交わした約束

──居住殻9-14
1人の男がしゃがんで何かを撫でる動作をしている。
「かわいいでちゅね〜」
厳つい顔とは裏腹に甘えた裏声で、ミーミーと鳴く猫たちを愛でていた。
「ヘクトール」
男──ヘクトールは名を呼ばれ振り向く。聞きなれた幼馴染の声だと分かっていた。
「おう」
「今日もみんな元気かい」
プラチナブロンドにレモンカラーのメッシュを入れた爽やかなヘイザ・アロ族の青年、レザラはよっと手を挙げ軽く挨拶すると駆け寄りヘクトールの隣にしゃがみこむ。が、猫たちはレザラのことを無視してヘクトールに擦り寄るばかりだ。
「子猫ちゃん、おいで〜」
とチッチッと音を出し気を引こうとするも、無視される。相変わらず懐かれないことに耳と尻尾を垂れさせたレザラの姿を見たヘクトールは笑った。
「お前には別の猫ちゃんがいるからいいじゃねえか」
ヘクトールの言葉にレザラは顔を真っ赤に染めて睨みつける。
「彼女と猫たちは別だ」
そう言い返すとヘクトールは笑った。が、ひとしきり笑ったあと、ため息を1つ漏らした。
「……元気にしてっかなぁ」
「最近姿を見ないね。忙しいのかな」
「ならいいんだけどよ……」
ヘクトールは空を仰ぎ、そして思いを馳せた。



