Phantom pain/ハニ光♀
ハウブレとの戦闘でリミッターが外れた話

ノアはストレスを溜め込みに溜め込んで暴走
幻肢痛はストレスから来るもの(ノアの場合)
フレイは負の感情のもの
二重人格も上記由来


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その日は雨だった。
ノアは木の下で雨宿りをしながら灰色の空を見上げる。
ザーザーと激しく降り注ぐ雨が葉の間からこぼれ落ち、ノアの体を濡らす。
今日は村の祭りの為に狩猟をしていた。が、突然の雨に降られ中止せざるを得なかった。
「ノア、足元気をつけて」
そう言い聞かせるは師であり、実母であった。
「うん、分かってる」
雨が降った山の斜面は簡単に足を取り、下手をすれば落下死する。何度か危うい経験を経験していたノアは母の言葉に再度気を引きしめる。
「あなたはまだ未熟だけれど、可能性は無限大よ」
その言葉にノアは「うん」と少し照れた。いつも母はいつも言い聞かせてくれていた。

それが母の最後の言葉になるとは知らず。

里へとノアたち一行は山からくだる。が、ぬかるんだ土はノアたちの足をとり、何度転びそうになった。
雨は止むどころか、増していく。激しく降る雨は滝のように視界を、聴覚を奪っていく。
「──────」
誰かが何かを叫んでいる。だが雨の音が酷くて上手く聞き取れない。視界が半分近く遮られ、目を開けるのもやっとという所で里が見えた。
ホッと一安心した瞬間、上手く聞き取れないが誰かの大声が聞こえた。
「───ろーーーーーっ!!」
それと同時に背後から体を押し潰すようにどつかれ、それからの記憶は無かった。


──次に目が覚めた時、まず感じたのは左腕の痛みだった。
ノアが目覚めたのを村の人々が歓喜の涙を流す。
ノアは辺りを見回し、囲む人々が里の見知った顔であることを認知し、安心する。それから「お母さんは……? 」と問いかける。母の姿が見当たらない。すると喜んでいた里の皆が急に静かになってしまった。
「ねえ……みんな」
ノアは痛む体を起こそうとした。だが、左手に力が入らずバランスを崩して起き上がれない。
あれ……?なんで……?
ノアは困惑した。なんで、左腕に力が入らないの?と。ノアは自分の左手を動かした。が、動かした"つもりだった"。
ノアは左腕に視線を向ける。

──左腕が、無い

あるはずのものがそこにない。動かしているつもりなのに、それは確かに無いのだ。

「ノア……」
困惑し、状況を受け入れることが出来ないノアに優しく声をかけたのは、母の姉、ノアから見たら伯母にあたる人だった。
「……ねぇ、どういうこと……」
「ノア、落ち着いて聞いて」
戸惑いの顔を浮かべるノアの体を支えて起こす。
改めて見ても無い。動いているはずなのに、無いのだ。

「狩猟に行った帰りのことは覚えている? 」
伯母の問いかけに、頷く。ハッキリと覚えている。視界も聴覚も奪われるほどの激しい雨が降っていたことを。
「その帰りに、あなたたちを迎える準備をしていたのよ。でも……」
伯母は言葉を詰まらせる。しばらくしてゆっくりと話し始めた。
「土砂崩れが起きて……山から岩が転げ落ちてきたの。私の旦那──あなたの伯父さんがね、逃げろって叫んでたのだけれど……」
ノアは思い出す。あぁ、あれ伯父さんの声だったのか、と。
「でも、あなたたちはその声が聞こえていなかったのか、その土砂と共に岩に押しつぶされて……あなたの母は建物との間に挟まれて即死……手を繋いでいたあなたの左腕も巻き込まれて……壊死していた。医者は「壊死した左腕を切除すれば命は助かる」と……。私はせめて姪だけでもと勝手な願いであなたの左腕を奪った……」

