黒塗りの高級車が夜の静かな道を進む。
走行音をたてない車は街の方へ向かう。
高級車は中華街の入口前に止まると黒スーツの男が出てきて後ろのドアを開ける。
カツッと靴を鳴らし出てきたのは真っ白なスーツの男。

何かを呟けば黒スーツの男達は車の前に仁王立ちし、じっとする。
一人の若い男が白いスーツの男の後を着いて行った。

中華街の建物の間に入り、暗い裏道を迷うことなく真っ直ぐ進んでいく。

「ドン、今日は何の用で。」
「ハッ、武器の購入に決まってんだろ……あと……。」

あと、と溜めたがその言葉は続かなかった。
ドンはとある建物の鉄製の裏口を三回ノックしてはすぐに入る。
青年は遅れをとらないようにと俊敏に動き、長く続く地下への階段も薄暗く見えにくかったが足を踏み外さないように気をつけた。

そして階段を下り終われば鉄製の扉をまた開けば光が見え、眩しく思わず目を瞑った。

「早くしろ。」

白い男にそう言われ青年はうっすらと目を開いて歩く。だんだん目が慣れてきた頃、辺りを見回せばそこはバーであることが分かった。

オーナーらしきガタイのいい褐色の男と白い男、ドンは何やら母国語のイタリア語ではない言語で話をしているようだ。
オーナーは頷けば奥の方へ消えていった。

「こっちに来い。」
「は、はい。」

青年はドンの座るカウンター席の隣に座る。すると奥の方から暖簾を潜って先程のオーナーらしき人物が黒い箱を抱えて現れた。箱を開けば立派な機関銃がその黒い箱に収められていた。

「見ろ、DSR-1だ。」
「凄い!」
「これは大事なものだ。粗末に扱うなよ。」

ドンはスッとポケットからカードを取り出しオーナーに渡せばオーナーはくっと口角をあげた。

その時だ。

オーナーはよく分からない外国語で話しながら後ろを指さす。
青年は首を傾げながら後ろを向く。
すると目と鼻の先に黒いものが現れ驚くも青年は何とか避ける。

「なかなかやるな、坊主。」

オーナーはハッキリと分かるイタリア語でそう呟いた。
青年はゆっくりと横を向けばそれはチャイナ服を着た人物が蹴りをいれていたことが分かる。

「なっ……!?」

スリットの入ったチャイナ服から見える肌色に青年は顔を真っ赤にする。

「美しいだろ?オレのお気に入りだ。」

ドンが惚れるくらいだから美人なのだろう。そう確信しておずおずと顔を上げると愕然とする。

「ドン、新しいボーイか?」

キリッとした眉毛に太く低い声。それは美しい女とは言い難いものだった。

「カラ松は男だ。」

可笑しそうに笑うオーナーの声が後ろから耳に入る。男がチャイナ服を着ていようが構わない。ただ、ドンにこういう趣味があった事が一番彼の中でびっくりしている事だ。

うっすらとついた筋肉。特にそれが目に付くのが肩から上腕、前腕だ。ノースリーブのチャイナ服でスリットの入った下から出る足はソックスタイプなのか太ももの肌が見えているのだ。

「ラッジョ、お前にはコイツの魅力を分かるのはまだ早いだろうな。」

クスクスと珍しく、だが馬鹿にした笑いを浮かべるドンに「いえ、分かりたいとも思いませんので……」と言う。

「ドンの部下か?」
「あぁ、新入りだ。まだこっちでは未成年だ。」
「そうか、可愛らしい少年だな。」

そう言ってカラ松はラッジョの頬に手を添え、マジマジと見つめる。思わぬ行動に「ひっ」と小さく声をあげるもそれは嫌悪ではなく、羞恥からだった。

え?なんでボク男に羞恥心とか抱いてるの?