──これは反則王と呼ばれた男がとある少女と交わした約束の話である

◇◇◇

時は遡り約半年前。アルカディアに入ったヘクトール──彼のリング名はブルートボンバーである──がまだライトヘビー級王者になる前のこと。
戦い方に悩んでいたヘクトールは落ち込んだ様子で居住区のベンチに座り込んでいた。
周りは強い、もちろん自分が弱い訳では無い。ただ、アルカディアは観せる闘技場でもある為、キャラ付けが必要となる。
代表的なのはヘビー級闘士であるウィケットサンダー。彼女はエレクトロープと雷属性を使い、変幻自在なプレイスタイルで魅了する姿はまさに魔女だった。
また、幼馴染であるクルーザー級闘士、ハウリングブレードことレザラもフェンリルの魂を入れ、幻影を使ったスタイリッシュなスタイルで試合を魅せていた。
対してヘクトールはまだ自分のプレイスタイルのイメージが湧かず、悩んでいた。
このままでは何も出来ずに終わってしまう。最悪追放の可能性もあることを考え、焦りを覚えていた。頭の中がぐるぐると思考が駆け巡る。いっそのこと辞めてしまおうか、などと憂鬱になっていたその時だ。
「ミー」
小さな猫の鳴き声が聞こえる。ふと足を声の聞こえた足元を見ると、小さな1匹の猫がヘクトールの足に擦り寄っていた。
驚きのあまり目を丸くする。小さな獣は確かに自分に体をこすり付けているのだ。小さく愛くるしい姿にトキメキを抑えられないヘクトールは思わず抱っこしようとした。
「待って」
ふと聞こえた言葉に思わず差し伸べた手を固まらせる。顔を上げると1人のヒューネ族の少女が青ざめた様子でこちらを見ていた。
「…っ、その子に触らないで」
眉間にシワを寄せた少女は急ぎ足で近づき、子猫を抱き上げ、離れた場所でヘクトールを睨みつける。
急な事態にヘクトールは最初は理解が追いつかなかったが、少女に警戒されていることを理解すると思わず呆然と見つめていた。
だが腕の中の猫は少女の中から飛び出し、再びヘクトールの足元へ近付く。そしてまたヘクトールの足に擦り寄ったのだ。
白髪の少女はその様子に空いた口が塞がらないとばかりに固まっていた。
ヘクトールは少女と猫を交互に見ると、猫をそっと優しく抱き上げる。まるで壊れ物を扱うように。
猫はゴロゴロと喉を鳴らし目を閉じていた。ヘクトールに安心しているのだろう。しばらく沈黙が流れたが先に破ったのは少女の方だった。
「……お、おじちゃん猫好き? 」
震えた声でヘクトールに問いかける。ヘクトールは自分がおじちゃんと呼ばれたことに何よりショックだったようで、動揺を隠しきれず震えた声で「お、俺はまだ10代だが」と返答すると少女はえっ!?と大声を出したあとごめんなさい!と謝って頭を下げた。
ヘクトールは自分が老け顔なことは自覚していたが、実際に年上に見られるという事実を突きつけられ、だいぶ心にダメージをおった。だが子供相手なら仕方ないと許した。
少女はさっきは怒鳴ってごめんなさいと謝ったが、ヘクトールはもちろんそれも許した。それから2人は猫を愛でながら話す。
「お兄ちゃんは何をしているの? 」
「えっ、……あー……」
アルカディアの闘士をしている、と語っていいものだろうか。しかも、かなり弱く引退を迷っていることを。だがじっと見つめる少女の視線が熱く、誤魔化すことを許せなかった。
「一応、アルカディアの闘士を、だな」
頭を垂れて話す。自信が無いとばかりに。こんな弱者じゃな、と思っていると少女は「えっ!? 」と大声を出した。
「すごい!お兄ちゃんすごい人なんだね! 」
目を輝かせる、をまさに体現する少女にヘクトールは驚いた。
「私ね、試合を見るのが大好きなの!……でも、お母さんはそれを許してくれない。お父さんが昔魔物に殺されてからお母さんおかしくなっちゃった……。アルカディアの名前すら聞くのも嫌になっちゃったみたいで……」
話を聞くに少女の、父は駆除人だったのだろう。それはそれで辛い思い出を語らせてしまったことに申し訳なく思い、謝ろうとするも、少女はさらに語り出す。
「私は、お父さんが連れてきてくれた頃のアルカディアはよく覚えているよ。特にウィケットサンダー! あのお姉ちゃんの強さはすごくカッコよくて私もあぁなりたいんだ! 」
まるでヲタクのように早口で喋る。その熱意に圧倒されるヘクトール。
「今度お兄ちゃんの試合見に行ってもいい? 」
「えっ」
思わぬ言葉にヘクトールは声がうわずる。自分はウィケットサンダーのような魅力的なプレイをしたことが無い。未だに勝ち上がった試しがないし、実際不人気であった。
「……だめ? 」
まるで子犬のように眉を下げて悲しそうに見つめてくる少女に圧倒されるヘクトールは少し悩んで、打ち明けた。
「……俺はそんな強くない、実際自分のスタイルが見つかってねえんだ」
年下の少女に何を話してるんだと後から後悔する。だがそれを聞いた少女は考えた。
「う〜ん……今他にどんな人がいるの? 」
思わぬ言葉にヘクトールは再びビックリし、現存する闘士を思い出す。
現ヘビー級王者であるウィケットサンダーは少女もよく知っているので割愛。最近クルーザー級に勝ち上がったシュガーライオットはプリンの能力で絵を描きながらそれを具現化する。ダンシング・グリーンという派手な男はトードの魂を取り込み踊らせる。ハニー・B・ラブリーは最近有名になりつつあるアイドルだ。それから幼馴染であるレザラはフェンリルの魂を取り込み、善玉役として活躍している。
ヘクトールのアルカディアの面々の話を聞くと、少女は閃いたようだ。
「なら悪い人になればいいじゃん! 」
「えっ」
「ベビーフェイス(善玉役)がいるなら、ヒール(悪玉役)になっちゃったら? 」
「だが、俺には……」
少女の提案をすぐには受け入れられなかった。何故ならヘクトールはこんな調子で後ろ向きに考えがちだ。悪いことをするというのは罪悪感に苛まれる。
「今のアルカディアにヒールがいないなら、お兄ちゃんがなっちゃえばいいよ!」
「……そう、か」
ヘクトールは困ったように笑った。悪役など考えたこともなかった。だが、少女の言う通り、現在のアルカディアにベビーフェイス(善玉役)はいるのにヒール(悪玉役)がいない。それは全体のバランスとしても崩れてしまう。それに幼馴染であるレザラが相手なら息の合う試合も観せる事が出来るだろう。
「じゃあこの子を人質にしてみてよ」
「えっ」
「私がベビーフェイスやるから! 悪い役の練習! 」
「だが……」
いいからいいから!と子猫を押し付ける。ヘクトールに抱かれた子猫は安心したのかゴロゴロと喉を鳴らし、眠りについた。
「……じゃあ、いくぞ……。 こ、この猫を返して欲しければ俺をやっつけな」
「勢いが足りない! 」
「ぐ……」
少女の厳しい修行にヘクトールは焦ったが、自分のスタイルを見出そうとしてくれている少女に向き合うことにした。