震える声は堪えきれず、泣き出し「ごめんなさい」と大声で謝った。
ノアは現実を受け入れきれず、何も言えなかった。
母は死んだ。それと同時に自分の左腕を失った。
その事実があまりにも非現実的で、理解出来ても受け入れきれず、涙も出なかった。
ノアは絶望に落とされた。
母との絆の証でもある弓矢を、左手を失ったことでもう二度と引けなくなった。
それなら死んだ方が良かったよ……
そう言えたならどんなに楽だっただろうか。
泣き崩れて謝る伯母を前にそんな事は言えなかった。
ノアは力無い笑顔で「ありがとう……」ということが精一杯だった。

ピキッと何か割れるる音が、頭にこだました。



──ノア……

「ノア、ノア! 」
大声で呼びかけられ、ガバッと体を起こす。息を切らしながら自分を呼んだ者の方を向いた。
「アリ、ゼー……」
「大丈夫? だいぶ魘されてたみたいだけれど……」
「うん……ありがとう……」
悪夢から覚ましてくれたことに感謝し、弱々しく笑う。その様子にアリゼーは呆れた様子だった。
「ココ最近また忙しいみたいじゃない。あまり無理しないことよ」
「うん……」
そっぽを向いたノアに対し、アリゼーは頬を膨らませるとバチッと音を立ててノアの両頬を叩くように挟んだ。
「うぐっ!? 」
「もう、すぐ誤魔化す! 」
じっとしばらく見つめあった。自分よりも濃い青い瞳を見ては「綺麗だな〜」などと呑気に考えていた。
「……ノア、あなた今余計なこと考えていないかしら」
「……バレた?」
へへっと笑って誤魔化せば呆れたようにため息をついた。アリゼーはノアから手を離すとこう言った。
「あなたは独りじゃない、もう独りにしないから、私たちをもっと頼ってちょうだい」
頼もしい一言だ。ノアは「分かった」と信頼してくれていることに安心感を覚えた。
時計を見ると針は8時過ぎを指している。それは朝なのか夜なのか、ソリューション9は分かりづらかった。拠点としているバックヤードの仮眠室から出る。
そこには機会をいじるシェールさんがいた。
「おはようございます」
「おは……よう? 今、朝ですか」
「ええ、朝8時です」
夜の8時だったらどうしようかと思った。ホッと胸を撫で下ろした時、「おはよう、ノア」と下から声をかけられる。
「おはようグルージャ」
「大丈夫? アリゼーがすごく心配していたみたいだけど」
「うん……ちょっとね……」
嫌な夢を見た。それを口にする寸前、左腕がズキっと痛んだ。まただ。無いはずの左腕が痛い。
「痛……」
義肢である左腕を抑える。それを見たグルージャは心配してくれる。
「痛み止め、とってこようか? 」
「ううん、大丈夫……」
ノアの左腕は13歳の時に母と共に失くした。
まるで母がノアの一部を連れていったかのように。
……お母さんのせいじゃない
そう強く言い聞かせた。
「ノアさんのそれ、義肢ですよね」
シェールが声をかける。そうです、と答えると一瞬考え、「幻肢痛、というやつでしょうか」と呟く。
「幻肢痛? 」
グルージャと声を揃えて聞き返す。シェールはこう説明する。
「ええ、筋肉を動かす神経が"左手を動かせ"、という司令を脳から出しますがあるはずのものが無いので、動きませんよね。筋肉が動いた、という反応が無いことに対し、脳の神経が"おかしい"とパニックを起こしている状態です。それか、義肢を接続している肩からの痛みか……仮に鎮痛剤を飲んでも効き目は薄いかと」
「へえ……」
10年近く悩まされていたこの痛みの理由がやっと分かって安心した。シェールは続けて言う。
「ノアさんは義肢がありますので、幻肢痛がある時は義肢を見ながら手を動かすと視覚的に"正常に動いている"と錯覚させることで和らぐかと」
シェールの言う通り、左腕の義肢を見ながらゆっくり拳を握る。感覚はないが、痛みはなくなった。
「ありがとう、シェールさん」
「役にたてて何よりです」
シェールは微笑んだ。カッコイイ、とノアは微笑み返した。また痛みが和らいだことにより、心配していたグルージャも安心したようだ。
落ち着いた様子のノアは「今日もアルカディアに行ってきます」と2人に告げる。その言葉に2人は驚きを隠せなかった。
「昨日すごく疲れていたよね、大丈夫? 」
「……行かないと、いけないから」
「……」
ノアの決意はかたかった。それを止める術はなく、2人はただ黙ってノアの背中を見つめることしか出来なかった。


