※モブ♀と行為する描写あり
歌を歌えなければ、詩人はどうなるのだろうか。
詩を忘れた詩人は存在価値があるのだろうか。
──戦歌隊結成から半年が経った頃。隊長になったサンソン大牙士は激務に追われていた。元々大牙士としての任務の報告書類の山に加えて、戦歌隊としての書類提出などが加わり、時折頭を掻きむしりながら机にかじりついていた。半年経過しても未だに仕事が減らない。原因はその後ろのソファーには長い足を組み優雅にハープを奏でるギドゥロのせいであった。
「お前も真面目だな」
「アンタが真面目に仕事しないからだろ!」
「いや?俺には関係ない話だろ」
ギドゥロはほぼ無関心だった。俺は元々仕事なんてやる気ないからな、と。歯を見せて威嚇するサンソンに対してハープで曲を奏でる。
ギドゥロの演奏には癒しの効果があった。先程までカリカリしていたサンソンの心を落ち着けていく。
「ったく……」
半分は惚れた弱みでもある。
出会い……戦歌を求めた旅のあと互いに意識しており、気がついたらギドゥロから告白していた。サンソンも同じ気持ちだと答え現在上司と部下である中、プライベートでは恋仲という深い関係にある。
ギドゥロの奏でるメロディーはとても優しく、自由気ままな彼の性格もあって、癒しの効果がある。
酒場で歌を歌えば、男女問わず聞き惚れる美声。何人もの女性を虜にし、一夜を過ごす……ということもあった。
それはあくまで過去の話。今ではサンソンという恋人がいる手前、浮気などするわけが無いだろう。以前と変わらず酒場で歌を披露することはあれど、女性からの断りを入れるようになったのだ。
「明後日、戦歌隊も模擬戦に参加しないといけないから絶対遅刻するなよ」
書類に目を通し、筆を滑らせながらサンソンはギドゥロに言う。ギドゥロはじゃあ今日は酒が飲めるな、などと呑気なことを言うもので「あんたはいつも飲んでるだろうが! 」と怒号が飛んできたのは言うまでもなかった。
──しかし事件は訪れる。
黒衣森 北部森林。
実技試験当日、雨が降っていた。が、天気の悪い中での実践も必要と判断した為、決行された。
ギドゥロは不機嫌だった。ただでさえ仕事をさせられる上に雨の中だ。せっかくセットした髪が崩れることを気にしていた。
「気を引き締めろ」
隊長として喝を入れるサンソン。ギドゥロも仕方なしとばかりに舌打ちするが雨音でかき消されたのかサンソンには聞こえていなかったようだ。
号令と同時に2チームに別れた双蛇党員たちは模擬戦用の槍と弓矢を構えて各々木々に隠れながら相手チームを探り、攻撃を入れる。
雨で濡れた木の葉と土で足場はとても悪い。下手したら滑りそうな状態だ。
「チッ……」
ギドゥロは模擬戦用の矢(矢の先が刺さらないようにしてある)を構えつつ実践に参加していた。
木々に隠れながら相手チームの気配を探る。
サンソンも離れた場所から様子を伺っていた。
サンソンに目配せをする。サンソンも気づいたのかこちらを見るなり、「俺が行くから支援しろ」と合図を配った。ギドゥロは小さく頷くとサンソンが前に出ると同時に弓を引いた。
サンソンが相手チームに槍を構え、突進する。それを支援するように詩を歌い、弓を引いた。
サンソンに気を引かれた相手チームはギドゥロの矢に当たり、「うっ」と小さくうめいた。
ギドゥロは次の矢を取り出そうと矢筒に手を伸ばした瞬間、獣の呻く声がすぐ側で聞こえた。
ギドゥロを覆う影。それは北部森林に住まう、Bモブことフェクダが立ち上がりこちらに手を振りかざしていた。
「げっ」
ギドゥロは訓練用ではなく、通常の矢に手を伸ばしたが間に合わず、大きな獣の前足で頭を大木に打ち付けられ、脳震盪を起こし、目の前が真っ暗になった。
一方、サンソンは獣の声に反応し、振り向く。フェクダが暴れているのを見つけ、「先にあっちだ! 」と中止を求め、フェクダの討伐に数人で向かった。
「ギドゥロ! 」
フェクダの前には倒れているギドゥロがおり、サンソンは青ざめた。駆け寄りたい気持ちがあったが、まずはフェクダを討伐しなければこちらの身も危ない。討伐し終えると、すぐさまギドゥロの元へ駆け寄る。
「ギドゥロ、おい、ギドゥロ!! 」
