──居住殻9-11
「可愛いでちゅね〜」
とある一室。1人の男がしゃがんで何かを撫でる動作をしている。その見つめる先には複数の猫たちがおり、すっかり懐いているのか男に擦り寄り甘えていた。
その男は厳つい顔と体格に対して甘えた裏声で、ミーミーと鳴く猫たちを愛でていた。
愛おしそうに、優しい手つきで猫たちを撫でれば猫たちもそれに答えるように擦り寄ってきた。
背後から扉の開く音が聞こえると、「ヘクトール」と入室してきた男に呼ばれた。
ヘクトールと呼ばれた彼はすぐに聞きなれた幼馴染の声だと分かり、振り向くことなく「おう」と短く返答する。
「今日もみんな元気かい」
入室してきた彼はヘクトールの幼馴染であるレザラである。プラチナブロンドにレモンカラーのメッシュを入れた爽やかなヘイザ・アロ族の青年だ。彼は軽い足取りで駆け寄りヘクトールの隣ににしゃがみこむ。
「子猫ちゃん、おいで〜」
とチッチッと音を出し気を引こうとするも、猫たちはレザラのことを無視してヘクトールに擦り寄るばかりだ。相変わらず懐かれないことに耳と尻尾を垂れさせたレザラの姿を見たヘクトールは横目で見ると笑った。
が、ひとしきり笑ったあと、ため息を1つ漏らした。
「……元気にしてっかなぁ」
「最近姿を見ないね。忙しいのかな」
「ならいいんだけどよ……」
ヘクトールは空を仰ぎ、そして思いを馳せた。