先日、ダンシング・グリーンを撃破し、次なる相手、シュガーライオットも撃破後、2人には引退を薦めた。渋々ながら他に自分が活躍する場所があるから、と承諾してくれた。
そして昨日、引退を拒否したブルートボンバーが暴走。一気に複数の魔物の魂を注入したことによりブルートアボミネーターとして化け物になってしまった。
石化の能力と彼本来の激しい戦いが、ノアたち挑戦者たちを疲弊させた。何とか勝利したものの、彼の生存は未だ分からず。このまま元に戻るかすら怪しい……。
そんな彼を見ても尚、現クルーザー級王者であるハウリングブレードも引退を拒否。ハウリングブレードが勝てばそのまま闘士として魂を朽ち果てるまでリングに上がり続け、ノアたちが勝利をおさめれば引退することを約束。今日その試合が行われる。

ふと、ウィケットサンダーの言葉を思い出した。
『あなたに魂が蝕まれる恐怖が分かるの?』
ノアは胸に手を当て呟いた。
「私は、分かるよ……」
第一世界で罪喰いになりかけた。体が蝕まれる、全身に走る痛みと耐えきれず吐き出す光、自分が自分で無くなる恐怖に怯えながら、世界の平和を願った。
──表向きは、だ。

その事を思い出し握る手に力を込める。
今はそんな事を考えている場合ではない。
救える命があるのなら勝たなければいけない。
ノアはキッとアルカディアを睨みつけると試合会場に向かった。
途中ズキズキと痛む左腕の痛みに耐えきれず、シェールに教えてもらった幻肢痛の止め方を何度やったが、治まらなかった。

◇◇◇

「キミとこの形で戦うなんてね」
開放された宙に浮く島にハウリングブレードは待っていた。外の世界かと勘違いするかと思うほど
澄んだ青空だった。
ここが彼の理想郷─アルカディア─か、と思った。
互いに見合い、先に動いたのはハウリングブレードの方だった。レギュレーターが赤く光る。それと同時に彼に赤い光がまとい、あっという間に彼はフェンリルの魂と融合した。
「さぁ、ボクと本気の試合をしよう」
巨体になったハウリングブレードは剣を構える。
ノアも伏せていた目をゆっくり開けば口角を上げ、愛用の大剣を抜いた。
「あぁ、楽しみだな」
その口ぶりは普段の可愛らしい少女とは一転、戦いを求める獣のように荒い口調になっていた。