しっかりしろ!と気を失っているギドゥロの肩を揺さぶるが全く反応がない。見かねた他の者が訓練の中止と救護班を呼んだ。
担架に乗せられ運ばれるギドゥロ。サンソンはただただ見送ることしか出来なかった。
──その日の夜、月が真上から照らす頃。ギドゥロの安否を気にしながら仕事に専念していたサンソンの部屋の扉がノックされる。ドアを開けるとそこにはボルセルの姿があった。
「深夜にすまないね」
「ボルセル大牙佐!? 何か不具合でも……」
「ギドゥロくんがやっと目を覚ましたよ」
ギドゥロの意識が戻ったことに安心すると同時にいてもたってもいられないとばかりに慌てて支度するサンソンをボルセルはどこか悩んだ顔で待っていたが、それを口にすることは無かった。
ボルセルに連れられ、幻術士ギルドへ訪れる。穴蔵の奥から涼しい風と炊いた香の香りが漂ってくる。ロウソクで照らされただけの暗い空間だが、神秘的な雰囲気を醸し出すそこは不思議と気持ちを正してくれる。
「お待ちしておりました」
サンソンよりも小さな男性──幻術士ギルドのエ・スミ・ヤンはサンソンを招き入れた。
そしてエ・スミ・ヤンの傍らに座っているのは……
「ギドゥロ、もう大丈夫なのか」
ギドゥロの顔を見ると同時に安堵し、涙が出そうになるのを必死にこらえた。しかし、ギドゥロから返事が返ってこない。いつもならこっちを向くなり軽口でも叩くものだが、どこかぼーっと一点を見つめている。
「ギドゥロ……? 」
サンソンはギドゥロに近づき、しゃがむ。そして目を合わせようとするとやっと気づいたのかギドゥロはサンソンの方を向いた。覇気がないギドゥロにサンソンは不安に駆られる。そしてギドゥロはやっと口を開いた。
「……誰だ? 」
サンソンは頭の中が真っ白になった。そして引きつった顔で「冗談言うなよ」と肩を揺さぶる。
「サンソン大牙士」
「なぁ、ギドゥロ、お前冗談きついぞ」
「…サンソン大牙士」
「嘘つくなよ、俺の事分かるだろ、なぁ、ギドゥロ」
「サンソン大牙士! 」
ボルセルの大声に我にかえる。普段穏やかな彼が大声を出すのは初めてだった。
対してギドゥロはどんなに肩を揺さぶられても抵抗もせず、どこかぼんやりしていた。
「……嘘、だろ……」
「……少し冷静になろう」
サンソンの肩に手を置くボルセル。ん〜…と眠たげにうつらうつらするギドゥロ。
自分が誰だか分からない現実にサンソンはこれは夢だろうと思い込んだ。
悪い夢だ、そうだ……きっと……。
自分のことを忘れているショックのあまり、人前とは言えど自然と涙がこぼれ落ちてしまった。
ボルセルは泣き出してしまったサンソンを連れて1度外へ出た。
ようやく落ち着いたサンソンは再び中へ戻り、エ・スミ・ヤンから説明を聞く。
「お分かりかと思いますが、記憶喪失になっています」
どんなに治療や幻術を試してみても記憶障害だけは治りませんでしたとのこと。サンソンはもちろん、ボルセルのことも忘れていたようだ。
「人が高齢になると物や人の名前を思い出せなくなる状態が酷く顕れています。また自分自身のことも曖昧みたいで……幸い生活する上での支障はなかったのですが、あともう一つ大事なものを忘れているようでして……」
エ・スミ・ヤンはボルセルの方に視線を移す。それを受け取ったボルセルは少し頷くと「彼は詩のことも忘れてしまっていたようでね。弓矢は僕が教えたら何とか感覚を思い出したようだけれど」
サンソンは何も返答しなかった。否、出来なかった。
目の前にいるのはギドゥロなのにギドゥロじゃないように感じた。確かにギドゥロは生きているのに、自分の知っているギドゥロじゃないようで……。自分のことも忘れ、ましてや彼の生きがいでもあった詩すら忘れてしまっている。サンソンは絶望の縁に立たされた気分だった。
「……サンソン大牙士」
「……すみません、理解が追いつかないです」
「そうだよね……とりあえず回復するまでここで診てもらって、一人で生活が出来るようになったら、自宅に……」
「いえ、俺が看ます」
サンソンはボルセルの言葉を遮った。遮ってでもギドゥロの面倒は自分がみると言ったのだ。
「そうか……分かった。でも無理はしないようにね」
エ・スミ・ヤンとボルセルは顔を見合わせ頷いた。とりあえず身体の回復の為、あと数日だけ幻術士ギルドで看るとのこと。
