「うん、ありがとう」
イシュガルドの一角にあるスカイスチール機工房。蒸気で熱された部屋の中で作業に勤しむエレゼン族の男とその背後から大声で愛を叫ぶミッドランダーの女性がいた。
実はこのやり取りはこれが初めてではない。この2人のやり取りを見守っている工房員は苦笑する。何度も……どころではなく、ほぼ毎日見られる光景に「よく飽きないな」と小言を漏らす工房員も少なからずいた。
ミッドランダーの女性、ココもまた機工士である。とは言えどイシュガルドの民ではなく、異邦人である。イシュガルドに入国後、街を散策する中で目に付いたスカイスチール機工房の扉を叩いていた。そして工房の中で指示を出すステファニヴィアンに一目惚れしたのだ。
それからすぐに機工士になることを申し込み、ステファニヴィアンと初めて会話する。その時の歓迎ムードと彼の寛大さ、そして優しさにゾッコンだった。
最初こそは慎ましく新たな機工士として機工房の為に尽くしていたが、ある日ステファニヴィアンに告白する。
「すまない、君の想いに答えることが出来なくて」
彼なりに思うところがあったのだろう。ステファニヴィアンは四代名家の息子であり、貴族である。しかし本人は貴族も平民も関係ないという思考ではあるにしろ、ステファニヴィアンと関係を持つということは彼の家に嫁ぐことにもなる。
「そうですか、すみません……」ととても落ち込んだ様子からしばらく来ないだろう、そう誰もが思っていたのだが……。
「こんばんはステファニヴィアンさん今日もカッコイイですね! 」
「おはようございます!寝起きですか?あ、徹夜ですか? もうすぐ寝ますか?それともまだ頑張られます?コーヒー要りますか? 」
などと次の日から毎日懲りずに駆けつけては元気よく声をかけてくる。ステファニヴィアン含めた工房員たちも驚いたが、彼女のめげない精神と元気さに逆に感心してしまった。
それからも毎日会いに来るため、誰も何とも思わなくなってしまった。またステファニヴィアン自身も慣れてしまったようだ。
彼女はあくまで冒険者であり、このイシュガルドを救った英雄でもある。また、東方の地を解放もしたと聞いた。
そんな多忙の中、ただステファニヴィアンに会いに来る訳ではなく、工房員と共に手伝いも積極的にしてくれる。
チョコボの足も借りたい時にタイミング良くやってくるのだ。その点に関してステファニヴィアン自身も感謝しても感謝しきれないのだろう。
「私力持ちなので! 」
真っ直ぐな笑顔と瞳に追い出すなんて選択肢は全くなかった。ただただ、無理をしていないかだけは心配であったが。
「ココ様、お言葉ですが……休まれてはいかがですか? 少し体調が悪いように見えますが」
「ん?気のせいだよ、気のせい……」
誤魔化すように笑いかけ、ココは木箱を持ち上げる。その時ふわっとした感覚になり、バランスを崩した。
「あっ」
「ココ様! 」
ジョイが駆け寄ろうとする寸前、ココは手を引かれ、倒れることはなかったが、木箱は派手な音を立てて地面に落ちる。
「はぁ……危なかった」
「ぼっちゃま」
「あっ……」
くらっとした視界に映る見慣れた格好にココは顔を青ざめる。ぼっちゃまと呼ばれるのはただ一人、ステファニヴィアンだけだ。
ココの手を握り、引き寄せる。そして何とか立てたのを見るなり「ココ、君は休むべきだ」と眉間に皺を寄せ冷たく言い放つ。
ココは顔を俯かせ、「ごめんなさい」と今にも泣きそうなくらい声をふるわせて謝る。するとその頭を優しく撫でてくれたのだ。
「いつも俺や工房の為に働いてくれてるのはすごく嬉しいしありがたいよ。だけど自分の体の方を大事にしてほしいからね。怒っている訳じゃないけど、これ以上無理したら俺の怒りの計測器が振り切れてしまうかもしれないからね」
「ココ様、ベッドなら空いておりますので、是非そちらで体を休めてください」
ジョイの言葉に頷くと振り向くことなくジョイの後をついて行った。
扉の向こうに消えた後、ステファニヴィアンはため息をつく。工房員の一人が声をかける。
