青空が澄み渡りセミが遠くで鳴く真夏の学校。3年生の教室に少人数の生徒と1人の先生が暑い中補習を行っていた。補習生のうちの松野カラ松は暑さとだるさに気力を失い思わず頬づえをつき、ぼーっとしていた。
高校3年生であるカラ松には受験か就職かの選択肢が問われる以前に内申がピンチであった。成績は良くない、校則や生活面でも良くない部分があった。唯一賞賛されたのは部活のみだった。全体的に悪い面が多い彼も補習生に選ばれこうしてつまらない授業を受けるハメになったのだが、彼にとっては好都合でもあったのだ。
教室による授業終了の合図が告げられるとすぐ様カラ松は教室を飛び出した。急ぐように廊下を走るなと注意されるのも無視して向かった先は1階の保健室であった。

「先生!」

扉を開けば冷房がカラ松の肌を撫で少し寒さを覚える。先生、と呼ばれた人物は不機嫌そうに振り向くなり舌打ちをする。

「帰れ。」
「相変わらず冷たいなティーチャー……。」

だがカラ松は遠慮なしに保健室に入る。冷たすぎない風が汗をかいたカラ松の身体を撫でる。一松は寒がりだが暑がりでもあるのでこの位がちょうどいいのだろう。夏場は熱中症で倒れた生徒が運ばれてくることが多い。一松は白衣を脱ぎ腕まくりをして麦わら帽子を被ると保健室から出ていってしまった。

「先生?」

一松の後を追おうとしたがあの暑い中にまた出るのは気が引けた為、彼の帰りを待つことにした。
あまり人の出入りが少ない保健室。今もカラ松1人だけだ。さぼり場として保健室が使われるイメージがあったが、それは違った。養護教諭である一松が怖いという生徒が多数いるのだ。カラ松の様に毎日押しかける物好きはいない。
カラ松は一松について他の生徒よりも知っていることがたくさんある。
まず彼は大の猫好きである。持ち物に猫が描かれたタンブラーを所持していたり猫じゃらしをポケットの中に忍ばせていたりするのを知っている。さらに付け加えれば某ねこを眺めて癒されるだけのアプリを見てニヤニヤと笑うことも、だ。

しばらくすると保健室の窓に一松が姿を現した。カラ松は見つけるとすぐ様窓側に駆け寄る。ガラッと窓を開け「先生」と声をかけると睨まれた。

「クーラーつけてるから窓閉めろ。」

そう言われれば素直に窓を閉めて綺麗に磨かれた窓から一松の様子を見つめた。保健室の外側にはヘチマやキュウリなどの野菜が育てられ、それがグリーンカーテンとなっている。
その横には一松の腰まで育ったひまわりがあった。
一松はホースを片手に水やりを始めたのだ。窓に激しい音をたてて水が飛び散る。カラ松はその様子を見ていると水を浴びたくなり保健室から外へ出た。
麦わら帽子が異様に似合う一松の傍に立つと「何か手伝う事はあるか?」と問うもスルーされた。グリーンカーテンに水をかける一松を横目にひまわりの方を見つめる。まだまだ小さな花だが輝いて見えた。一松のかける水が反射してかかるのが気持ちよかった。

「なんでひまわりって太陽の方を向くんだろうな。」

カラ松の素朴な疑問に一松は少し間を置いて口を開いた。

「片想いの花、だからだ。」

不意に聞こえた言葉に思わず一松の方を見た。一松はどこか悲しげな表情に見えた。

「とある女神様が太陽神アポロンに恋心を抱いていたんだがアポロンはその女神様の姉と恋人だったんだよ。だが女神様は想いを断ち切れずにアポロンの化身である太陽を立ち尽くして1週間、自分の流した涙だけを口にしてひまわりとなったんだ。だからひまわりはその女神様の化身である。」
「辛いな……。」
「だから花言葉はあなただけを見つめる。ひまわりが夏の花として代表なのは夏が一番日照時間が長いからだ。」

そう語り終えると一松はカラ松に「邪魔」と言ってひまわりの方に水やりを始めた。カラ松は邪魔にならない程度の場所に移動し、一松とひまわりを見つめた。

「ちなみにひまわりが太陽を追いかけるように動くのは若い時だけだ。」

と呟くと同時に一松は名を呼ばれカラ松も思わず振り向いた。呼んだ張本人は夏の厚さに負けず元気に走りよってくる体育教師の松野先生だった。

「何。」
「いや、一松がいたからなつい。……ひまわりは育ってるか?」

松野先生はカラ松の存在に気付いていないのか一松と会話を始め、疎外感を感じた。嫉妬の目で2人を見つめるとふと気づいたのだ。

――一松の顔がわずかに赤らんでいることを――。

(先生は……)

自分だけが知っている秘密。猫が好き。実はナイーブで不器用に優しいこと。それから一松先生は松野先生に恋心を抱いているということを。

カラ松は2人の後ろ姿を立ち尽くして見つめた。
まるで太陽に恋するひまわりのように。
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