サンソンはエ・スミ・ヤンとボルセルに敬礼をし、家に戻った。
サンソンは戻る途中、唇を噛み締めた。
ギドゥロの「誰だ」という言葉が脳裏から離れてくれない。命に別状がないことに安心したら今度は自分のことを忘れてしまっていたことはとても悲しかった。
再び溢れる涙を袖でゴシゴシと目元を擦り、気を取り戻した。泣いている場合ではない。自分にはやることがある。サンソンは家に戻ると再び仕事に集中した。
数日後、変わらず記憶をなくしているギドゥロを対面にどういう顔をすればいいのか分からず困っているサンソン。それを目にしたギドゥロはただじっと見つめていた。
「とりあえず、お前が記憶を取り戻すまで俺が責任をとって面倒を見る」
サンソンの誓いはかたいものだった。ギドゥロは不思議そうに首を傾げた。
どちらにしろサンソンは非番であるため、家で過ごし、様子を見ることにした。が、彼には彼の仕事があるため、家にいるのに休まらない。書類に向き合うが何か違和感を感じた。サンソンは後ろを向く。
すると何もせずただソファーに座り、窓を見つめているギドゥロがいた。
感じた違和感。いつもならギドゥロがハープで彼の詩を歌っているというのにそれが聞こえない。静寂に包まれた部屋はすごく寂しかった。
「ギドゥロ」
彼の名を呼んだ。するとこちらを見る。
「無理しなくていいからな」
サンソンは笑いかけた。それはギドゥロに言ったが本当は誰に言い聞かせていたのか。
2人きりの部屋の中は、ただただ静かな時が流れ、時計の秒針が刻む音だけが耳に入った。
仕事をしろ、といつもなら言っているというのに、今は自分一人しか頼れないことを苦しく感じた。いつもいつも自分だけ仕事を背負っているのに、いつもと気持ちの持ち方が全然違ったのだ。
食事は今日は各自で、とギドゥロに食料をわけてただひたすら仕事に没頭した。
自分が面倒を見ると言ったのに、現実はギドゥロから目を背けていた。サンソンの心は少しづつ壊れ始めていたが、本人は気づかなかった。
ギドゥロが記憶をなくして、数週間。
本部から呼び出しを受けたサンソンは足取りは重いながらも向かわなければと自分を奮い立たせてていた。
「ギドゥロのことだが──……」
上層部数人に囲まれ、サンソンはギドゥロの記憶喪失のこと、それが数週間経っても改善されないこと。
詩人でありながら詩を歌えないのは致命傷であり、戦歌隊としてどうするのかと詰問された。
サンソンは拳を握り、ひたすら上層部の詰問に耐えていた。
正直自分の方が辛い。夢であった戦歌隊を結成して、順風満帆だと思っていた矢先にギドゥロの負傷、記憶喪失がきたものでやっと立ち直り始めたところにだ。
「歌を歌えなければ捨ててしまえばいい」
その言葉にサンソンは「は? 」と反応してしまった。
「なんだね、その言葉は」
「いえ、それはどういう事か聞かせていただけますか」
「だから、歌を歌えない詩人は無能だということだ」
その言葉にサンソンは怒りに満ちた。唇を強く噛み締める。
まだだ、まだ耐えろ。
「元々あいつは厄介者だったからな、一人なくしても何も支障はないだろう」
「……にしろ」
「は? 」
「いい加減にしろって話ですよ! あいつが、あいつが詩を忘れようとギドゥロ・ディルドネにかわりはないんですよ! あんたたちにとって厄介者なのは知ってる! けどあいつはれっきとした詩人でその才能は確かにあるんだ! 」
今にも飛びかかりそうな勢いで反発するサンソンに周りは止めに入る。怒り任せに言葉を発するサンソンは取り押さえられ、追い出されてしまった。
「……サンソン大牙士、君は休むべきだ」
本部から追い出されたサンソンは話を聞いたボルセルに匿ってもらい、やっと落ち着いた。
サンソンは何も言わない。自分が冷静に対応できなかった後悔と上層部からのギドゥロを切ればいいという発言への怒りで自我を無くしかけていたからだ。
「キミは感情的に動いてしまうことが度々あるね。でも僕は悪くないとは思うよ。自分の意見をきちんと前に出すことは必要だ。だけど今回ばかりは私情も入ってしまったのはいけなかったね」
「……すみません……」
