「あんた知ってたの? 」
「あえっ、な、なにが!? 」
ほんの数秒前、筋トレ中のブラックキャットことヤーナの元に鬼の形相でズカズカと近づいてきたハニー・B。危うくダンベルを落としかけた。ハニー・Bのオッドアイがヤーナを射抜く。突然過ぎてなんの事だかさっぱり分からなかった。
「あの子のこと気に待ってるじゃん! 」
さらに片手で顎を掴んで逃がさんとばかりに力を込めるハニー・B。「いはいいはい(痛い痛い)」とギブを出すヤーナ。
「……あの子の傷のこと」
手を話したと思えばすとんと隣に座る。対してヤーナな涙目になりながら顎の骨とか歯茎がジンジンと痛み、手でさする。「傷?」と聞き返したがその瞬間、以前塗って欲しいと言われた薬を渡され、背中を見せてもらった際色々聞いたことを思い出した。
「まあ、セコンドだし、薬ぬってって頼まれたし」
と答えるがハニー・Bからの返答も反応もない。ふと横を見ると見るからに肩を落としていた。なにかあったようだ。
そういえば最近ノアを見ない。彼女はあくまでここの住民ではなく、冒険者を生業としているようで、色んな所へ出向く話も聞いた。アルカディアに参戦したのも元々はメテムの誘いからだったしな、と思い返していた。
「……私何も知らなかったの」
「あ〜…とりあえず場所変えっか。ここで話すのもあれだろ? 」
いつも明るく自分は可愛いと振る舞うハニー・Bの元気がないのはさすがにヤーナ自身も気の毒になっていた。ハニー・Bの背中を叩き、トレーニングルームを出てた後ハニー・Bが着いてくるのを確認し、人気のない所へ向った。

ベンチに腰掛け、ハニー・Bが話し出すのを待つ。
「私あの子を襲ったの」
口を開いたかと思えば衝撃的な一言目に思わず驚き、むせ込む。そんなヤーナを無視して話続ける。
「あれは仕方ないことよ。あの子が媚薬なんて飲むから……でもそうでもしないとあの空間から出られなかった。だから感謝はしてるんだけどね」
(どういう状況なんだ……)
ヤーナはもしかして噂に聞く裏アルカディア……??などと頭の片隅で考えていた。
そんなことがあったのか……と何も聞いていないヤーナな心の底で「ノアよかったな」などと言葉を贈った。良くない状況ではあったようだが。
「その時初めて知ったの。あの子の左腕が無いこと、深い傷も、私はあの子の何も知らないって。初めて思ったの。私はあの子が好きだって。前に見かけたあの子の仲間と楽しそうに話してる顔も、あの子に傷をつけた奴らのことも憎くて憎くて堪らない」
ハニー・Bは手をワナワナと震わせる。無自覚ながら好意を抱いてるのは目に見えていた。だが、思っていた以上に嫉妬をしていたらしい。怒りのオーラが見えるほどに。
「何も知らないことに腹が立ってきたわ。だからあなたも何か知っていたら教えて。まあ1回絞めあげないと気が済まないけれど」
「なんでだよ理不尽かよ! 」
こっちはこっちで両方から惚気やら惚気という名の愚痴やら聞かされて大変なのになんで絞めあげられないといけないんだ!
「は〜……ったく、あくまで聞いた話だけどさ」
ヤーナは会話を思い出し、語り始めた。