「健気ですね、彼女も」
「全く……俺のどこがいいんだか」
「俺ら的にはああいう子を嫁にしたらいいと思いますけどね」
「……彼女はあくまで冒険者だ。俺が縛る訳にはいかないさ」
「そうやって逃げるんですか? 」
「……逃げてはないさ」
睨みつけると「おお、怖っ」と工房員は逃げるように自分の持ち場に戻って行った。
一人設計図を広げた机の前に戻り、ペンを握り直す。
しかし思い浮かぶのはココの笑顔だった。
「……参ったよ」
仕事に集中出来ず苦笑する。人の事が言えないなぁと小言を漏らすと自分でコーヒーを煎れに行くのであった。
「ジョイさん……」
「どうされましたか? 」
ベッドに横になったココは部屋を出ようとする寸前に声をかける。ジョイは立ち止まり、優しく声をかける。
「少し話を聞いて欲しいんです」
弱弱しく呟くココの言葉に「もちろん」と再びベッドサイドに寄る。そして近くにあった椅子に腰掛けた。
「……私は迷惑なんですかね」
いつも明るく振る舞うココの弱音だった。ジョイは即座に「そんな事ありません、ぼっちゃまだけでなく、ジョイたちも大変助かっております」と慰める。
「私ずっと好きなんです、出会ったあの時から」
「ええ、もちろん存じていますよ。ココ様はぼっちゃまに釘付けになっているのはジョイたちでも分かりました。もちろん、ぼっちゃまだけでなく、機工士にも……お言葉ですがまるで子供のように目を輝かせていらしたのがとても印象的でした」
ジョイは懐かしむように語りかける。機工房に訪れたあの時のココはまるで夢のおもちゃ屋に来たようにキラキラと目を輝かせていた。
ジョイはその時確信したのだ。この方は機工房の希望である、と。ステファニヴィアン自身も同じ事を考えていたようだった。
「ココ様が工房にいらしてから、とても雰囲気が明るくなりました。ジョイは幼き頃からおりますので、その変化がとても分かります。ぼっちゃまもココ様がいらしてからとても生き生きされていますよ」
まるで子供に読み聞かせるように優しい声でそう語り掛ける。思ってもない褒め言葉に思わず目が潤んだ。
「ぼっちゃまは、ココ様のことを大事に思われているが故のあのご返答をなされているのですよ」
「私……? 」
「ぼっちゃまもココ様に好意を抱かれているはずです。ですが、ぼっちゃまは上流貴族のご子息。ココ様が世間から悪意ある目を向けられないかを恐れられているのです」
「……そこまで考えてなかった」
「ココ様はとてもお強い方です。ですので、周囲の方々かは何を言われようと跳ね除けるお力があるのはジョイも知っております。ですが、ぼっちゃまはそれでも心配なされているのです」
「そっか……」
ステファニヴィアンなりの心配をジョイから間接的に聞いたが、何となく理由は分かった。嫌われていない事に安心したからか、笑みをこぼし「ありがとう、スッキリした」と笑えばジョイも笑いかける。
「ちょっと眠らせてもらうね……」
「どうぞ、ゆっくりおやすみくださいませ」
ジョイは一礼し、静かに部屋から出て行った。
残されたココはベッドで丸くなりながら、鼻を啜った。
◇◇◇
次の日からココは機工房に姿を見せなくなった。
今日も機械を動かし、声を張らなければ聞こえないくらいうるさいというのに、どこか静かに感じた。
ステファニヴィアンは何よりもココの体調を心配していた。昨日置き手紙を残して静かに帰ってしまっていた。誰も気が付かなかったようで、また今日来るだろうと思っていた。
しかし、次の日、さらに次の日も姿を現さなくなった。さすがのステファニヴィアンも心配になった。何かあったのではないか、怪我をしたのか、体調が悪いのか、はたまた最悪の事態すら脳裏を過ぎった。
だが誰も何も言ってこない。彼女と面識のあり、交流をよくはかっている弟のフランセルすら何も言って来ないのだ。
「誰かココのこと知らないか」
あまりにも気になりすぎて仕事が捗らない。思い切って尋ねるが、誰も何も知らないと首を振る。