一言謝ったサンソンは「俺は……」と切り出すも中々言葉を出し切らない様子。しばらくしてやっと話し出すサンソンにボルセルは耳を傾ける。
「……うん、ゆっくりでいいさ、君の言葉を聞きたいよ」
「……俺は、嫌なんです……」
俯いて、声をふるわせるサンソンがゆっくり話すのを待った。
「ギドゥロが……俺の事をわすれてしまっているのも、好きだった詩を歌えないことも、あいつの歌声が聞こえないのも、戦歌隊以前に、あいつに背中を任せられないのも、全部、全部嫌なんです……」
ボロボロと大きな雫が目から落ちる。鼻をすすり、静かに泣き出した。
「……そうだね、僕もキミの立場だったら耐えられない。キミとギドゥロくんの関係は上は知らないはずだけど、きっと今回の件で察されてしまったかもしれない」
「……」
サンソンはそうだよなぁと心の中で呟いた。
ボルセルはコーヒーをいれ、サンソンに差し出した。
「僕から戦歌隊は解散しないようにどうにかして動くから安心してほしい」
「……すみません」
ただただ恥ずかしい思いと悔しい気持ちで押しつぶされそうになった。ボルセルの淹れてくれたコーヒーを一口すするとじんわりと温もりが広がり少し落ち着いてきた。
「僕もね、もう亡くなった祖母が僕のことを忘れてしまったことがあったんだけど、年齢も年齢だし、いたし方ないとは割り切っていたけれども、それでもどこか寂しさを覚えたよ」
ボルセルもコーヒーをすする。一息つくと、また語り出した。
「でも、僕と祖母の件とは違う。祖母は加齢によるものだからいつか、その時が来るとはわかっていたけれど、ギドゥロくんのはあまりに突然過ぎて、しかもサンソン大牙士……いや、今はプライベートなことだからサンソンくんで失礼するね」
「あ、はい……」
「サンソンくんにとって大事な人であるギドゥロくんに自分を忘れられたことがどれほど大きな傷であるかは僕は想像でしか出来ないけれど、たぶん想像よりも遥かにとても辛いことだけは分かるよ」
「……急に別人になってしまったみたいで怖かったんです。生きていてくれて安心した気持ちと、俺を忘れてしまった悲しさとか色々押しつぶされそうになって、それでごまかすようにろくに寝ることも出来ずずっと仕事ばかりしてました」
「目のクマがとても酷いからそうだろうと思ったよ」
ボルセルはもう一口啜る。サンソンも熱いコーヒーを飲み進める。とてもいい香りが鼻を通る。飲み干すと「ありがとうございます」とカップを置いた。
「ギドゥロくんの様子はあれからどうだい」
「回復はしました……けど、やはり俺のことも忘れてて、初めましてからやり直して認知はしてくれてるみたいですけど、やっぱりあいつの歌が聞こえないのは……」
「そうか……」
ボルセルは考えた。そして閃いたように「よし」と言うとパアっと明るい顔で
「1週間休暇を取りなさい」
ととんでもないことを言い出したのだ。
「え……ええっ!!?? 」
「どうせ有給消化してないのだろう? ついでに使ってしまえばいいよ」
「そ、そんな急に! 」
「まあ有給は半分使って、あとは僕がどうにかするからさ、羽を伸ばしてきたらいいよ」
「え、いや、俺まだ仕事が……」
「サンソンくん」
ボルセルはにこっと笑いかける。逆にその笑みに含まれた意味を感じてどこか怖い印象を受ける。
「大丈夫、冒険者くんもきっと同じことを言うさ」
だからギドゥロくんと共にまた旅をしてきなさい、と言ったのだった。
「支度しろ」
帰ってきて早々、珍しく読書をするギドゥロにサンソンはたったそれだけを告げた。
「は? 」
「旅に出る」
「誰が」
「俺とお前と」
「なんで」
なんで、と言われてもそれもそうだ。中身がない突然すぎる言葉にギドゥロも混乱している。サンソンは理由も答えず自分の支度をし始めた。
なんなんだ、あいつは……とため息まじりにギドゥロはサンソンの方を見つめる。
あれから記憶が戻ったかと言うとほぼ思い出せていない。
自分はギドゥロ・ディルドネという名前であること、吟遊詩人であると見舞いにきたジェアンテルから聞いた。またジェアンテルが教えたという詩も聞かされたが全く記憶になかった。ただ、どこか懐かしいと思う気持ちはあった。ジェアンテルの弾く曲は心地のいいものだったからだ。
「ワシのことも思い出さんか……」