「ヤーナ、お願いがあるんだけど」
「どうした? 」
「背中に薬塗って欲しいの」
ノアの突然の願いにヤーナは快く受け入れた。別にそのくらいお安い御用だよと。
ノアは「ごめんね、変なもの見せちゃうけど」と断りを入れ、上を脱いでいく。彼女の言う変なものとはなんだろうかと首を傾げているとそれはすぐに分かった。
顕になってすぐ目に入ったのは左腕が機械技師になっていたことだ。
「左手はね、13歳の時に災害にあった時、岩の下敷きになっちゃってね、左腕はもう壊死し始めていたから全部取っちゃった」
それだけじゃない、全身大小問わず傷跡だらけだった。何より1番大きかったのは脇腹を大きく裂くいたような痕だった。しかも他のに比べるとだいぶ日が浅く、赤黒く変色している。
「……大変、だったんだな……」
かける言葉が見つからない。まだ自分と変わらない歳の女の子であるというのに、身体がボロボロだった。自分もリングに立ち始めてから日は浅いが、多少なりとも傷はつけるがそこまで酷くは無い。
ノアという人物の人生がどういうものだったのか知らないのだ。
「元々ね、弓を武器にしてたんだけど、この有様で、どうにかして戦場に立ちたくて今度はヒーラーにしたの。でも、守りたかった人を守れなかったんだ……」
ノアは目を瞑り、回想する。朱色の空が広がる時刻、英雄を庇い、空色の髪の1人の騎士が耐え果てた。彼女の笑顔を願って。
大切な人を失った悲しみに暮れ、食事が喉を通らない日々もあった。それでも辛さから立ち上がった彼女は義肢を手に入れた。
自分と同じ大きさの大剣を手に取って。
「あれから誰も失いたくない気持ちで前線張ってたなぁ。正直辛かったけど、みんなを守れるならって」
ふふっと笑うノア。ヤーナは無言で薬を塗る。
「あとね、今毛が全部白くなっちゃったけど、元々真っ黒だったんだよね。異世界に飛んで、光を浴びすぎた副作用で全部色が落ちちゃって……」
「綺麗だよ」
「え? 」
「……真っ白な毛も綺麗だよ」
ヤーナはやっと言葉を出せた。彼女は最後に語る。
「それから世界の終末を阻止するために、宇宙の果てまで絶望を追いかけて、大丈夫、こんな姿になっても希望はあるんだよって教えたんだ」
薬を塗り終えるとヤーナは前にまわり、ノアを抱きしめた。ノアは「大丈夫だって、そんな泣きそうな顔をしないでよ」とヤーナを慰めた。「じゃあその傷はなに」と問いかけられ、最果てで見た最後の景色を思い出した。
ノアよりも倍以上背丈があって、朝日を浴びた金色の髪が1番輝いて見えた。
「……ん〜、苦手だったけど嫌いにはなれない人の最後の足掻き、かな」
──彼は「友」と呼んだけれど、私はそれに応えることが出来なかった──
「アンタどれだけ苦しい思いをしたんだ」
「正直言うと、たくさん。たくさん辛い思いをしたけれど、今になって全部悪くなかったなって、思うよ」
ノアはへへと笑う。ヤーナは浮かべた涙をこぼさないように我慢した。ノアは強い。どんなことがあっても挫けず進んで体を張ってきた。
彼女が泣かないなら私が泣く訳にはいかない。
その代わりノアを抱きしめる腕は強くなった。
「強いな……ノアは」
「このくらい根性ないと冒険なんて出来ないからね! 」
ヤーナは誓った。この先、彼女の敵が増えようと、私は彼女の味方でありたい、と。


ハニー・Bにノアの過去を語り追えるとハニー・Bは拳を強く握りしめていた。
「なぁ、ハニー・B。アンタはノアとどうなりたいんだ」
「……どうって」
「私はさ、何よりノアの幸せを願ってるんだ。あくまで、これはノアのセコンドとしてじゃなくて、友人としてだ。アンタはノアからの好意に気づいてるんだろ? 」
ハニー・Bはヤーナに問われ、胸に手を当てる。
「知ってる。でもそれは私がアイドルだからだと思ってる」
「はぁ〜? 」
「な、なによ」
意外な返答にヤーナは頭を抱えた。嘘だろ、と深く大きなため息をつく。
「アンタさぁ〜……その、襲っても抵抗されなかったんだろ? 」
「ま、まあ……そうね」
「むしろアンタを頼ったんじゃないのか? 」
ヤーナの一言にキョトンとした目で見てくる。おいおいコイツ本当に無自覚かよ。
「何はともあれ、本人捕まえてぜーんぶ話せばいいじゃん……」
ヤーナはケラケラとしながら話していたが、ふと視線を前に向ける。ハニー・Bも同じようにヤーナの向いた先に目を向けると、そこにはノアが歩いていた。正しくはウクラマト王と小さな赤い服が良く似合う銀髪の女の子と黄色いフードを被ったさらに小さな女の子を連れて。
ノアは3人と楽しそうに話している。
「……」
呆然と見ていたハニー・Bの顔が歪んでいく。
ヤーナはそれにすぐ気づいた。
(……あーあ、こりゃやべぇかも)
嫉妬に歪んだ顔はアイドルとは思えないほどに酷く醜かった。
(まあ私もノアのあんな楽しそうな顔なんて知らなかったけどな)
心の中でノア、頑張れと応援した。
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