一方、モニター越しに試合を見守るのはセコンドのヤーナ、心配して仕事を休んできたハニー・B。そして、ハウリングブレードと同じランクであり2人の試合を楽しみにしているダンシング・グリーンとシュガーライオットもその場にいた。
モニターは一瞬一瞬を逃すまいと機敏にカメラを動かす。試合の様子の声ももちろんハッキリと入っており、人が変わったノアの声ももちろん入っている。
「あの子本当に同じ人なんでちゅか? 」
シュガーライオットが問いかける。ノアの豹変ぶりは彼女も気づいており、確信した模様。
「あぁ、ノアは戦闘になるといつもあぁなるんだ」
ライトヘビー級初戦からずっと知っているヤーナはそう言う。いわゆる二重人格、というやつだ。
「へ〜、カッコイイね」
ノアにすっかり興味を持ったダンシング・グリーンはそのギャップすら魅力的に感じていた。それに対し、ハニー・Bが睨みをきかせる。
「相変わらずハウリングブレードの技は速いわね」
「まあそれがアイツの強みだしなぁ」
「ただの青い空のちたで戦うなんておもちろくないでちゅ」
どうやらシュガーライオットはハウリングブレードのスタイルが気に入らないようだ。
「ところで、ブルートボンバーはどうなってんだ? 」
ダンシング・グリーンの問いかけにヤーナは「複数の魔物の魂を取り入れたことにより魂蝕症は悪化、重症と言えるレベルで人の形を成してなかった。けれど、試合後に運ばれたあと、まだ微かに残っていたらしくて、裏方で治療に専念しているって」
ヤーナはモニターを見る。彼の親友であったハウリングブレードはその事は知らない。ブルートボンバーは"燃え尽きた"、と思い込んでいるようだ。
「表向きは引退……ね」
「あっ、たいへんでちゅ」
シュガーライオットの声に全員がモニターを見る。そこに映し出されていたのは跪き、肩で息をしているノアだった。
「ノア……! 」
「ノア!しっかりしろ!」
地面に大剣を突き刺し、それを握りながらハウリングブレードを睨みつけるノア。ハウリングブレードは多少疲弊しながらも、まだ続行出来るという感じであった。
「……残念だ」
「……お前は……」
ノアが低く唸る。そしてよろよろと立ち上がり、ハウリングブレードに向かって吠えた。
「お前は、なんでそこまでして死にたいんだ!」
「……死にたい? 違うさ、ボクはあくまでここで闘士として最後までリングに立つこと。それがボクの望みだ」
「……お前を待っている人間がいるのにか」
「…………」
ハウリングブレードは黙る。少しして、「もう、いないさ」と小さく呟いた。唇を牙でギリっと噛み締め「もう、いないんだよ! オレのことを待っている人間なんて! 」と叫んだ。
フェンリルの力もあってかその叫びは頭に響き、思わず耳を塞いだ。モニターではハウリングし、音割れする。頭痛がしながらも怯まず立ち向かうノア。
だが、ビキッと体の中から歪に割れる音がした。
「ぐあっ! 」
それは背中から血を吹き出す。
モニター越しの4人は絶句した。
「あ゛……あっ……! 」
「ノア! ノア!! 」
「ノアしっかりしろ! 」
「リングに向かうでちゅ! 」
血を流し倒れ込んだノアは痛みに蠢いている。ハニー・Bは泣き叫びながらノアの名前を呼んだ。
「ノア! ノア!! 」
「落ち着けBちゃん! 」
「ノア!しっかりして! 」
「Bセンパイ行くよ! 」
モニターから離れようとしないハニー・Bをダンシング・グリーンとヤーナ2人がかりで引き剥がしてシュガーライオットの運転する車でリングまで急発進で飛ばした。
「実況つけるでちゅ」
助手席に座ったダンシング・グリーンは車に付けられたカーモニターをつけ、現在の試合の様子を写す、が──……
『おーっと!? 急に真っ暗になったぞ!?中継カメラ!中継カメラの故障か!? 』
「……なにが、起きているんだ? 」
ダンシング・グリーンはハウリングブレードの技でこんなに真っ暗にするものがあっただろうか、記憶を巡るがそんなものは無かったはずだ。
真っ暗中、時々呻く女の声が聞こえてきた。
「ノア……ノア……お願い……」
泣き崩れてパニックに陥っているハニー・Bを後部座席で慰めながらヤーナはノアの無事を祈った。