「すまねえが、全くもって覚えてねえんだ」
自分のことも過去のこともすっぽり忘れてしまったギドゥロにジェアンテルは悲しそうな顔を浮かべる。師弟関係である以上、息子のように可愛がってきたからこそ、悲しいと思った。
ジェアンテルから聞かされた終焉の戦歌を求めて自分とサンソン、もう一人と旅をしたことを話された。あの口うるさい男と長くいれたものだとギドゥロは感心したが、恐らく間に入ってくれた男のおかげだろうと、自分でも分かった。
「俺とサンソンってやつはただの上司と部下だったんだろう」
と乾いた笑いを浮かべるとジェアンテルは目を丸くした。どうした、その反応はとギドゥロがまじまじと見つめるとジェアンテルは聞き返した。
「それはサンソンが言っておったのか」
「あぁ、そうだが」
ギドゥロからの返答にうむ……と考え込んだ。しばらく間が空いたが、ジェアンテルはまあ良いと一人で納得していた。
「そのうち思い出してくれ。ワシもお前に忘れられたままくたばるのは嫌じゃからの」
ジェアンテルは笑ってごまかしたがギドゥロはモヤモヤした気持ちで去るジェアンテルを見送った。
上司と部下という関係だけでないということだろう。だが友人だったにしろ、何をそんな隠す必要があるのだろうか。
そんな会話が数日前にあった。
サンソンはどこか吹っ切れた顔でいそいそと荷物をまとめる。
ギドゥロは何を持っていけばいいんだかと悩みながらとりあえず必要そうなものだけカバンに詰めた。
「ギドゥロ、弓矢とハープは忘れるなよ」
「……なんでハープまで」
「いいから、絶対忘れるなよ」
サンソンが念押してくるためギドゥロは荷物にハープも入れた。ただ荷物になるだけなのによと愚痴をこぼしたが。
ハープをサンソンは大事にしていた。サンソンが使うのかと思えば、どうやら自分が使っていたようだ。弓矢は何となく武器だから自然と思い出したが、ハープの弾き方だけは思い出せなかった。
指を滑らせ弦を弾く。綺麗な音が耳に届く。どこか心地いい気持ちにはなった。
サンソンはギドゥロを引き連れ、飛空挺で北へ向かった。向かった先はイシュガルド下層。グリダニアの暖かな空気から一転し、氷点下の寒空に包まれた。寒さで思わず身震いする。
旅をするとは言っていたが、まさか雪国に連れてこられるとは思わなかった。
「寒い!!!! 」
ギドゥロは思わず声を上げる。防寒具を持ってきててよかったと安心する。というかサンソンから渡されたんだがどういうことだ。
「好きにしていいからな」
サンソンは「忘れられた騎士亭」という宿屋にチェックインし、荷物を広げると早速ベッドに寝転んだ。だいぶボロボロの宿屋だが、宿無しよりはマシだろう。ギドゥロも同じようにベッドに転がる。
男2人がダブルベッドに寝るなど、なかなかの光景だが、ツインがないならいたし方ない。サンソンの方を見ると既に寝ていた。ここ最近まともに寝ていなかったからだろう。ギドゥロはふと目の下の隈に指先で触れた。触っても起きる気配のないサンソン。ギドゥロは安眠をとるサンソンに言い難い気持ちが溢れていた。
世話焼きで短気で仕事熱心なこの男は時折悲しそうな顔をするのだ。俺は記憶をなくしているらしい。だけど、思い出せるものは何も無い。
それでも、自分がギドゥロという者であること、目の前の世話焼き男のサンソンはきっと何か深い縁があったのだろうとは薄々勘づいている。
でもそれの名前は分からない。
小さく寝息をたてたサンソンを起こさぬように部屋を出た。
薄灰色の空から静かに白い結晶が落ちてくる。
はぁ、と吐く息はとても白い。
ギドゥロは、考えていた。
何故サンソンがわざわざ寒い地域、イシュガルドに連れてきたのかを。
可能性としては過去の自分はここに来た、と。だが目の前の石造りのそびえ立つ建物を見ても何も思い出すことはなかった。
「あら、ギドゥロじゃない」
ギドゥロ。そう、自分の名前を呼ばれ振り向くと金色の髪を緩く巻いた女性がこちらに近づいてくる。
「だいぶ久しぶりね、元気だったかしら」
馴れ馴れしく話しかけてくる女性に困惑の顔を隠せないギドゥロ。だが、女性は全く気にする様子もなく、ギドゥロを半ば強制的にどこかへ連れていく。
「あなたの詩をまた聞かせて欲しいわ」