◇◇◇

少女と出会って2週間、ほぼ毎日同じ時間に少女が保護している野良猫たちの集会所でヒール役の指導が入った。が、ヘクトールもだいぶ役慣れしてきたのか、最初のたどたどしい演技からだいぶ熱が入り、役になりきってきた。
「ふははは! 俺様を倒してみろ! 俺様が1番だ! 」
「すごくいいよ! カッコイイ! 」
「そ、そうか? 」
「お兄ちゃんはボムの魂を取り入れることにしたんでしょ? だから爆発させまくって、お薬も飲んじゃってズルするのもいいかも! 」
「なるほどな」
少女のアドバイスを丁寧に聞くヘクトール。少女は自分の事のように嬉しそうだった。
「なぁ」
「ん? なぁに」
「明日、見に来てくれるか」
ヘクトールは自分の試合のチケットを差し出した。それを見ると少女は一瞬考えたが、「うん、もちろん! 」と答える。その返答に安心したのかヘクトールは笑みを零した。その時──……
「やぁ、ここにいたんだね」
爽やかな青年の声が背後から聞こえ、2人は振り向く。そこにはヘクトールの幼馴染であり、ハウリングブレードで名を馳せるレザラの姿があった。2人は見合わせると頷き、
「ふはははよく丸腰でやってきたな! 」
「そんなので私たちにかなうと思うか!?」
と急に悪役を演じ始め、レザラは思わず後ずさる。
「な……急にどうしたんだ」
「ラリアットを喰らえ! 」
「ヒールパーンチ! 」
2人してレザラに(もちろん手加減して)飛びかかる。レザラはその勢いに押された。が、もちろん寸止めの為、レザラに怪我は無い。初めて会う少女と2人して飛びかかられたレザラはなんだか2人が楽しそうで思わず笑いだした。それに続いて2人も笑う。
程なくしてひとしきり笑った3人は落ち着き、レザラと少女は軽く自己紹介を交わす。少女の提案で、ヘクトールが悪玉役になったこととその練習をしていたことを話す。
レザラはヘクトールが悪玉役になることに意外性をもったのか目を丸くするが、ヘクトールが自分のスタイルを決めたことに安堵したようだった。
「ありがとう、キミのおかげでヘクトールの悩みが解決したようで」
「私ウィケットサンダーのファンなの。でも今はヘクトールお兄ちゃん……ブルートボンバーのファンでもあるんだよ」とレザラに語る。その言葉にヘクトールは照れた。レザラは「ハウリングブレードのことも見ててね」としれっと宣伝する。が、少女は「悪役の方がかっこいい」とキッパリ言った。その言葉に肩を落とすレザラに、「この子は俺のファン第1号だからよ」とドヤ顔で言い放ったヘクトールの嬉しそうな顔にレザラは「仕方ないね」と苦笑した。心配していた幼馴染が元気を取り戻したことに安心した。
「明日はさっそくキミの試合だったね」
「あぁ、なんか緊張しちまうが、見に来てくれるってだけで頑張れそうだ」
ヘクトールは肩をまわした後、少女の方を見る。
しかし少女の顔はどこか曇って見えた。具合でも悪いのだろうか。大丈夫か?と心配の声をかけると少女はハッと顔を上げて大丈夫だよと笑いかける。どうやら気のせいだったようだ。その事に安心すると、練習に戻る、とレザラとヘクトールはジムに向かった。
1人残された少女は笑顔で2人を見送ったあと、痛みに顔を歪めた。猫たちが心配そうに見上げてくる。少女は「大丈夫……だから」と痛みに耐えながら猫たちに答えた。

次の日──ブルートボンバーとして新たに名を掲げたヘクトールはドーピングを飲み、暴力的な技で試合を盛り上げた。前を知るメテムも驚きの声を上げた。
ブルートボンバーの人気はうなぎ登りだ。悪役にふさわしい卑劣なやり口がリングに新しい風を巻き起こした。
「どぉりやぁぁ!! 」
彼は人々に爆ぜる悪意と呼ばれることになる。
ヘクトールはチラチラと観客席を見渡す。が、少女の姿は見当たらなかった。いや見つけきれていないだけだろう。きっと見てくれているはず、そう信じて試合を勝ち上がった。