ハウリングブレードは目を開けた。
目を開けた感覚はあれど、辺りは闇だった。
生身の挑戦者、ノアが倒れ、血を吹き出し、叫んでから一気に目の前が暗くなった。
──漆黒の闇だ。
自分のフィールドであるはずの晴天すら面影もないほどに。
自分の手を見た。どうやら自分の姿は見えるらしい。
これも彼女の技であろうか?否、ただの人間がそんなことを出来やしない。
機械の体は音を立てて歩く。すると、ぽつりと誰かが蹲って泣いていた。
「──さん……」
黒髪の少女は左肩を抑えて泣いていた。奇妙だ。
本来ならこのフィールド上には自分とノア以外いないはずだ。
泣いている少女の左腕は無かった。肩からボタボタと血が滴り落ち、服を赤黒く染めている。
「お母さん……」
そうハッキリ呟いた瞬間、ハウリングブレードの左肩に痛みが走った。
「!? 」
ボトッと左腕が切り落とされ、砂のように散って無くなった。
左腕が消失したことを認知した瞬間激痛が走った。思わず肩を押さえた。ジクジクと痛む肩からとめどなく血が溢れ出てくる。
「──ファン……オル──……」
声のする方に振り向く。そこには空色の髪の男を抱えて泣いていた黒髪の女の子がいた。

『無事だった、のだな──……』
「ごめんなさい……ごめんなさい──……」
『英雄に悲しい顔は……似合わぬぞ──……』
「ごめんなさい……」
『お前は、やはり笑顔が──……』

それを呆然と見つめていると、冷たい雨が降ってきた。否、これは……
「雪……」
自然環境再現区でしか見たことの無い雪だった。
いつの間にか左肩の痛みは消えていた。だが失った左腕は復活していない。
黒髪の少女がいた所に綺麗に磨かれていた石と真ん中が割れた盾がそこにぽつりとあった。

「ゴホッ……」
振り向くと今度は四つん這いになり、白いものを吐き出す少女がいた。
『化け物になりかけているじゃないか』
苦しそうに吐き出す少女の目の前で見下ろす黒いローブの男がそう言った。
少女は顔を上げる。髪が真っ白に染まっていた。ハウリングブレードはその少女の後ろ姿に見覚えがあった。
「ぐあっ…! 」
胃の中から何かがあがってくる。圧迫するように湧き上がるそれを思わず吐き出した。
ゴボッと吐き出したそれは彼女が吐き出した白い光と同じものだった。

ようやくハウリングブレードは察した。
これは……追体験だ、と。
全身に痛みが走る。筋肉が、骨が、悲鳴をあげるように、全身が痛い。
「ぐあぁぁっ……! 」
痛みのあまり声をあげる。今まで感じたことの無い痛みだった。いや、本当は知っている。

──魂蝕症──

その言葉が頭をよぎった瞬間、また光を吐き出し、痛みに倒れる。
だが、目の前の少女は立ち上がった。
「待っている人が居るから」
そう、強く言葉を発して。

ハウリングブレードは驚き、ただその背中を見つめることしか出来なかった。
彼女は只者では無い、それは薄々感じていた。だが、何をそんなに彼女の背中を強く押すのか。不思議でたまらなかった。