──詩……サンソンもジェアンテルという爺さんも目の前の女も俺が詩を歌っていたと皆口を揃えて言う。
その瞬間、ズキッとこめかみが痛んだがほんの一瞬だった為、すぐ忘れてしまった。
女性に連れてこられた先は酒場だった。
昼間だというのに、だいぶ賑やかだった。ギドゥロはゆっくり足を踏み入れ、辺りを見回す。すると店主らしいエレゼン族の男に「ギドゥロじゃねえか!」と呼ばれる。
「ギドゥロ! 」「ギドゥロ、来てくれたのね」
とその場にいた皆がギドゥロに注目し、歓声が湧き上がる。
ギドゥロはキョトンとしていると先程の女性に手を引かれ、輪に混ざることになった。
ギターで明るくテンポのいい演奏を奏で、みんなで盛り上がり、酒を飲む。ギドゥロも辛気臭い所よりも明るく賑やかな場所の方が似合うな、とだんだん馴染んでいった。
記憶はなくとも歌は世界共通で、楽しい気分にさせてくれる。店主に勧められた酒を飲むと、心地いい気分になった。好きな味だったからだ。
「ねえギドゥロ、あなたも歌って」
ギドゥロの隣に座っていた茶髪のショートヘアの女性が言う。みんなが「お、いいな!」と拍手をしたり口笛を吹いたりと期待で高まる。
ギドゥロはどう応えればいいのか分からず、「すまないが、喉の調子が悪いんだ」と言い、誤魔化した。一瞬シーンと急に静まり返った場の雰囲気にギドゥロは居心地が悪くなった。「歌を忘れた」などとは言えるわけが無い。だが窮地を逃れるにはそれを言い訳にするしかなかった。
「ま、そういう日もあるよな! 」
店主はガハハと笑って場を和ませる。皆もそれに釣られて「そうそう! 」「また今度聞かせろよな」などと言って、また酒を飲み始め、賑わいを取り戻す。ギドゥロも酒を飲まされ、だんだん酔いがまわっていった。
数時間後にはギドゥロもベロンベロンではないが、ぼーっとするくらいには酔っていた。いつもなら制御出来るはずなのだが、つい場の雰囲気にのまれてしまった。
すると最初に声をかけてきた金髪の女性がギドゥロの手を取る。
「ここを抜けましょ」
しーっと静寂を促すように指を口元にあてて、イタズラに笑みを浮かべた。
ギドゥロは単に風に当たるだけだろう、と何も考えずにまた連れていかれた。
少し暑かった中から外へ出ると吹雪ですっかり酔いが覚めた。女性はギドゥロの手を握り、指を絡めた。
女性は急にこちらを向くと「少ししゃがんで」といい、言われた通りしゃがむと
ちゅ
唇に柔らかいものが触れた気がした。いや、ゆっくりと女性が離れ、頬を赤らめた顔がハッキリと見えた。
「ねえギドゥロ、私を買ってくれない? 」
ギドゥロは理解が追いつかなかった。今、自分は目の前の女性にキスをされた。買う、とはと考えていると、「あなたずっと調子が悪いの? 」と首を傾げ、ギドゥロの反応が薄いことに疑問を持つが、すぐに微笑み「まあいいわ。寒いからあちらに行きましょう」と連れていかれたのはサンソンがとった宿よりも綺麗な宿だった(ギドゥロは気付いていないが、短時間だけとれる大人の部屋というやつだ)それからギドゥロの記憶は曖昧で、急にベッドに寝かされたと思えば、服を脱がされた。女性も服を脱いで裸になっていたような気がする。それから全身を触られ──事細かなことは覚えていないが、酔った中でも快楽に溺れていたことだけは覚えている。女性がすべてリードしてくれギドゥロは身を委ねるばかりだった。
しばらく性欲というものを発散していなかった為、気づいたら裸で2人で寝ていた。
目が覚めるとだいぶ夜が更けていた。ギドゥロは我に返る。そういえばサンソンを宿に残していたのだった。そろそろ戻らないと心配するだろうと脱がされた服を着直し、「買う」という意味が分からなかったがある程度のお金(本人は部屋料金)を置いていった。
雪は止み、月が真上から照らしていた。だいぶ遅い時間ゆえ、街も静まり返っていた。サンソンと泊まっていた宿に戻るとカウンターには人がおり、チェックインさせてもらった。「お連れ様がだいぶ探していましたよ」と一言貰いながら。
部屋に入るとサンソンがドアに背中を向けてベッドに腰掛けていた。ギドゥロはサンソンに近づき、「サンソン」と声をかけながら肩に手を置くと勢いよく振り向かれ、「どこいってやがった!!