──これは反則王と呼ばれた男がとある少女と交わした約束の話である

◇◇◇

時は遡り約半年前。アルカディアに入ったヘクトールがまだライトヘビー級王者になる前のこと。
戦い方に悩んでいたヘクトールは落ち込んだ様子で居住区のベンチに座り込んでいた。
周りは強い、もちろん自分が弱い訳では無い。ただ、アルカディアは観せる闘技場でもある為、キャラ付けが必要となる。
代表的なのはヘビー級闘士であるウィケットサンダー。彼女はエレクトロープと雷属性を使い、変幻自在なプレイスタイルで魅了する姿はまさに魔女だった。
また、幼馴染であるクルーザー級闘士、ハウリングブレードことレザラもフェンリルの魂を入れ、幻影を使ったスタイリッシュなスタイルで試合を魅せていた。
対してヘクトールはまだ自分のプレイスタイルのイメージが湧かず、悩んでいた。
このままでは何も出来ずに終わってしまう。最悪追放の可能性もあることを考え、焦りを覚えていた。頭の中がぐるぐると思考が駆け巡る。いっそのこと辞めてしまおうか、などと憂鬱になっていたその時だ。
「ミー」
小さな猫の鳴き声が聞こえる。ふと足を声の聞こえた足元を見ると、小さな茶トラ模様の1匹の子猫がヘクトールの足に擦り寄っていた。
驚きのあまり目を丸くする。小さな獣は確かに自分に体をこすり付けているのだ。小さく愛くるしい姿にトキメキを抑えられないヘクトールは思わず手を伸ばした。
「待って」
ふと聞こえた言葉に思わず差し伸べた手を固まらせる。顔を上げると1人の白い髪のヒューネ族の少女が青ざめた様子でこちらを見ていた。
「その子に触らないでっ! 」
眉間にシワを寄せた少女は急ぎ足で近づき、子猫を抱き上げ、離れた場所でヘクトールを睨みつける。
急な事態にヘクトールは最初は理解が追いつかなかったが、少女に警戒されていることを理解すると思わず眉を下げ呆然と見つめていた。
だが腕の中の子猫は体を捻り暴れると少女の中から飛び出し、再びヘクトールの足に擦り寄ったのだ。少女はその様子に空いた口が塞がらないとばかりにヘクトールと子猫を交互に見やる。
ヘクトールもまた少女と猫を交互に見ると、今度こそ猫をそっと優しく抱き上げる。まるで壊れ物を扱うように。
すると猫はゴロゴロと喉を鳴らし目を閉じていた。ヘクトールに安心しているのだろう。しばらく沈黙が流れたが先に破ったのは少女の方だった。
「……お、おじちゃんって猫が好き? 」
震えた声でヘクトールに問いかける。少女の疑問に答えるより先にヘクトールは自分がおじちゃんと呼ばれたことに何よりショックだったようで、動揺を隠しきれず震えた声で「お、俺はまだ10代だが」と返答すると少女はえっ!?と大声を出した後「ご、ごめんなさい! 」と素直に謝って頭を下げた。
ヘクトールは自分が老け顔なことは自覚していたが、実際に年上に見られるという事実を突きつけられ、だいぶ心にダメージを負った。だが子供相手なら仕方ないと許した。少女は恐る恐る近づくとさっきは怒鳴ってごめんなさいと謝ってきたが、ヘクトールはもちろんそれも許した。強面の男が何をしでかすか分からないと言われても仕方のないことだ。それに少女は素直な子だ。許さないわけが無い。
隣に座った少女、彼女の名前はミタと言った。2人は子猫を愛でながら話す。
「お兄ちゃんはいつも何をしているの? 」
「えっ……あー……」
アルカディアの闘士をしている、と素直に言っていいものだろうかと悩んだ。現状闘士の中で下層にいること、引退を迷っている。その返答をじっと見つめて待つミタの視線に負け、素直に話すことにした。
「一応、アルカディアの闘士を……だな」
ミタには聞こえる程度の小声であった。頭を垂れて自信が無いとばかりに呟いた。ただの無名の闘士だ。そんな事を話されてもこの少女には理解し難いだろう。そんな風に考えているとミタは「えっ!? 」と大声を出した。
「すごい!お兄ちゃんすごい人なんだね! 」
と目を輝かせて見つめた。予想とは違う反応にヘクトールは驚いた。
「私ね、アルカディアの試合を見るのが大好きなの!……でも、お母さんはそれを許してくれない。お父さんが昔魔物に殺されてからお母さんおかしくなっちゃった……。アルカディアの名前すら聞くのも嫌になっちゃったみたいで……」
話を聞くに少女の、父は駆除人だったのだろう。それはそれで辛い思い出を語らせてしまったことに申し訳なく思い謝ったが、ううんと首を振り少女はさらに語り出す。
「私は、お父さんが連れてきてくれた頃のアルカディアはよく覚えているよ。特にウィケットサンダー! あのお姉ちゃんの強さはすごくカッコよくて私もああなりたいんだ! 」
まるでヲタクのように早口で喋る。その熱意に圧倒されるヘクトール。それから少女には年の離れた兄がいることも話される。父と兄との3人でアルカディアを観戦しに来たのが思い出だったと語る。そして、そうだ、と何か閃いた少女はこう言った。
「今度お兄ちゃんの試合見に行ってもいい? 」
「えっ」
思わぬ言葉にヘクトールは声がうわずる。自分はウィケットサンダーのような魅力的なプレイをしたことが無い。未だに勝ち上がった試しがないし、実際不人気であった。
「……だめ? 」
まるで子犬のように眉を下げて悲しそうに見つめてくる少女に圧倒されるヘクトールは少し悩んで、打ち明けた。
「……俺はそんな強くねえし、実際自分のスタイルが見つかってねえんだ。試合を見てもなんも面白くねえよ」
年下の少女に何を話してるんだと後から後悔する。だがそれを聞いたミタは考えた。
「う〜ん……今他にどんな人がいるの? 」
思わぬ反応にヘクトールは反射的に現存する闘士を思い出す。
現ヘビー級王者であるウィケットサンダーは少女もよく知っているので割愛。最近クルーザー級に勝ち上がったシュガーライオットはプリンの能力で絵を描きながらそれを具現化する。ダンシング・グリーンという派手な男はトードの魂を取り込み踊らせる。ハニー・B・ラブリーは最近有名になりつつあるアイドルだ。それから幼馴染であるレザラはフェンリルの魂を取り込み、善玉闘士として活躍している。
ヘクトールのアルカディアの面々の話を聞くと、少女は閃いたようだ。
「なら悪い人になればいいじゃん! 」
「えっ」
「善玉闘士がいるなら、悪玉闘士になっちゃったら? 」
「だが、俺には……」
少女の提案をすぐには受け入れられなかった。何故ならヘクトールはこんな調子で後ろ向きに考えがちだ。彼の性格上、悪いことをするというのは罪悪感に苛まれる。
「今のアルカディアに悪役がいないなら、お兄ちゃんがなっちゃえばいいよ!」
「……そう、か」
ヘクトールは困ったように笑った。悪役など考えたこともなかった。だが、少女の言う通り、現在のアルカディアに善玉闘士はいるのに悪玉闘士がいない。それは全体のバランスとしても崩れてしまう。それに幼馴染であるレザラが相手なら息の合う試合も観せる事が出来るだろう。
「じゃあこの子を人質にしてみてよ」
「えっ」
「私がベビーフェイスやるから! 悪い役の練習! 」
「だが……」
いいからいいから!と子猫を押し付ける。ヘクトールに抱かれた子猫は安心したのかゴロゴロと喉を鳴らし、眠りについた。
「……じゃあ、いくぞ……。 こ、この猫を返して欲しければ俺をやっつけな」
「勢いが足りない! 」
「ぐ……」
少女の厳しい指導にヘクトールは焦ったが、少女と共に新しいスタイルに向き合うことにした。

