意識が浮上すると、隣からすぅすぅと安らかな寝息が聞こえた。ぼぅっとした状態でまだ眠たい目を擦る。そして次に感じたのは自分ではない温もり。それにはすぐ思い当たりがあった。
双子の姉、ジャンヌ。本来ならば隣の部屋にいるはずだというのに何故ここで寝ているのか。というか苦しいからさっさと離れてほしいんだけど!
無理やり剥がそうとするが、逆に引っ付いてくる。こいつ私より力弱いくせになんでこんな時に馬鹿力発揮してるの!?
「ねぇ、離れてよ……」
「……」
「どうせ起きてるんでしょ? 」
「……」
話しかけても全く反応がない。頬をつねっても、お腹を軽く蹴っても、全くだ。
半分拘束された状態で、ふと目に付いたのは彼女の髪だった。綺麗な金色で長く伸ばしたその髪を一房手に取り、指で梳いた。腰まで伸ばしたその金色は彼女の誇りだという。
昔、一度だけ私は彼女に髪が綺麗、と褒めたことがある。それ以降だったはず、彼女が髪を切らずに伸ばしているのは。嬉しそうに、どこか恥ずかしそうにはにかむ彼女の笑顔が忘れられない。
「……ねぇ、ジャンヌ。貴女の髪、好きよ」
面と向かって褒めるなんて小さい頃しか出来なかった。大きくなるにつれ、彼女に対し態度が酷いことは重々自覚はしている。
だけど、だけどね、今更素直になれる訳ないじゃない。私は貴女にたくさん嫉妬したし、たくさん憎悪を抱いたこともある。貴女が嫌いで嫌いで……
「……好き」
ふと零れた言葉にハッと我に返る。それと同時にジャンヌは目を覚ました。
「んん……じゃるた?」
「随分ブサイクな寝起き顔ね。むさ苦しいから離れてくれない? 」
「……離れません」
ジャンヌは離れるどころかさらに引っ付いてきやがった!
「ちょっ、なにしてんの!離れなさいって」
「夢を見たんです、ジャルタが泣いている夢」
「……は? 」
このむさ苦しい女は黙ったまま力強く抱きしめる。ねぇ、痛いんだけど。
「ジャルタ、また髪を伸ばしてください」
突然の言葉に私の頭は思考停止した。この女は今なんて言った?また、髪を伸ばしてください……?
「ジャルタ」
「…………わよ」
「え? 」
「ふざけんじゃないわよ! 」
怒りに任せて私はジャンヌの腹を膝で思いっきり蹴り上げる。流石にダメージを食らったのか力を緩めた瞬間に私は拘束から抜け出した。
「ジャルタ」
「……ウザイ」
ジャンヌに呼び止められても振り向くことなく私は部屋を出ていった。苛立ちを八つ当たりするようにドアを乱雑に閉めて。



基本的に人と交流することが苦手な私にとって学校というものは辛いものだった。授業はつまらないし、友達と呼べる人数は少ない。
それに対してジャンヌは皆から聖女と呼ばれ親しまれている。礼儀正しいし、成績も優秀だし、何よりも可愛い。いや、可愛いことは私が知っていればいいんだけど……ってそうじゃなくて!
屋上にはめったに人が来ないから静かで過ごしやすい。今日は晴天。雲一つない、くっきりとした青空が目に映る。ぼんやり見上げていればふと今朝のことを思い出す。

ジャンヌは私に髪を伸ばしてほしいと言ってきた。

短い髪の方が楽、というのも伸ばさない理由に一つ上がるのだが、根本的な理由はとある一種のトラウマ。
私は髪を伸ばしていた。中学の時まで。姉とお揃いの長い髪。それが私の誇りだった。しかし私はいじめにあった。こんな柄だし、姉がアレだから私は「魔女」なんて呼ばれてた。その伸ばしていた髪をいじめていた奴らにぶった切られた。根暗で気の弱い私。単にあいつらの八つ当たりのサンドバックにされていたのよ。今となっては情けないけど。髪を切られた瞬間、絶望的な顔をしていたのでしょうね。それと同時に怒りが湧いてきて……今の素直じゃない、卑屈な女になった。

その時本当に「魔女」になった気がした。

もうあの頃の惨めな私はいない。だから髪を伸ばす気はない。それなのにあの女は髪を伸ばしてなんて軽率なことを言うのよ。本当、馬鹿みたい。

「ジャルタ」

名を呼ばれた。今会いたくない人の声でだ。
「なによ」
「こんな所にいたの……随分と探しました」
「わざわざこんな所に何の用事?アンタも暇じゃないんでしょ?だったら……」
どっか行きなさい、と口に出す前に彼女は私の短い髪を一房とって口付けた。突然の出来事に私は固まる。この女は何を考えているのか、分からないことがよくある。

「私は、貴女の髪が好きです。今の短い髪も勿論ですが、昔みたいに髪を伸ばして欲しいんです」
髪から手を離したジャンヌはそう呟いた。その言葉に反吐が出た。
「アンタさ、好きかって言ってんじゃないよ。もう私は髪を伸ばさないって決めたの」
「ええ、伸ばすも切るも貴女の自由です。ですが、今朝あんなに怒っていたので、私なにか余計なことを言ったのかと……」
素直で真面目で、どこか堅苦しいのにみんなの憧れの存在である実の姉。わざわざ気にかけて、私に何をしたいの?
「別に」
「……ジャルタ、やはり昔のことが原因ですか」
図星だ。違うと言っても、こいつは「いえ、そうでしょう」とまるで確信しているように真っ直ぐ私の目を見つめてくる。
「今朝、ジャルタが夢の中で泣いていたと言ったでしょう? その夢は髪を切られた時の貴女でした」
ジャンヌは私の手を握ってくる。その手を不思議と振り払うことが出来なかった。
「……たとえ変わってしまっても、貴女は私の大事な妹であることに変わりはありません。内気な貴女も、素直になれない貴女も、私の妹ですから」
全て見透かされているような気がした。それに対し少し恐怖を抱いた。だがそれと同時に心のモヤが晴れた気もした。
「じゃあ、髪を伸ばしたらあんたが手入れしてよ」
「え? 」
「いつも私に結わせてるくせに。出来ないの? 」
少し意地悪なことを言わないと私らしくない。綺麗だと褒めてくれたことに嬉しくないなんて思ってないから。
「今もいっぱい触らせてくださいね」
ふわっと、聖女の笑みを浮かべると太陽のように綺麗で長い金髪が風に揺れた。
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