『死は救済』

痛みに悶え苦しむハウリングブレードの目の前に黒い鳥の足が見えた。上を見ると鳥のような少女が虚ろな目で見つめる。
『あなたの望むとおり、全てを終わりにしましょう』
有翼の少女は剣を手に取ると、それをハウリングブレードに向けて振り下ろした。
が、それはぶつかり合う金属音と共に遮られた。
「させ、ない! 」
見覚えのある少女、ノアが大剣を振りかざすと一気に視界が開け、花が舞った。
白く、美しい花が、見たこともない太陽の光に照らされて輝いていた。
『なぜ、なぜ生きるの──? 』
『どうせ生きていても絶望しかないというのに──……』
ハウリングブレードは立ち上がる。体の痛みは耐えられる程度になった。だが足取りは鉛を付けられたかのように上手く動かない。だが、向かわなければいけない。よろよろと歩いていると、再び光を閉じるように闇が訪れた。
ハウリングブレードは恐れた。孤独に。
冷や汗が流れ、視界が低くなる。いつの間にか元の姿に戻っていた。相変わらず左腕はない。
必死な思いで思考を巡らせる。どうにか打開策を、と視界がグラグラしてきた。フラフラになりながら歩みを進める。すると、赤い炎が揺らめいた。それは宙に浮いていたかと思えば人を象るように動き、暗闇の中から2つの黄色い眼光が現れる。真っ暗中、黒い人影が現れる。目が暗闇に慣れてきた頃にはその黒い人はだいぶ近付いていた。
「痛みや苦しみが分かりますか」
少し低い男の声で話しかけてくる。ハウリングブレードは手に握った大剣を握りしめ、警戒を露わにする。
「キミは、誰だ」
すると、黄色い目を光らせる男はこう答えた。
「僕は彼女の負の感情」
その回答に思わず眉間にシワを寄せた。答えになっていない、と口に出そうとしたその瞬間
「ぐぁぁぁっ!! 」
胸から腹にかけて切り裂かれたように傷口が開き、血の雨を降らせる。
訪れた痛みに倒れ、のたうち回る。
「……これが彼女の経験してきた痛み全てです」
上から男の声が聞こえる。だが全身を襲う痛みにレザラは限界を迎えていた。
──痛い、熱い、痛い痛い痛い!!

──誰か……

ハウリングブレードは救いを求めるように手を伸ばした。だがここにいるのは自分自身とこの男だけだった。
痛みに悶え苦しむ様子を静かに見守る男はこう言った。「死にたいですか」と。
その言葉にハウリングブレードは言葉を詰まらせる。
死にたい、その気持ちが脳内を支配する。
「死に、たい……」
殺してくれ、頼む、とせがむが男はただ見下すだけ。
「世界が殺してくれないんですよ」
その言葉にハウリングブレードは言葉を無くした。目を見開き、絶望に打ちひしがれていた。
「ねえ、君は"ここ"で死にたいと言っていたよね」
黒い男はしゃがみ、ハウリングブレードに顔をちかづける。そこでやっと分かったのだが、鼻から下を布で隠しており、黄色い瞳だけが見えるのだ。じっと見つめる男の視線は冷たい。その視線に負けじと睨み返す。
「なぜ救いの手があるというのにそれを払い除けるの? 」
「……そんなのキミに関係ない話じゃないか」
「関係あるから聞いてるんですよ。僕は彼女の負の感情だと」
「……ボクはアルカディアだけが全てだ。退屈な日々を変えてくれた、駆除人の頃のように命の危険がない、ボクは戦うことで命を輝かせることが出来る。救ってくれたオーナーに恩返しがしたい」
「……君のそれは傲慢だ」
傲慢?と眉をひそめる。それのどこが傲慢なんだいと口を荒くする。だが男は静かに語りかける。
「オーナーとやらの本心を知らず、救われる可能性がある命を自ら散らすのは、傲慢だよ」
「ボクはそう決めたんだ」
ハウリングブレードは固く誓った忠誠をそれでも掲げた。
「それじゃあ聞くね。君の使っている魂は結局誰のものなの」
「……」
ハウリングブレードは黙り込む。男は続けてこう問いかける。
「魔物にも命があったはず、それを混合して"見世物"として扱われる。本来生まれ変われるはずだった命をそんな事に使って、傲慢だとは思わないのかい」
「……そ、れは……」
「君が死にかけた時に使って蘇った時も、誰かの魂を犠牲にした。愛する人を失った悲しみさえ忘れた誰かの、ね」
「……っ! 」
「……君も暗黒剣を使っているようだけれど、僕たち暗黒騎士は盾を持たず、この剣だけで守る。闇の力と両手剣だけで。だけれど、君が守りたいものは自分自身であるってこと。あまりにも自己中だね。」
そっと男はハウリングブレードの持つ両手剣に触れると、バキッと音をたてて真っ二つに割れてしまった。
「そろそろ時間だ。この事は忘れないで欲しい」
男は立ち上がると目を伏せた。それと同時に光が闇を割いて光に包まれた。
それと同時に女のもがき苦しむ声が聞こえる。
「うぐぅぅぅあぁぁぁっ!! 」
眩しい光にゆっくり目を開くと元の自分のリングに戻っていた。土の上に倒れていた体を起こす。
ノアは血を吐きながらのたうち回っていた。
「……ノア」
小さく彼女の名を呼んだが、遮るように呻き声を上げている
「あ゛ぁぁぁぁっ!! 」
獣のように声が掠れ、全身の傷から血を流していた。
「ノア! 」
振り向くとそこに現れたのはヤーナたち4人だった。呆然と立ち尽くすハウリングブレードを無視して、苦しむノアに駆け寄る。
義肢は壊れパーツが地面に転がっていた。大きく裂かれた腹の古傷が開き、服を地に真っ赤に染めていた。
「ノア、しっかりして! 」
「あっ、あぁぁぁっ!!」
ハニー・Bは暴れるノアを抱きしめる。どんなに暴れようが血がつこうが気にしなかった。
「大丈夫、大丈夫だから」
「痛い! 痛い! 」
「救護班呼んできて! 」
「ノア、ノア」
「あ゛ぁぁぁぁっ!! 」
「ノア、しっかりして」
「ノア、大丈夫だからな! 大丈夫だから」
「……ノア」
必死に呼びかけるハニー・Bとヤーナ。そして折れた剣を投げ捨て、近づくハウリングブレード。
「……キミは……背負いすぎだよ」
しゃがみこみ、暴れるノアに触れる。すると、まるで別人のように急に大人しくなったのだ。
「ノア……? 」
「びぃ……ちゃ……」
「ノア、キミは言うべき言葉がある」
「何を……」
ハウリングブレードはノアに語りかけた。その様子を不審がる2人は彼を睨むが、まだ痛みが残るノアは泣きながらこう呟いた。
「たす、けて……」
その言葉を発した途端気絶した。その後救護班に連れられて行ったノアに付き添うハニー・Bとヤーナ。
ダンシング・グリーン、シュガーライオット、ハウリングブレードはただ外で待つことしか出来なかった。