◇◇◇

少女と出会って2週間、ほぼ毎日同じ時間に少女が保護している野良猫たちの集会所で悪役の指導が入った。が、ヘクトールもだいぶ役慣れしてきたのか、最初のたどたどしい演技からだいぶ熱が入り、役になりきってきた。
「ふははは! 俺様を倒してみろ! 俺様が1番だ! 」
「すごくいいよ! カッコイイ! 」
「そ、そうか? 」
「うん! お兄ちゃんはボムの魂を取り入れることにしたんでしょ? だから爆発させまくって、お薬も飲んじゃってズルするのもいいかも! 」
「なるほどな」
少女のアドバイスを丁寧に聞くヘクトール。少女は自分の事のように嬉しそうだった。
はー疲れた、とベンチに座るミタと、その隣に腰を下ろすヘクトール。ミタは足をプラプラさせながら話し出した。
「私ね、昔から悪役が好きだったの」
「へえ、変わりモンじゃねえか」
「でしょ!? 皆そう言うの! でもね、でも、悪い人にも何かしら目的があって行動しているんだって、お父さんは言っていたんだ。お父さんもね、悪役が好きだった」
日夜変わらない空を見上げながら父との思い出を振り返る。

『お父さん』
『ん? 』
『どうして悪役が好きなの? 』
『そうか、そうだよな。みんな正義のヒーローが好きって言うのにお父さんは悪役が好きって言ってたもんな』
父はしゃがみこんでミタを撫でながらこう言った。
『悪役も人間だからだよ』
『……? 』
『あくまで、アルカディアとか試合での話だよ。現実の悪い人はお父さんもあまり好きではないけれどね。でも、悪役と呼ばれる存在がいるからこそヒーローは輝いているんだよ』
『うーん……』
『難しかったね。でも誰かが応援しないと、悪役闘士は悲しくなっちゃうよね』
『誰も応援してくれないのはすごく悲しい』
『そう。その人自身が悪いことをしていなくても、悪いことをしている演技をしなくてはならない。本当に優しい心の人の方が実は自分を犠牲にして悪役を演じていることが多いとお父さんは思うんだ』
『そうなんだ……』
『悪役はヒーローを輝かせる為の縁の下の力持ちだからね。お父さんはこれからも悪役の人を応援しているよ』

そんな事をぼんやりと思い出していた。
それに父は『悪役も何かしら理由があって悪事を働いているからね。理由もなく暴れるなんて出来ない。本当は"助けてほしい"のかもしれないね』とも言っていた。