」と近所迷惑になるくらい大声で怒鳴り散らしてきたのだ。ギドゥロもその勢いに押され、思わず数歩下がる。
よく見るとサンソンは顔もだが、目も真っ赤に腫らしていた。よく見たら涙の乾いた跡も見える。
「あんたは……! 」
サンソンは立ち上がりギドゥロにズカズカと近づいてくる。ギドゥロも下がるが、ドアに背中をぶつけた。そして胸ぐらを捕まれ、殴られるかと思い、目を瞑ると、胸に何か当たった。
片目をゆっくり開けると、サンソンが頭をギドゥロの胸板に擦り付けていたのだ。
「……あんたはいつもいつもどこかいなくなって……」
涙ぐんた声で一言。サンソンは本気で心配していたのだ。
「……香水の匂いがする」
その声は一層低い声で、ギロリと下から見上げた。本来ならば上目遣いで可愛いものであるが、今は完全に鬼の形相だ。
「お前どこに行っていた」
胸ぐらを掴んでいた手により力が入る。ギドゥロはその圧に思わず声が出なくなった。
「あ…えと……だな……」
「…………」
じっと睨むサンソンの視線がすごく痛かった。絆されたとはいえ、女と交わったのは事実だ。
そしてギドゥロは気づく。サンソンは何故こんなに怒っているのか。
「……なぁサンソン」
「あ? 」
「……なんでそんなに怒っているんだ」
「……そりゃ、お前が俺以外と……」
「……? 」
ギドゥロの疑問にサンソンは答えようとするが、怒りは消え声が細くなっていく。今度は黙り込んでしまった。
「サンソン? 」
「……俺は、お前の恋人だからだよ」
やっと口を開いたかと思えばギドゥロにとって衝撃的な言葉を発したのだった。
「こい、びと……?お前が?俺と?」
「…………」
嘘だろ、とだんだんと青ざめていくギドゥロにサンソンは耳まで真っ赤になっていたが、青冷め引きつった笑いを浮かべるギドゥロの反応を見るやいなや赤みは消えていった。
「男同士だろ」
「……」
「お前なんかと? 」
「……」
「冗談じゃねぇぞ」
「……っ」
ギドゥロの言葉にサンソンは思わずギドゥロを退けて今度はサンソンが部屋から出ていってしまった。
サンソンと恋人?男同士だぞ? しかも口うるさくて可愛げもないやつを。正直、今日手ほどきしてくれた女性の方が愛らしさを感じた。
そんな事を考えていると1枚の紙がひらりと足元に落ちてくる。
それを拾い上げると、そこには
「早く思い出して」
と走り書きされていた。ギドゥロは目を上げると、机に開きっぱなしで置いてあった1冊の手帳が目に入った。それに近づくと手に取り、ふと思えばいつも何かしらメモをしていたな、と最近のサンソンを思い出しつつ最初からページをめくる。
軍組織、双蛇党について事細かく書かれており、次にルールや日課、仕事など細かくメモをしてあった。
そしてあるページから戦歌について書いてあった。それと同時にギドゥロについての悪口も書いてあった。
お前、愚痴なんか書くなよ、と思っていたが次のページにはギドゥロの歌は上手い、綺麗な声をしている。などと褒めていることも書かれていた。
それからイシュガルドに来たこと、ドラヴァニア雲海へ行ったこと、終焉の戦歌を新たに作り出すことを書いてあった。
それを読み進める度にギドゥロの頭の痛みは増していった。
何かを忘れている。記憶を、忘れていると指摘されていた。
──……何かを思い出しそうだ。
ズキズキと痛む頭を抑えながらギドゥロはページを読み進めた。
『ギドゥロが好きだ』
『ギドゥロに好きだと伝えられた。純粋に嬉しかった。でも俺は返事が出来なかった』
『ギドゥロは2人きりになるといつも詩を歌う。しかもラブソングをだ。でも悪い気はしないのは不思議だ』
『ギドゥロに返事をした。俺もお前のことが好きだと。仕事に影響しないようにしないと』
