※うちよその子4名ほどゲスト出演
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──8月中旬。世間は夏休みという中、ヘクトールは補習生の為に開校していたのを利用し、教室で涼しい中宿題に励んでいた。アパートでもいいのだが、出来れば節約をしたい。それからレザラが部活に行っているため、待っている時間を潰すにもちょうど良かった。
隣の教室から補習を行う教師の声がうっすらと聞こえる。補習自体は午前中で終わるのだが、学校側が補習期間中は夕方まで開けてくれている。それを利用し、残りの宿題に取り掛かっていた。
ヘクトールは現在調理部に入っている形になるが、調理部自体同好会みたいなものの為、夏休みに集まることはない。また熱中症予防や食中毒予防も兼ねている。調理部の顔見知りの女子たち数名も補習や宿題をやりに登校しているようで、少し気まずかった。
11時半を過ぎた頃、隣の教室から一斉に椅子を動かす音が聞こえ、それは補習が終わった合図であった。
だがレザラの属する剣道部は片付けを含めて12時半は過ぎる為、まだ時間はある。
「ヘクトールくん」
当然声をかけられ思わず肩が跳ねた。ふと見上げるとそこには金髪にショートヘアで編み込みカチューシャをした女子生徒がニコニコと笑いかけながら立っていた。
「アサギリ……」
「こんにちは、お隣いいかな」
同級生のヒナタ・アサギリだった。彼女は明るくいつもニコニコと笑っているムードメーカーである。怖い顔として恐れられやすいヘクトールにも抵抗なく声をかけてきた女子生徒だった。
「ヘクトールくん、数学得意だったよね」
「え、まあ……」
「ごめん、ここ教えて欲しいんだけど」
と指し示された問題はヘクトールはすぐに解けた問題だった為、ヒナタに教えることが出来た。
「ありがとう、すごく助かったよ」
「どうも……」
ヘクトールはヒナタがどうにも苦手だった。悪い子では無いのだが、いつの間にかパーソナルスペースに入ってきている感覚があり、人見知りが治らないヘクトールにとって急に距離を詰められ、抵抗があった。
「ヘクトールくんは怖い話平気? 」
「え」
しばらく無言で宿題をしていたため、急な問いかけに質問の内容を理解するのに時間を要した。
怖い話はあまり得意ではない。特に動物が酷い目にあう話は心が締め付けられる。それ以外なら何とか聞き流せるのだが……。
「学校の怪談ってあるじゃない? どうやらうちにもあるようで……」
「猫が絡んでるやつはあるのか」
ヘクトールは発したあと「あっ」とすごく後悔した。ヒナタの言葉を遮ったのもそうだが、思わず猫に関する話が無いことを聞き出したかった自分が情けなくてそっぽを向いた。
だがヒナタは「大丈夫だよ、猫ちゃんに関する話は聞かないから」と、優しく声をかけた。それに一安心するヘクトール。ヒナタは話し始めた。
「ここって新校舎だけれど、建て直して作ったから、見た目は新品でも実態は恐ろしい事件があったんだって」
「……」
「今から50年以上前にとある男子生徒が閉じ込められてしまって見つかったのが夏休み開けてからだったっていう事件があって、それからその生徒が見つかったのは9月の始業式。もちろん学校は大騒動だったらしいよ」
なんと物騒な話をし出すのやら。だがそんな話は聞いたことも無いため、信じなければそれは恐怖にもならないだろう。
「それから色んな人が男子生徒の声を聞いたって。今はブレザーだけど、その生徒は学ランだったから絶対にうちの生徒じゃないと」
「なんつうもんを聞かせてくれんだ……」
背筋が凍った。クーラーが効いてる分より部屋が寒く感じた。
「聞いた話だし、そもそも夕方には鍵が閉まっちゃうし大丈夫だよ」
震え上がるヘクトールにヒナタはにっこりと笑いかけた。
そうは言ってもな……と未だに鳥肌が止まらないのを悟られないように必死に誤魔化した。
「ヒナ」
教室の入口から聞きなれない低い声が聞こえる。
声のした方を向くと大柄の男子生徒が立っていた。ネクタイの色から察するに3年生だろう。
「あ、ガルくん! 」
ぱあっと嬉しそうな顔を浮かべるとヒナタは急いで片付け、「またね」と手を振って男の元へ走っていった。
一人残されたヘクトールは顔を青ざめさせながら先程聞いた話は忘れることにした。
12時半──そろそろレザラが来る頃だろう。だが、来る気配がなかった。
13時──遅い。いつもなら廊下を走ってでも教室に来ると言うのにだ。
ヘクトールは心配になり荷物を持って教室出ると剣道場へ向かった。
ヘクトールは道場に顔を出そうとしたその時、ちょうど剣道部の者たちが制服に着替えて出てきたところだった。
「あ」
「レザラの友人か? 」
そう問いかけたのは中性的な顔立ちの男子生徒だった。だがどこか女と言われれば女かもしれないという印象を受けた。ふと見たネクタイの色を見ればヘクトールと同じ学年だった。
「あ、あぁ……」
「レザラなら熱中症で保健室に運ばれた」
まさかの発言にヘクトールは冷や汗をかく。そして、そのまま保健室に向かった。