「なぁ」
「ん? なぁに」
「明日、見に来てくれるか」
ヘクトールは自分の試合のチケットを差し出した。それを見ると少女は一瞬考えたが、「うん、もちろん! 」と答える。その返答に安心したのかヘクトールは笑みを零した。その時──……
「やぁ、ここにいたんだね」
爽やかな青年の声が背後から聞こえ、2人は振り向く。そこにはヘクトールの幼馴染であり、ハウリングブレードで名を馳せるレザラの姿があった。2人は見合わせると頷き、
「ふはははよく丸腰でやってきたな! 」
「そんなので私たちにかなうと思うか!?」
と急に悪役を演じ始め、レザラは思わず後ずさる。
「な……急にどうしたんだ」
「ラリアットを喰らえ! 」
「ヒールパーンチ! 」
2人してレザラに(もちろん手加減して)飛びかかる。レザラはその勢いに押された。が、もちろん寸止めの為、レザラに怪我は無い。初めて会う少女と2人して飛びかかられたレザラはなんだか2人が楽しそうで思わず笑いだした。それに続いて2人も笑う。
程なくしてひとしきり笑った3人は落ち着き、レザラとミタは軽く自己紹介を交わす。少女の提案で、ヘクトールが悪玉役になったこととその練習をしていたことを話す。
レザラはヘクトールが悪玉役になることに意外性をもったのか目を丸くするが、ヘクトールが自分のスタイルを決めたことに安堵したようだった。
「ありがとう、キミのおかげでヘクトールの悩みが解決したようで」
「私ウィケットサンダーのファンなの。でも今はヘクトールお兄ちゃん……ブルートボンバーのファンでもあるんだよ」とレザラに語る。その言葉にヘクトールは照れた。レザラは「ハウリングブレードのことも見ててね」としれっと宣伝する。が、少女は「悪役の方がかっこいい」とキッパリ言った。その言葉に肩を落とすレザラに、「この子は俺のファン第1号だからよ」とドヤ顔で言い放ったヘクトールの嬉しそうな顔にレザラは「仕方ないね」と苦笑した。心配していた幼馴染が元気を取り戻したことに安心した。
「明日はさっそくキミの試合だったね」
「あぁ、なんか緊張しちまうが、見に来てくれるってだけで頑張れそうだ」
ヘクトールは肩をまわした後、少女の方を見る。
しかし少女の顔はどこか曇って見えた。具合でも悪いのだろうか。大丈夫か?と心配の声をかけると少女はハッと顔を上げて大丈夫だよと笑いかける。どうやら気のせいだったようだ。その事に安心すると、練習に戻る、とレザラとヘクトールはジムに向かった。
1人残された少女は笑顔で2人を見送ったあと、顔を歪めしゃがみ込む。猫たちが心配そうに見上げてくる。少女は「大丈夫……だから」と体を走る痛みに耐えながら猫たちに答えた。


次の日──ブルートボンバーとして新たに名を掲げた訓練の成果を出すため、ボムと融合し、会場を熱気で沸かせる。ドーピングを飲み、レフェリーを叩き壊し、破壊を想像させる凶暴性な技を繰り出し観客は湧き上がり、彼の以前を知るメテムも驚きの実況を上げた。
「どぉりやぁぁ!! 」
彼は人々に爆ぜる悪意と呼ばれることになる。
ヘクトールはチラチラと観客席を見渡す。が、少女の姿は見当たらなかった。いや見つけきれていないだけだろう。きっと見てくれているはず、そう信じて試合を勝ち上がった。
その試合からブルートボンバーの人気はうなぎ登りとなった。悪役にふさわしい卑劣なやり口が今までになかったリングに新しい風を巻き起こした。
──試合後、彼のファンになったという者たちが出口でヘクトールを待っていた。ヘクトールが出てくると同時に彼を囲むように集まる。
「ファンになったわ」
「すげえなあんた! 」
「今後もおもしれぇ試合見せてくれよ! 」
黄色い歓声を浴び、ヘクトールは自信を持った。そして、口を開く「俺様がライトヘビーの王者になってやるぜ」と意気込みを語れば拍手が湧き上がる。この日からアルカディアはブルートボンバーに注目が集まった。彼の卑劣な策略でこれからも盛り上げてくれるだろうと。
背後から様子を伺っていたレザラはそれを嬉しく思いつつどこか寂しい気持ちも抱えていた。

