※暁月、ガレマルド辺りの話

ほんの一瞬の出来事だった。
背後から獣が来ていることは分かっていた。だが、放たれた魔法に気付くのに1歩遅かった。
振り上げられた鋭い鎌と、ほぼ同時に襲い来る弾光。
咄嗟の判断で鎌を避けることを優先した。
だがそれが間違いだった。

体当たりされ、体が揺らぐ。振り上げられた鎌は避けることが出来たが、血が目の前に飛び散る。
痛みはない。強いて言うならば倒れた時の背中への衝撃だけであろう。
自分よりも小さな体がのしかかる。
「痛い……っ」
その声は今にも消えそうなほどか細い声だった。
「ツバキ……ッ! 」
雪の上に赤いシミが広がる。異変に気付いたアリゼーとグ・ラハ・ティアが駆けつけた。
「ツバキ! 」
「今手当する! 」
肩を抑えて息を切らすツバキに顔を青ざめたグ・ラハ・ティアがヒールをする。
「ラハ、あとは頼んだわよ! 」
アリゼーは焦りを怒りに変えて敵を殲滅しに行く。グ・ラハ・ティアは「大丈夫……」と自分に言い聞かせるように何度も呟いていた。
そういう俺は痛みに悶える小さな体をただ抱きしめるしかなかった。

◇◇◇

「……」
キャンプ・ブロークングラスの治療室にゼフィランと負傷したツバキの2人きりだった。
ゼフィランが何も話そうとしないため、ツバキも気まずく何を話そうかと必死に思考をめぐらせた。
「……ぜ、ゼフィ」
ようやく口に出せたのが彼の名前だけだった。ゼフィランは返答することなくちらりとツバキに視線だけを向ける。その視線にツバキはだらりと汗が流れ落ちる。

(めちゃくちゃ怒ってる……! )

彼が怒っている原因は確実に自分であることは自覚している。だが、怪我をした理由も、咄嗟に動いた体だと言い訳しようとするが、無言の圧により言い出せず、どうしようと本気で焦っていた。
いつもなら小言のように説教を垂れ流すというのに今回は無言。一切喋らないのが逆に恐ろしかった。
「り、りんごたべたいなぁ……」
必死に言葉を紡いだ。ちらりと見るとその目は怒りが含まれているが、すぐに視線をそらされ、ゼフィランはリンゴを手に取り、ナイフを取り出せばすぐに皮を向き始めた。薄くなるべく身を残すように綺麗に剥いていく。
綺麗に剥かれたリンゴは皿に盛り付けられる。
そっと負傷していない左手でフォークを使い、リンゴに刺すとそのまま口に運んだ。
ゼフィランはナイフをしまうと再びツバキをじっと見つめた。
リンゴは美味しいのだがゼフィランの無言の圧に喉に詰まらせそうになる。
時々チラチラと様子見ていたツバキは「ごめんなさい」と謝罪の言葉を述べた。
その言葉は空に消えるかのようにゼフィランは何も返さなかった。
ツバキは初めて焦りを覚えた。いつもだったら何かしら嫌味らしく小言を言いながら許してくれるというのに。
嫌われたかもしれない。それが脳裏をよぎると自然と涙が溢れた。こんなに不安な気持ちになるも初めてだった。
(嫌われたくない、ごめんなさい)
そう心の中で呟けば溢れた涙はこぼれ落ちていく。しゃくり上げて泣いているとゼフィランはやっと口を開いた。
「何故泣いているんだ」
顔をあげるとゼフィランは逆に手で顔を覆い、頭を抱えている様子だった。
「だって……」
嫌いになったんでしょ、そう言葉にしようにも喉が震えて出なかった。顔を歪めてゼフィランを見るが、涙で濡れた視界は揺らぐ。
「……怒ってはいる……が、それは俺自身にもだ」
思わぬ言葉に泣き止んだ。きょとんとゼフィランを見つめているとはぁと深いため息をついた。
「……何故庇った」
「……体が動いて」
「俺はタンクだぞ。お前なんかよりも体は丈夫な方だ」
「だ、だって、本当に無意識で……」
またもや深いため息をついたゼフィラン。ビクビクしながら次の言葉を待っていると、顔を上げ
「もう無茶はするな」
悲しい顔をしていた。
「……ゼフィ」
「なんだ」
2人は見つめ合う。ツバキは負傷した肩を触って
「こんな痛い思いして戦ってたんだね」と呟いた。

多少の痛みなど慣れていた。戦うことが使命だったからこそ。
だが、目の前で痛み苦しむツバキの姿を見ると心が締め付けられる思いをした。
他者から見ればこのような苦しみを味わっていたのか。
そう改めて実感した。
だが、自分の不注意で守るべき存在を傷つけた。
その悔しさと怒りに変わりはない。
「ツバキ……」
「ゼフィがあーんしてくれないと元気にならないなぁ〜! 」
ツバキが間抜けな声であーんを要求してきた。拍子抜けしたゼフィランは瞬き数回。にひひといたずらっ子の笑みを浮かべるツバキに苦笑するとフォークで刺したリンゴを差し出せば、大きな口を開けて思いっきりかじりついた。
「明日には復活できるな」
「え、シラナイ。イタイナー。スゴクイタイナー」
ボケをかますツバキに苛立ちを覚えると顎を掴んでこちらを向かせれば「むぐぐぐ」と変な声を出す。そのまま顔を近づけ、口付けると、ごくんっと飲み込んだツバキが「ゼフィも食べる? 」と食い意地をはる人間が珍しくお裾分けしてきたので(明日は大雪か……)などと考えていた。
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