かつてブルートボンバーだった、ブルートアボミネーターの死骸の前でヤーナは弱々しく呟いた。
生身の挑戦者はヤーナの方を振り向く。
顔を俯いて今にも泣きそうなヤーナに近付き、しゃがみこむ。
「どうした、言ってみろ」
その言葉にぐっと全身に力を入れ一呼吸置いたあと、ヤーナは真っ直ぐな瞳でヒロシの方を見た。
「今後、魔物の魂は使わない。ネユニと、Bセンパイとの約束だから。だけど、だけど……どうしても私が私じゃなくなって、こいつみたいになったらあんたに倒して欲しい」
男は口を噤んだ。実際、ヤーナも症状は出ている。いつ悪化してもおかしくはない。だからこそのヤーナなりの覚悟なのだろう。ヒロシは考え、顔を上げると口角をあげた。
「ばーか」
笑いながら悪口を叩く。その一言にヤーナは戸惑いと笑われた、と思い拗ねる。
「私は本気で……」
「俺がそんな事にさせない。ヤーナを守る」
大きな男らしい手でヤーナの頭を優しく撫でた。
その温もりにヤーナは目を見開いた。
「今生きている全員守る。俺はその覚悟で次に進んでいるんだ」
今更な話だろ、ヤーナ。そう呟くとヤーナは照れたのかツンとそっぽを向いた。
「……分かったよ、私はあんたが制覇するまで支援するセコンドでいるよ」
不服そうに呟いたヤーナだが、その言葉が嬉しかったのか男は立ち上がり、「頼んだ」と今度は軽く肩を叩いた。
立ちすくんだヤーナは顔を真っ赤に染める。
「……本当は、あんたのセコンドでいたくない」
呟いた言葉は誰の耳にも届かず消えた。
ヤーナは挑戦者のことを好きになっていた。
1人の女性として、彼のことを。
◇◇◇
「やっほ〜黒猫ちゃん久しぶり〜元気してた〜? 」
明るい声がドアから聞こえる。繁忙期を終えたハニー・Bがヤーナの連絡を受け、真っ先に逢いに来てくれた。
「うん、元気……だよ」
「嘘だ〜明らかに"悩みがあるんです〜"って感じじゃん! 」
ヤーナの隣に座るとハニー・Bは顔を覗き込んだ。
「……で? 相談って何?恋バナ? 」
ニヤニヤと笑いかけるハニー・Bの視線を躱すように顔を背ける。無言を貫くヤーナの様子にまさかのビンゴで「えっ」と目を丸くした
「マジ? 」
「……うん」
「相手は? 」
「…………あの人」
あの人、と言われハニー・Bもさすがに察した。そして頭を抱えた。
「マジで? 」
「……私が冗談言うと思う? 」
「いや、黒猫ちゃんは正直の正直すぎてバカ正直なんだけど、マジ〜〜〜〜!? 」
「ちょ……それ悪口じゃないよね!? 」
「一応褒めてる、うん」
そっか〜とハニー・Bはどこか楽しそうだった。
「ふふ、恋バナって楽しいよね」
「……Bセンパイ、恋人いるの? 」
「いないけど。そもそもアタシ、みんなのアイドルだからカレシとか作ったらみーんなに愛されなくなっちゃうし? しばらく特定の誰か〜とかって考えてないけど、黒猫ちゃんにも春が来たんだね〜おめでとう〜」
「あ、ありがとう……? 」
「で、向こうの反応ってどんな感じ? 聞かせて」
彼女たちは未成年、青春真っ盛りなのだろう。恋バナに花を咲かせる、はずだった。
「この前、ブルートボンバーが無理やり複数の魂注入してさ」
「ん?……うん」
「それで、結局ダメだったんだ。あの人が必死に止めようとしたけど、既に手遅れだった」
恋バナのつもりが急に同期の話になり真顔になる。そして聞かされた話にハニー・Bは口を噤んだ。同じライトヘビー級で共に戦った相手が、禁忌を犯したことに。ハニー・Bは、真剣な顔で話を聞く。
「……魂は蝕まれていた。そして、燃え尽きたんだ、あいつは。何も出来なかった。救えた命さえ、私たちが余計なことをしたんじゃないかって」
「そんな事ない」
「……ありがとう……でさ、あの人に言ったんだ。もし私も同じことをした時には殺してでも止めてほしいって」
「……バカ。それはしない約束でしょ」
「うん、だけど、あの人だって対処出来ないかもしれない。その時は私が命を呈してでも止めないといけない。でもその後、私が自我を無くした時は、その時は──……」
「はぁーもう、そういうのいいから」