ノアは揺れる意識の中、影身に手を引かれていた。影身は何も言わず、ただノアをどこかに誘導しているようだった。
その途中、光の中に自分の記憶が流れていく。
辛い記憶だけでは無い、楽しい記憶や幸せな記憶も。
「……君は1人で抱え込みすぎだよ」
影身が連れていった先にいたのは、うずくまる少女、昔の小さなノアだった。
「お母さん……お母さん……」
ずっと泣いているそれを見るなり、涙がこぼれ落ちた。
いつから泣かなくなったのだろう。
いつから弱音を我慢するようになったのだろう。
そんな事を疑問に思いながらノアは小さな自分に近付き、抱きしめた。
「もう……何も我慢しなくていいんだね」
ノアはボロボロと涙を零した。

さようなら、普通の幸せを夢見た私
さようなら、可愛い女の子に憧れた私

私は私の幸せを見つけていくよ。


目を覚ますと見慣れない天井がそこにあった。
体を起こすと、気絶する前に感じていた痛みは嘘のように無くなっていた。
左側によろめく。ふと左腕を見れば義肢が無くなっていた。いや、よく見ると台の上にボロボロになって置いてあった。
傍らを見ると、顔を伏せて寝ているハニー・Bとヤーナの2人がいた。
そっと2人の頭を順に撫でると、すぐに目を覚ました。
「おはよう、Bちゃん、ヤーナ」
2人は眠たい目を擦り、瞬きするとノアが起きた事に目を丸くし、飛びついた。
「バカ! 」
2人して大泣きする。抱き止められなかったノアはそのまま枕に頭を打ち付ける。
「ごめんね」
わんわん泣く2人を宥めるが、かなり心配していたのか、なかなか泣き止んでくれなかった。
「あのね、聞いて欲しい話があるの」
しばらくしてようやく落ち着いた2人を見るとノアはそう口を開いた。
なんでも聞くよ、と鼻声で返事したヤーナにありがとうと伝えるとノアは話し出した。
「私、普通の女の子になりたかった」
それをきっかけにノアは心の内を吐露していく。