『俺は今仕事で忙しいが、ギドゥロの演奏でやる気が出る。あと癒しの効果もあるのか、ストレスが減った気がする。仕事はしてほしいが』
などとギドゥロへの好意を認めていたのだ。
そしてあるページに差し掛かると、
『ギドゥロが記憶をなくした』
『ギドゥロは俺のことが分からないらしい』
『ギドゥロには俺が恋人だと伝えていない。嫌われたくないからだ』
『寂しい』
『早く』
『早く思い出してくれ』
ギドゥロはふと月を見上げた。そして、自然と涙が溢れ出た。
そうだ……思い出した。俺は──……
ギドゥロは手帳を置き、サンソンを追いかけた。
一方、サンソンは勢いのままに外に出てしまった為、ろくに武器も持たず、立ちすくんでいた。
イシュガルドからクルザス中央高地へ出てきた。
「げっ」
出てきた矢先に赤い翼「ロック」が目の前に出現したのだ。武器を持たない状態で敵視を取ってしまい、逃げ出すサンソン。しかし慣れない雪に足を取られ、捻ってしまった。
「くそっ……! 」
ロックはサンソンへ飛び向かう。
咄嗟に目を瞑って顔を腕で覆い、耐えた。
その時だ。
風を切る複数の音。トトトトと軽い音はロックに刺さる。ロックは悲鳴をあげた。
サンソンは目をゆっくりあけた。ロックに刺さる矢の数々。
そして聞こえてきたメロディーにハッと我に返り音のした方へ向く。
「ったく、無粋だな、俺も! 」
「……ギドゥロ……! 」
そこには弓矢を構え、ロックに向かって射るギドゥロが立っていた。
「悪ぃなサンソン、話はひとまずこいつを倒してからな!」
サンソンは助けにきてくれたことと明らかに元通りになったギドゥロに思わず涙が溢れた。
「ばかやろう……! 」
「へっ、可愛げねえヤツ! 」
ギドゥロ1人でもなんとか倒しきった。サンソンは立ち上がろうとするが、捻挫したせいかフラついていた。
「ギドゥロ」
「お前大丈夫かよ」
「……思い出したんだよな」
サンソンはギドゥロに肩を貸してもらい、なんとか立ち上がる。
「……あぁ、悪かった」
「良かった……いや、良くないことは沢山あったけどな! 」
「いやあれは不可抗力つか酔ってたから」
「お前それ同意の元で女のところ行ったってことか!? 」
「ちげえよ、そういうつもりじゃなかったんだよ! 」
「嘘つけ!」
などといつも通りの口喧嘩を始めたが、だんだん笑いが出てきて2人とも腹を抱えて笑いだした。
後日、1週間の休暇を貰ったが3日も経たず、2人して職場に復帰した。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、なんとかなったみたいで良かったよ」
上層部へ取り合ってくれたボルセルへ挨拶に向かった2人。サンソンは深々と頭を下げるが、ギドゥロはヘラヘラと笑っていた為、サンソンが無理やり頭を下げさせた。それに対してボルセルはいいよいいよと頭を上げさせた。
「とりあえずまた仕事頑張ってね」
「へーい……」
「お前も少しは手伝えよ」
一礼して仕事に戻る2人をヒラヒラと手を振り見送ったボルセルはふふっと笑った。見送ったあと、「首の赤(あと)見えてるよって教えればよかったかな」と思ったが、まあいいかとなった。
「忘歌鳥─カナリア─」
以下余談
「金糸雀」という童謡があります。
カナリアの雄は恋の季節、春になると美しい声で歌い、雌を引き付けます。しかし、夫婦関係になると歌を忘れてしまいます。
ギドゥロはサンソンと付き合った事で1度詩を忘れることと掛けて書きました。
また、童謡の金糸雀の歌詞を見ると、解釈によっては上手く歌えない日もあるんだからぞんざいな扱いをしなさんなという意味もあるようです。