顔を真っ赤にしながらも冷静になり考え辿り着いた事実に寒気がした。

「おい、クソ松。」

パッと頬から手が離れたと思えばドンがクソ松と呼んだ男の手首を握っていた。

「俺以外に目移りしたら分かってるんだろうな?」
「ドンは嫉妬深いからからかいたくなる。大丈夫だ、惚れた男以外見るわけないだろ?」

そう言って二人はキスをし始めた。

「ぎゃっ」と小さく叫べば目の前を大きな手で覆われる。

「子供の前で見せつけるなバカタレが。」

その声はオーナーのものだった。だんだんキスが激しくなってきたのかクチュクチュと水音も聞こえてくる。
女性と付き合ったことのない(もちろん男性もないが)ラッジョにとってそれはアダルトビデオを聞いている気分になり思わず耳を塞いだ。

「……はぁ、……ボーイには刺激的だったかな?」

満足したのか唇が互いに離れると俯き耳を塞ぐラッジョを見て可愛いとクスクス笑う。

「アイツはガキだからな。」
「……せっかくいい雰囲気だったのにな。」

カラ松がそう言うと同時にバンと開かれた扉から現れたのはチンピラの格好をした中国系マフィアの下っ端たちだった。

「おいコラ金と武器出せぇ!」

まるでチンピラのように汚い声をあげるそれに対しドン、オーナー、カラ松の目つきが変わる。
ラッジョも所持していた拳銃を抜こうとするがヒョイとオーナーにつままれカウンターの下に容れられる。

「おい、おっさん!出せよ!」
「ガキが出る番じゃない。」
「オレだって戦える!それにドンの護衛でっ」
「ドンは何故ドンなんだ?」

オーナーの問いかけにラッジョは驚く。
ラッジョが答える前にオーナーは答えを出したのだ。

「"強いから"ドン、なんだろ?」


「カラ松、久々に暴れるから流れ弾に当たるなよ。」
「あぁ、もちろんいつもお前が狙う場所は分かっているさ。」

ドンとカラ松2人に対して敵は20人以上。普通のヤツなら勝てるわけないと退くのだがそんな事は決してなかった。寧ろ好戦的に、楽しげに2人とも笑みを浮かべていたのだ。

「いいか、ハニー。」
「いつでもOKだ、ダーリン。」

2人は同時に走りだした。

「ふんっ!」
「ぎゃんっ!」

カラ松が上から飛び降りながら蹴りを入れ、ドンが追い打ちをかけるように銃で致命傷を負わせる。
まさに連携プレイだった。

「Pistola!」
「Si!」

弾切れになれば上手いことオーナーとドンの武器の投げ渡しもスムーズに行く。
カウンター越しに顔を覗かせその様子を見ていたラッジョは「すげぇ……」と息を飲んだ。

辺りは屍で床が覆い尽くされ壁や床に血が飛び散った惨劇の真ん中に立っているドンとカラ松は返り血を浴びただけで無傷だった。

「ドン!怪我はありませんか!?」
「ねぇよ。」

カウンターから飛び移りドンの元へ駆け寄り心配をするがピンピンしているドンにデコピンを食らわされノックアウトするラッジョ。

「すまねぇな、オーナー。」
「いや、寧ろドンが居てくれたから助かった。ありがとうな。」

オーナーは不器用な笑みを浮かべる。
DSR-1は無事だったようで、それを受け取りバーから人目につかないように出ていく。

「ドン、彼とはどうやって知り合ったのですか?」

小さな疑問を投げかければドンは鼻で笑った。

「元々アイツらとは敵対してたんだよ。そんで、カラ松と命懸けのバトルをした。」
「え、んじゃ、結果は……?」
「二人とも生きてるだろ。そういう事だ。……モタモタすんな。」

舌打ちをされビクッと震え、DSR-1を落さないように大事に抱えながら待機させていた車に乗り込み、アジトに向かってまた夜道を静かに走り抜けるのだった。

ドンが彼に惚れ込むのも何だか分かった気がする。
彼、カラ松の戦う姿は人を魅了する美しさがあった。


ふとドンの顔を見ればボルサリーノで顔は隠れていたがどこか嬉しそうに口角が上がっていた。
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