私は弓矢が得意だったから、それを上達させて、それで生計をたてていく。そして、いつか素敵な男性と出会って、結婚して、幸せな家庭を築いていく、そんなつもりだったのに、左腕も無くして、弓も引けなくなった私はかなり自信を無くしていたの。でもおばさんの善意で救われた命ならって思っていたけれど、本当は死にたかった。
唯一の肉親であるお母さんも亡くして、弓も引けず、ただ私だけが生きていることが憎くて、死にたくて死にたくて……辛かった。左腕を切断された事に対しておばさんを恨んでいない訳では無いよ。でもあんな申し訳なさそうに謝られたら許すしかないじゃない。その日からかなぁ……我慢するようになったのは。
ノアの珍しい吐露に静かに耳を傾ける2人。ノアは続ける。
片腕を失ってからしばらく不便だったけれど、みんなの役に立ちたくて、私は回復役になった。杖を握るのは右手でも出来るからね。
ようやく私の役目を見つけた、と思っていたのに……私を庇ってくれた友の死をただ見るだけしか出来なかった。
それから私は暗黒騎士になった。みんなを守れるようになりたいって。義肢でも握れるようになったから、タンクになったんだよ。
でもね、タンクになって、ボロボロに傷ついていく身体を見ていたら、私は可愛い女の子じゃなくなったんだなって……。
ポロポロと泣き出したノアを優しく慰める。
「そんな事ない」「ノアは充分可愛い」と。
それなのにさ、髪の毛は真っ白になるし、化け物になりかけるし、見せるのも恥ずかしいくらいボロボロになって、尚更「私はなんで普通の女の子になれなかったんだろう」って思い始めてさ……
しゃっくりをあげて泣き出したノアをただただ優しく抱きしめた。
「Bちゃんが羨ましくて仕方ないよ、可愛いもん、
私の憧れだもん。私がなれなかった可愛い女の子、Bちゃんが羨ましい、可愛い」
ハニー・Bはわんわんと子供のように泣き出したノアを力強く抱きしめた。
「ノアも十分に可愛い、大好き。カッコイイところも含めて大好き。ありがとう……話してくれて」
今まで我慢してきたものを全て解放したノアは散々泣きじゃくったが、それでも憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしていた。

後日、復活したノアの元に訪れたのはハウリングブレードだった。
「先日はごめん……でもありがとう」
その一言に目を丸くしたが、ノアは「いいんだよ」と微笑んだ。
「ボクの負けだ。だから引退する。無闇に魂は使わない。限られた時間を平穏に過ごすよ」
ハウリングブレードの心変わりに感心したヤーナ。それと同時に救われた命がある事に何よりも喜んでいた。
「あ、あとさブルートボンバーの事だけど」
その話題をした瞬間、ハウリングブレード──否、レザラはヤーナの方を睨みつけた。
「いや、悪い話じゃないんだ。つい最近目を覚ましたって。魂蝕症の症状は残っているけれど、意識はあるって、会話も出来ている」
「……! 」
「だからもう少ししたら見舞いに行こうぜ」
「……っ、あぁ……あぁ! 」
レザラは目に手を当てて歯を食いしばり泣いた。
親友が生きていることに泣くほど喜んだ。
闇の中の男が問いかけた。

──本当に待っている人がいないとでも?

その口ぶりは優しいものであった。



その日以来、ノアの幻肢痛(ファントムペイン)は無くなった、という。
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