ松はチェ!と舌打ちすればバイクに乗り颯爽と店の前から立ち去っていく。

「やっぱりお前の脳みそは足りてねぇな、おそ松。」

おそ松が空へ飛び立ち見えなくなった後、主人はニヤリと笑い窓の隙間に落ちていたコインを拾い上げればレジにしまった。

生のソーセージはやはり不味い。実はきっちりと支払っていたにも関わらず手抜きのホットドッグを食わされているとは知らず空腹を満たすには無いよりかはマシなホットドッグを片手に空を飛んでいた。

「ぜってぇポケットの中に入ってたからな……ん?」

ブツブツと文句を零しながら口に頬張っていると前方に見慣れた姿があった。
安定したバランス感覚で飛行ボードに乗るその人物の名前を呼ぼうと残りのホットドッグを頬張りながらスピードを上げて近づく。
おそ松のバイクのエンジン音は一般的なものに比べ、騒音がする。背後からの騒音に気づいたその人物は振り向き、おそ松の姿を見るなりその場からエンジンを加速させて逃げ出したのだ。

「んっ……あ、おい!待て!!」

なんとか飲み込み大声を出せばエンジンを蒸して加速させ後を追いかける。

二つの乗り物はまるでカーチェイスのように煙と騒音を撒き散らし大通りや路地裏を駆け抜ける。

「待てチョロ松!!」

重力抑制機能を外しているのかバイクよりも機動性が早く、ついにおそ松は見失った。

「ったく……ちょろちょろと早いヤツめぇ。」

アカツカシティにある新聞社、コレデイイノダ社の新聞記者であるチョロ松は機動性の速さで有名であった。飛行ボードを乗りこなした取材でコレデイイノダ社の知名度を少しずつだが確実に上げていた。

「見つけたぜー、おそまァつ?」

ふと聞こえた声におそ松は肩をビクリと震わせアクセルを踏み込んだ。今度は逃げる番になってしまった。おそ松は焦りを覚えながら背後から忍び寄るヤツから逃げようと必死に逃げ道を考えた。
おそ松を追いかける人物は賞金が掛けられたアウトローなどを捕まえ、それで金を稼ぐ賞金王ことカラ松だった。
つまりおそ松にとってはタチの悪い人物である。

「ンンー?おそまァつ?早く俺に捕まった方が楽だと思わないかぁ?」
「へっ!捕まってたまるかよ!」

おそ松とカラ松のこの鬼ごっこは日常茶飯事である。カラ松がおそ松を見つければ追いかけ、おそ松がカラ松を見かければ逃げる。例えおそ松が仮に捕まった方としても脱出してはまた鬼ごっこ、のいたちごっこなのだ。
だが本人たちは止めない。日が暮れるまで続けるのだ。

だが今日は違った。

おそ松は進行方向に黒い何かがあることに気づく。それは人の形をしていたが顔はよく見えない。それらはこちらに気付くと黒光りする大きなマシンガンの様なものをこちらに向けたのだ。

「えっ」

おそ松がそれに気付くと同時に既に発砲され、見事に命中し、気絶すると同時に空中飛行バイクは壊れ、地上へともろとも落下していく。

「おそ松!」

落下していくおそ松に気づいたカラ松はスピードを上げておそ松をキャッチし、地上に停止する。
カラ松はおそ松を撃った黒い影の方を見ると既に遠くへ移動していた。間に合わないこともないが気絶したおそ松を看病する方が先だ。
派手な音をたてて落下したおそ松のバイクも直さなくては。

辺りを見回せば不幸中の幸いだった。見慣れた建物に目をやればカラ松はおそ松を抱き抱えてカラ松のバイクに乗せ、その建物に向かった。


◇◇◇


油と金属の臭い、それから煙草の臭いが鼻を擽りおそ松は目を覚ました。見慣れた景色におそ松は首を傾げながら辺りを見回す。

「おはよう、おそ松兄さん。」

低く覇気はないがどこか安心する声のする方におそ松は視線を向けた。
機械――おそ松愛用のバイクの部品を弄っていたのは、アカツカシティでは知る人ぞ知る、機械技師の一松だ。
左目に付けていたゴーグルを外しておそ松の方を見れば「バイク直すの明日までかかりそう。」と言ったのだ。

バイクなんで壊したんだっけ、とぼんやり考えて気絶する直前の出来事を思い出した。
カラ松と鬼ごっこをしていた途中、離れた場所だったが黒い人影に撃たれたのだ。
でも誰がここまで運んできてくれたのかは覚えていない。
が、一松の「クソ松に修理代払わせたから今日はチャラね。」というその一言でカラ松だと察した。

コンコンとノックする音が聞こえたかと思えば一松の返事を待たず扉は開かれた。

「一松、ごめん、カメラ壊れちゃ……っ、た。」

入ると同時におそ松と目が合ったチョロ松は語尾がだんだん小さくなっていきついには無言でおそ松を見つめた。

「……なにしてるの。」
「そんな冷たい眼差しを向けないでチョロちゃん。俺奇襲にあったの!」
「さっさと捕まれ、クズアウトロー」
「ヒジョーにキビシー!」

そんなコントを繰り広げていれば「元気なら帰れ」と苛立った一松の声がボソリと聞こえたがおそ松は聞こえないふりをした。

「兄さん兄さん!これよろしくお願いしマッスル!」

今度はノックもせずに入ってきた無駄に元気な声の持ち主は白衣を身にまとっていた。彼は一松の幼なじみであり相棒の科学者、十四松である。

「あ、おそ松兄さん目が覚めた?」
「おー、サンキュー。ついでであれだけど今夜部屋に泊まらせてー。」
「いいっすよー!今夜も向こうにいくから!」

にこにこと笑いかける十四松につられて笑顔になるおそ松を見てはチョロ松は口をへの字にして、
「ごめんこれ早急に直してくれないかな?急いでるんだ。」
「いいよ。割高でもいい?」
「うん、壊した僕が悪いから。」

和やかな日常茶飯事は大きな街の片隅で今日も繰り広げられている。


◇◇◇


おそ松を一松の所へ送った後、再び街に出たカラ松は懐からキラキラとした目に痛い青色のスパンコールで飾られた手帳を取り出し、リストを眺めた。

(黒い……)

おそ松を撃った黒い影に疑問を抱いていた。
あれは何者なのか、またなぜおそ松を撃ったのか。
疑問を抱えたままカラ松は今日も賞金を稼ぎにアクセルを踏み込んだのだ。
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