──試合後、彼のファンになったという者たちが出口でヘクトールを待っていた。ヘクトールが出てくると同時に彼を囲むように集まる。
「ファンになったわ」
「すげえなあんた! 」
「今後もおもしれぇ試合見せてくれよ! 」
黄色い歓声を浴び、ヘクトールは自信を持った。そして、口を開く「俺様がライトヘビーの王者になってやるぜ」と意気込みを語れば拍手が湧き上がる。この日からアルカディアはブルートボンバーに注目が集まった。彼の卑劣な策略でこれからも盛り上げてくれるだろうと。
背後から様子を伺っていたレザラはそれを嬉しく思いつつどこか寂しい気持ちも抱えていた。

それから忙しい日々を送っていた。ヘクトールは少女も猫のことをとても気にかけていたが、それを忘れさせるくらい試合やトレーニングに勤しんでいた。
「会いてぇ……」とヘクトールがぼやきをこぼす。それを聞いていたレザラは「明日会いに行こうか」とヘクトールに息抜きも必要だと手を差し伸べた。
その次の日、2人で居住殻に向かった。そこには少女がしゃがんで猫たちに餌をやっていた。
「久しぶりだな」
ヘクトールは少女に声をかける。が、返事がない。不思議に思った2人はさらに近づき、少女の肩を叩く。
「わ!? 」
ビクッと大きく体を震わせ、勢いよく振り向く少女。それに対し2人も驚いた。少女は2人のことをしばらく見ると、やっと理解したのか「お兄ちゃんたち……」と言葉にする。
「しばらく悪かったな……会いに来なくてよ」
「…う、ん。大丈夫、だよ」
「? 本当に大丈夫かい? 」
少女の様子に違和感を覚え、レザラは問いかけるが、大丈夫の一点張りで何かを隠しているようだった。だが、口を割る様子もなく、2人も追求することをやめた。
「知ってるとは思うがお前のおかげで、明日ライトヘビー級王者の決定戦だ。俺もやっとここまでこれるようになったんだぜ」
「おめでとう……ごめんなさい、この前は見に行けなくて」
「母ちゃんに止められでもしたか?」
なら仕方ねえよとフォローする。少女はしばらく間を置いて頷いた。
「……うん、お母さんに、ダメって言われて」
「そっか……」
レザラも残念そうに思った。明日の試合もきっと厳しいだろう。
「じゃあよ、見に来れなくてもよ、俺はぜってぇ勝って、王者になるからよ、心ん中で応援しててくれ」
「うん、わかった! 」
少女は顔を上げて笑う。約束なと拳を突き出す。少女も恐る恐る拳を前に出して軽く合わせた。

ヘビー級王者決定戦は苦戦こそしたものの、ブルートボンバーの優勝が決まった。
「見てるか! 」
マイクを手に取り叫ぶ。その言葉は少女を思い浮かべながら。

──しかし、あれから少女は待ち合わせ場所に現れなくなった。2人は毎日待っていたが、そこにいるのは猫たちのみ。ヘクトールに懐いた猫たちに餌を時々やりながら2人は少女に優勝の報告を直接出来ず半年が過ぎた。

◇◇◇

時は過ぎ、生身の挑戦者が現れた。
生身の挑戦者はブラックキャット、ハニー・B・ラブリーを倒し、遂にブルートボンバーも倒した。そしてライトヘビー級王者に上り詰めた生身の挑戦者は魂の解放を誓う。
また失踪していたはずのウィケットサンダーにより聞かされた闘士たちの魂蝕症を止めるために──……。





──ブルートボンバーは魂を蝕まれ、意識が朦朧としていた。

そしてあの日の約束を、思い出していた。

『俺はぜってぇ勝って、王者になるからよ』
『うん!』

差し出した拳に触れる一回り以上小さな拳、そして自分がここまでこれたきっかけをくれた少女の顔をぼんやりと浮かべながら、ヘクトールはどこからか聞こえる猫の声を聞きながら意識を手放した。






「キミもいってしまうんだね……」

レザラは涙を零した。
あの子は、あの少女は"雲の上に行った"ことを知っていた。
だが、その事実を最後まで打ち明けることはなかった。

それもまたレザラが一人の少女と交わした約束の一つであった。
book / home