「また貴方ですか」
ここはとある大学病院。そこに勤める看護師、雪下美姫は現れた人物を見れば眉根を寄せる。
「ちょっとぐらいいいじゃないか。怪我人は放っておけない主義なんだろ? 」
高級そうなコートを羽織った褐色の女性。彼女は白雪を見るといやらしく笑いながら右手を差し出した。その手からは血が流れおちていた。すぐに状況を把握した雪下はため息をつけば「仕方ないですね。こちらに」彼女を裏手側へと案内した。

褐色の女、灰原高子は裏社会の人間だ。本来ならばこのような人目に付く大学病院に来ることはないだろう。だが、あえて彼女は怪我をする度にここに来る。
目的は「雪下に会いに来るため」
それには灰原を嫌悪する下雪への嫌がらせの意味も含まれている。それと先日、痴漢の被害にあった雪下を助けたこともあった。
「…はい、あまり長居はしないでください。灰原さん」
今は使われていない診察室に雪下と灰原はいた。やはり現役の看護師ゆえか雪下はテキパキと処置を施していく。雪下は正義感が強く気も強いが、苦手と思った人物と一緒の空間にいることはどうにも慣れない。
「相変わらず上手いねぇ。まぁ、ありがとう、って言っておくわ」
「なぜわざわざここに来る必要があるんですか? 貴方くらいならこの程度の怪我くらい……」
「あんたへの嫌がらせに決まってるだろ? 」
灰原はニヤリと笑えば、近くのベッドに雪下を押し倒した。その衝動で雪下の髪留めが外れ、彼女の長い髪が乱れてベッドに広がる。
雪下は美人だ。灰原本人もなかなかの美人だが、キッと睨みつける彼女のその顔がたまらなく好きだった。
「何をするんですか」
低く抵抗の声を上げる雪下に灰原は舌なめずりをする。まるで飢えた獣のように。
「……一週間後」
「え?」
「一週間後、私が組のトップになる」
「はぁ…」
「その時は、あんたを貰いに来るから」
灰原は雪下の首筋に口付けると、じゅっと吸い付き、赤い花を残して立ち去った。
残された雪下は突然の出来事に混乱しながら髪を再び結直した。

「……痴漢は事故だけど、あれは運命ってやつ? 」
灰原は「あぁ、たまんないね、あの顔」と呟きながら病院を立ち去った。

彼女たちに悲劇が起きるまでそう遠くはない。
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