ハニー・Bはヤーナの言葉を遮るように呆れたと態度を露わにする。頬杖をつき、ヤーナに指を指した。
「でもどうせ、あの子は"そんな事させない"〜とかって言ったんでしょ」
ハニー・Bの指した指に両目が寄るが、図星を突かれ、目を丸くしたまま顔を見る。「そうだけど」と呟くと「でしょうね!あの子は絶対そういう子」
はぁとため息をつくとハニー・Bは「で? 黒猫ちゃんはどうしたいの? 」と問いかける。
「私? 」
「付き合いたいの、付き合いたくないの」
「そりゃ恋人になりたい……今はセコンドという立場であの人の隣に立たせてもらってるけどさ……」
ヤーナのその気持ちを聞くとよし、と立ち上がる。
「そうよ、あの子と幸せになりなさい! 自分が犠牲に、とかもう考えちゃだめ。隣で笑いあって幸せになるのよ」
「Bセンパイ……」
「今の黒猫ちゃんも可愛いけれど、あまりにボーイッシュすぎるから、甘さを足さないとね」
ハニー・Bはヤーナを連れ出した。手を引っ張られ、慌ててついて行くヤーナであった。
◇◇◇
ハニー・Bとの買い物は初めてでは無い。同じ闘士として、階級が異なる姉よりも面倒を見てくれたハニー・Bを尊敬している。アイドルとして忙しい合間をぬって、何度もお出かけに誘ってくれた。
それが今、自分の恋を応援すると張り切って暮れている。
「んー……やっぱこっち! 」
いつもスポーティーな格好しかしないヤーナの為に、女の子らしさを増したコーデを考えてくれている。ただ女の子らしさを足すのではなく、ヤーナの性格と雰囲気に合わせるという絶妙なバランスをハニー・Bは求めていた。
「ふふ、懐かしいなぁ」
「ん? 」
「あなたのお姉ちゃん。レザラちゃんと付き合った当初、どうしようってアタシの所に駆け込んできたものだからビックリしちゃってさ」
「そう……」
「大丈夫だよ、失敗したとかこんなのは違う、とか思わなくてもいいの。黒猫ちゃんは黒猫ちゃんなりにあの人に思いをぶつければいいのよ。アタシがしてるこれはあくまできっかけなんだから」
服を選びながらハニー・Bは語る。さすがアイドルは違うなぁと感心した。だがハニー・B本人に恋人がいないのは何故かと問いかけようとしたがお決まりの「みんなのアイドルだから」という言葉で即答される未来は見えていた。
「見て、このイヤリング可愛い」
ハニー・Bは手に取ったものを見せる。
それはピンクの花をモチーフにしたイヤリングだった。
「可愛い……」
「うん、アクセ増やすのもありかも♪」
ハニー・Bはうきうきとしながら即決し会計を済ませる。小さな袋に包まれたそれをヤーナに渡す。「上手く行きますようにって願掛けも込めてるから」と言われヤーナは少し照れながら受け取る。
「急にスカート履けとか言われても無理でしょ」
「スカート……動きにくいからキライ」
「知ってる〜だから少しずつ可愛いものを増やせばいいんだよ」
ヤーナは素直にハニー・Bの助言を受け取る。そして、「早速つけてみよ」と催促され、イヤリングを耳に付ける。桜の花びらを象ったそれは小さく揺れる。
「うん、可愛い」
「あ、ありがとう……」
「後は今度あの子に会った時に褒められるといいわね」
うふふ、と笑うハニー・Bに対し少し暗い顔をするヤーナだった。
自信が持てないヤーナにとって、小さな変化でさえ不安の元であった。
だが、ハニー・Bを信頼していない訳では無い。
きっと大丈夫、そう自分に言い聞かせた。
◇◇◇
後日、ジム・トライテールに現れたヒロシを見るなり、照れたヤーナはたどたどしく声をかけた。
「ひ、久しぶり」
「おう」
ヒロシはヤーナを見るなり小さな頭を優しく撫でた。ぴくっと体を震わせると大人しく受け入れた。
「ん? ヤーナ」
男はすぐにイヤリングに気づいた。それを指で軽く触れる。
「これ買ったのか」
「う、うん、Bセンパイと一緒に」
「可愛いな。似合ってる」
そう言われた瞬間全身が熱くな顔が真っ赤になった。嬉しいを通り越して恥ずかしい。まさか本当に褒められるなんて!
「に、似合ってる? 」
「あぁ」
「本当に? 」
「可愛い」
たったその一言で舞い上がるくらいには好きになっていた。少女は花が咲いたように笑った。