ソリューションナインの傍らににあるアルカディア。そこで1人の少女がトレーニングに励んでいた。金髪に褐色の少女、彼女はハニー・B・ラブリー。ライトヘビー級の闘士である。
はぁ、と一息つき、休憩をとる。それと同時に自動ドアが開いた。
「いた! 」
「げっ」
ドアから笑顔で駆け寄ってくる相手に思わず変な声を出してしまった。かつてアルカディアで生身のままで挑んできたノアである。生身のままであることにハンデが必要であろうと8人で対戦してきたのだが。
「Bちゃんやっほー」
「な、なによ……」
今この女は年相応の女の子らしいあどけない表情でハニーBを見ているが、最初にリング上で対峙した時は人が変わったように険しい顔をしていたのを今でも覚えている。しかも「私が相手だぁ!」などと声を荒らげ、体のサイズより大きな大剣を手に視線を取ったのだ。幾度も戦った相手の中でも1番恐ろしい相手だと思った。羊の皮を被った狼、というのが正しいだろう。ハニーBはそれを思い出しつつ目の前に立つノアと見比べゾクゾクと体を震わせた。
「今日も可愛い推しに会いに来たんだ〜」
「へ、へぇ…まあ今はプライベートだからサービスなんてしないけれど」
そんなハニーBのことなどかまわず笑顔を振りまくノア。
「Bちゃんなんか具合悪い?無理してない? 」
「別に調子は変わらずよ」
どうやらノアはハニーBのファンらしい。度々自分の元に訪れては好き好きと伝えてくる。最初は嘘だろと不信だったが、あまりにも回数が多いので本気なのだろうかとだんだん信じるようになってきた。冷たい態度で突き放そうとしても寄ってくるノアにハニーBは小さく舌打ちした。本当にこいつはなんなんだ……とさえ思う。
「って、アンタ唇切れてるじゃない」
「え? 」
ふと目に入ったのはノアの下唇だ。流血こそしてないが薄い皮が割れている。
「あ、そういえばそうだった」
「全く……こっちに来なさい」
連れていかれたのは休憩室であろう。ノアは椅子に座って待っていると、ハニーBは黄色いポーチを持ってきた。
「アンタも女子なんだからそこは気にかけなさいよ」
「いやぁ〜…もう身体中ボロボロだから今更だよ〜…」
自虐的に笑うノアにハニーBは苛立ちを顕にした。
「は?だから何?関係ないでしょ。それにアンタ……」
ハニーBは次に出そうとした無意識な言葉に困惑した。
"可愛いんだから"
その一言を言おうとした自分が恥ずかしくて褐色の肌を更に赤らめる。
「Bちゃん……? 」
固まっているハニーBに目の前でおーいと手を振って様子をうかがう。ハニーBはハッと我に返り、咳払いをする。なんでもないわよ、とつっけんどんに言うと自分が愛用しているリップクリームの新品をあけた。
「え、それ新しいやつじゃないの? 」
「別にいいわよ。そんな高いものじゃないし」
本当はすごくいいもので、そんなに安いとは言えないが、プライドを傷つけたくないため差し出した。
「あ、ありがとう……」
「いい?ちゃんと毎日つけなさいよ」
ノアはハニーBから貰ったリップクリームをまじまじと見つめてとても嬉しそうに笑った。
本当にそういうところは可愛いんだけれどね、と内心思ったが、決して口には出さない。なぜなら私がいちばん可愛いから、だ。
「まあ、仮にも客人だから何も出さないのもあれだから……エナジードリンクでいいわね」
半ば誤魔化すように立ち上がりエナジードリンクを取りに行く。ノアは「別にいいのに」と言っていたが、ハニーBの内心は落ち着かなかった。
あの試合から数日たった。1戦かぎりだったが、あの赤い目が自分を睨みつけ、血肉に飢えた獣のように雄叫びをあげる。歯をむき出して噛み付く勢いで武器を振るう。普段はあどけない少女の顔をしているのだ。
──あぁ、もう一度見たい。地に這わせたい。苦痛を与えてもがき苦しむ様を見たい。
ハニーBは加虐心に体を震わせると首を振り、冷静さを取り戻した。いけないいけない。私は甘い蜜蜂ハニー・B・ラブリー。可愛くいないと。
我にかえったハニーBはエナジードリンク2本をもってノアの元へ戻る。
そしてプルタブを開け、ごくごくと飲み干す。
「ねえ」
「ん?なぁに」
ぷはーと美味しそうな顔で飲んでいるノアにハニーBは声をかける。
「アンタ、なんの疑いもなく飲んだわよね」
「え? うん」
「それ、毒入ってるわよ」
ハニーBの衝撃の一言にノアは固まった。そして空になった缶を地面に落とした。えっ、えっと顔を真っ青にしてハニーBを見つめるノア。それを横目にハニーBは気にすることなくごくごく飲む。
「え、え……?? 」
ノアの顔は困惑しつつも赤くなったり青くなったり忙しい。平常心を保てない様子に笑いが込み上げてくる。
「な、なんの毒……?私死ぬの?」
ついには涙を浮かべる。たった一言で動揺しているノアの様子がおかしくてたまらない。
「さぁ? そうやって何も考えずに口にするの、良くないわよ」
そもそも毒なんて入れてないしと一言添えるとハニーBは空の缶を2つ手に取ってトレーニングに戻っていった。
「え? 」
嘘だと気づいたあと顔を真っ赤にして「Bちゃん!!」と叫んだのは少し後の話。
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