それから忙しい日々を送っていた。ヘクトールはミタのことも猫のことをとても気にかけていたが、それを忘れさせるくらい試合やトレーニングに勤しんでいた。
「会いてぇ……」とヘクトールがぼやきをこぼす。それを聞いていたレザラは「明日会いに行こうか」とヘクトールに息抜きも必要だと手を差し伸べた。
その次の日、2人で居住殻に向かった。そこには少女がしゃがんで猫たちに餌をやっていた。
「久しぶりだな」
ヘクトールは少女に声をかける。が、返事がない。不思議に思った2人はさらに近づき、少女の肩を優しく叩く。
「わ!? 」
ビクッと大きく体を震わせ、勢いよく振り向く少女。それに対し2人も驚いた。少女は2人のことをしばらく見ると、やっと理解したのか「お兄ちゃんたち……」と言葉にする。
「しばらく悪かったな……会いに来なくてよ」
「…う、ん。大丈夫、だよ」
「? 本当に大丈夫かい? 」
少女の様子に違和感を覚え、レザラは問いかけるが、大丈夫の一点張りで何かを隠しているようだった。だが、口を割る様子もなく、2人もこれ以上追求することをやめた。
「知ってるとは思うがお前のおかげで、明日ライトヘビー級王者の決定戦だ。俺もやっとここまでこれるようになったんだぜ」
「おめでとう……ごめんなさい、この前は見に行けなくて」
「母ちゃんに止められでもしたか?」
ミタの母親はアルカディアの事が嫌いだった。なら試合を見に行くことを反対されても仕方ないとフォローする。少女はしばらく間を置いて頷いた。
「……うん、お母さんに、ダメって言われて」
「そっか……」
レザラも残念そうに思った。明日の試合もきっと厳しいだろう。
「俺はぜってぇ勝って、王者になるからよ、心ん中で応援してくれ」
「うん、わかった! 」
少女は顔を上げて笑う。約束なと拳を突き出す。少女も恐る恐る拳を前に出して軽く合わせた。
ライトヘビー級王者決定戦は苦戦こそしたものの、ブルートボンバーの優勝が決まった。
「おいお前ら見てるか! 」
マイクを手に取り叫ぶ。その言葉は少女を思い浮かべながら。
──しかし、あれから少女は待ち合わせ場所に現れなくなった。2人は毎日待っていたが、そこにいるのは猫たちのみ。ヘクトールに懐いた猫たちに餌を時々やりながら2人は少女に優勝の報告を直接出来ず半年が過ぎた。

──部屋に帰ってきたレザラは暗い部屋に電気を灯すと真っ直ぐに寝室に向かう。眠気が一気に押し寄せ、気絶するように眠りについた。



『ハウリングブレードのお兄ちゃん』
『レザラでいいよ』
『…じゃあレザラお兄ちゃん』
『なんだい、ボクだけ呼び出して』
『ヘクトールお兄ちゃんには内緒の話があるの』
レザラはヘクトールに対して何かサプライズでもするのか、と思っていたがミタの表情はとても暗かった。
『……私病気なの』
重い口を開いたミタの一言はとても衝撃的なものだった。
『……えっ』
レザラも急に打ち明けられ、顔が引きつっている。この前から様子がおかしいとは思っていたが、まさかそんな事態だったとは。
『体がね、痺れて……』
『そんな……っ』
『だから、お母さんも心配してるから、あんまり来れなくなっちゃった……今日もこっそり抜け出して……』
『もう無理はしないでくれ、ヘクトールにもそう伝えておく』
『ダメっ』
少女は大声で叫んだ。ハァハァと息を切らし、レザラを見つめる。
『ヘクトールお兄ちゃんには、心配してほしくない……』
少女の切実な願いだった。ブルートボンバーとして活躍し始めた彼に心配させたくなかったのだろう。レザラも分かったと喉をふるわせて了承した。
『私もう、明日から来れない……だから、猫ちゃんたちをお兄ちゃんたちにお願いしたいの』
『あぁ、もちろん。ヘクトールにはどうにか誤魔化しておくよ』
そう言って右小指をたてて差し出した。ミタは暫く考え右小指をその指に絡める。
『約束だ。どうか、早く治して欲しい』
『うん……』
指切りを交わすとミタは家路を辿った。
きっと母親に叱られるだろう。だが、これ以上追いかけることは出来なかった。

結局半年経ってもあの場所に彼女が来ることはなかった。レザラは約束を今でも守っている。
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