廊下を走っては行けないとは分かっているが、いてもたってもいられないヘクトールは思わず走ってしまった。幸い教師にも他生徒にも見つからなかったが。
保健室前に着くと息を整える。そして静かにドアを開けると確かに1つベッド側のカーテンが閉まっていた。
「レザラ……」
小さく友人の名を呟くとそっと閉まっていたカーテンを少しだけ開けて覗いた。そこには顔を顰めて首や太ももに氷嚢を乗せ寝ているレザラがいた。
「レザラ」
再び名を呼べば、うっすらと瞳が開く。
「へく、とーる……? 」
ぼんやりとした意識の中、捉えた友人の名を呟いた。
「お前何してんだ」
「へへ……すまない……少し無茶したみたいだ」
そうやって笑いかけるレザラに怒りより安堵が勝ったヘクトールは軽くデコピンをお見舞いすれば悶える元気はあるようだった。
すると、養護教諭であろう紫髪の先生がヘクトールの背後からやってきた。
「体調はどう? 」
優しく問いかけるその声色と姿は聖母のように見えた。
「まだ少しぼんやり……」
「親御さんは迎えに来れそうかな」
「今日いないので……もう少し寝ててもいいですか。自分で帰るので」
「そう……えっと、ヘクトールくん……だったよね」
養護教諭─リリエ先生がヘクトールを確認すると「あ、はい」と返答する。
「だいぶ時間が経ったけれど心配だったから……」
恐らく1年生の時の怪我のことを指しているのだろう。あの時は世話になったなと、軽く会釈する。
「レザラくんと一緒に帰る? 」
「あ、そのつもりで……」
「なら良かった。本当はダメだけれど、今日だけここでお昼ご飯食べていいからね」
と伝えると机の方に向かい、仕事を始めた。
だいぶ腹が減ってきた。何か買ってこよう。
そう思ったヘクトールは学校の近くにあるコンビニに向かったのだった。
──14時過ぎ。レザラはまだ起き上がる様子がない。昼飯も食べ、宿題にとりかかろうとしたその時、ヘクトールは教室に1つ忘れてしまっていた事を思い出した。
リリエ先生はいない。レザラは寝ている。仕方ない、と重い腰をあげ、校舎に向かった。
校舎には誰もおらず、まだ昼間だというのに電気が全て消えていればだいぶ暗い。
ヘクトールは午前中に話された少年の話をつい思い出してしまった。
異世界に飛んだかのように静寂に包まれた校舎がただただ恐ろしかった。
明るい日差しも、グラウンドから聞こえる野球部やテニス部の音も聞こえない。
ヘクトールが廊下を歩くその足音だけが一つ。
教室にたどり着くと真っ先に自分の席に向かう。
数時間前までしていた宿題なのですぐに見つかった。
ホッと安心したヘクトールは教室を出ようとした。
ガタッ
背後大きな物音が響く。
その物音に大きく体を震わせ心臓が強く脈打つ。
ヘクトールは思わず振り向いた。
誰もいないはずなのに、なぜ教室から物音が聞こえたのか。いや、気のせいだ。何か物が落ちたのだろう。そう考え振り向いた。
──16時過ぎ。
レザラはハッと目を覚ます。すっかり元気になったレザラは寝過ごしたと飛び起きた。カーテンを勢いよく開けると誰もいなかった。その代わりに自分とヘクトールの荷物が置いてあった。
「ヘクトール……? 」
見舞いに来たであろう友人の名を呼ぶが返事はなかった。トイレに離席したかと思っていれば、保健室の扉が開く。
「もう大丈夫そうね 」
リリエ先生だった。レザラは「ヘクトール知りませんか」と尋ねると、「あれから見てないよ」と返答がくる。
レザラは「トイレか……」と考えた。
ベッドから降りて世話になった礼をするとレザラは2人分の荷物を抱えて保健室から出た。
ここから近いトイレに向かうが、いなかった。
図書室か?と思い、向かうが既に鍵が閉まっていた。
(なら……)
教室に行ったか。そう思ったレザラは校舎に向かった。2人分の荷物はさすがに重く、抱えて階段を上る訳にもいかず階段下に置いて教室に向かった。
だいぶマシになったが、階段を上るのはキツかった。何よりだんだん西日が強く指してき始める今の時間帯は蒸し暑いからだ。
汗を流しながら上がり、自分たちの教室に向かう。
そして、ドアの前に立つと、思わず陽の光が眩しく、目を瞑った。そして、ほんの少し開けた時、ぼんやりとした黒い影の塊が見えた気がした。
ドアを開く。すると、ヘクトールが自分の席に座っていた。エアコンは切られており、ムワッと熱い熱気がレザラを襲う。
「ヘクトール、なんでこんな所に……」
レザラは言いかけ、止まった。
何か違和感がある。だが、それを言葉に上手くできない。
ヘクトールは名を呼ばれ、ゆっくりとレザラの顔を見た。
「遅かったじゃねえか」
そう言って笑っていた彼の顔はどこか恐ろしかった。
「……帰ろう」
レザラはただそう一言呟くとヘクトールは席を立ち、レザラの横を通り過ぎた。
この違和感の正体はなんだろうか、そんなモヤモヤする気持ちをレザラは確信を持てず二人で家路を辿った。
その気持ちは会話を交わしているうちに消えてしまった。
熱中症の後遺症だろうと、誤魔化して。
西日が2人を照らす。
片方の影は無かった。