「ぼっちゃま、ココ様を探しにいってはいかがでしょうか」
「……いや、そこまでする必要は無いよ」
そこまでする必要は無い、納期が迫っている。手を離す訳にもいかない。今は集中しなければ。
その思いで向き合おうとするが、オイルが足りず、無理やり回そうとしても上手くボルトは回らない。まさに自分を反映しているかのように感じられた。
それから3ヶ月の月日が経った。ステファニヴィアンは機工房を後にし、飛空艇に乗り、アラミガン・クォーターに向かう。同乗者にはフォルタン家のエマネランもいた。向かいの家の息子であるエマネランとは顔見知りであり、久々の再会に会話も弾んだ。
そして目的地に着く。ステファニヴィアンは扉を開くと中の豪華な装飾に目もくれることなく、イルサバード派遣団として共に行動する者たちと挨拶を交わした。
「暁ももう少ししたら来るらしい」誰かのその言葉にステファニヴィアンはハッとさせられた。
しばらく顔を合わせなかったココも来るはずだ。平然を装っているが、内心焦りの部分もあった。
元気だったかい、心配したよ。そんな風に言葉をかけよう。そう決心した。
そして──。
「これで全員だね」
イルサバード派遣団、全員が揃った。とても大勢の人数に圧倒される中、ステファニヴィアンは視線を動かす。
──いた。
金色の長い髪のミッドランダーの女性。まさに彼女だ。計測器が振り切れそうになる。だが、あくまで仕事だ。チラリと視線を向けるが、彼女はこちらに見向きもしなかった。だが、確かに感じたのは以前よりも顔が暗いことだった。
敵国であるガレマルドに向かう途中、チョコボキャリッジにそれぞれ乗り合わせてお互いのことを話していた。これからしばらく共にする仲間だ。仲良くしておくに越したことはない。
車体が大きく揺れる。チョコボが急に止まった。
「奇襲だ! 」
面々はキャリッジから飛び降り、戦闘を開始した。
全員多少負傷者あれど、生還したことにより、キャンプ・ブロークングラスに到着した。
まずは問題に直面したのが暖だった。雪が振り続けるこの地はイシュガルドの民はまだしも、暖かな地域にいたアジムステップから来た人間にはとても耐えられないだろう。早急にストーブを作るしかない。
ステファニヴィアンは頭を捻りながらシカルドに協力を仰ぎ、事を進めた。
その視界の片隅に揺れる金色の髪。一瞬リセと間違えそうになるが、髪の明るさや着ているものが違う。
「どうした」
シカルドに声をかけられ、「なんでもないよ」と短く返答する。その目に映ったのは、双蛇党制服を着た男2人と楽しく談笑するココの姿だった。
そして、ストーブは完成し、寒さは凌げるようになった。一息ついていると差し入れに暖かいスープを一杯貰った。少し薄いが美味しかった。だんだんと温まる体にほっとする。カップを覗いたステファニヴィアンはふとココの淹れたコーヒーが飲みたいと思った。しばらく飲んでいない。自分でコーヒーを淹れても何か違う。そんなモヤモヤに苛まれる。
時々視線は金色の髪を探している。ヤ・シュトラやリセ、アリゼーたちと楽しげに話している。年頃の女の子らしい笑顔は前と変わらず輝いて見えた。
(……情けないな)
彼女の気持ちを拒んだわけではない、が受け入れなかったのも自分だ。だからきっと避けられているに決まっている。自業自得ではあるといえど、今更失ったものに気付きたくもなかった。
吐く息は白く、暗い空に消えていく。ふと目を閉じた。
突然ラジオが流れ出す。
聞き覚えのない不気味な音楽。そして、知らない男の声……。
「う、うぁぁぁぁぁぁ!! 」
一人が頭を抱えて叫び、また一人、また一人と大声を出して暴れ出す。
その異常事態に全員が立ち上がった。
ただ騒然としたその場を落ち着かせることに必死だった。その傍らで、冒険者の身に起きたことは何も知らず──……。
騒動後、突入組がバブイルの塔に潜入したのを見送るとステファニヴィアンたち含めた一部の人間は帰国する事になった。役目を終えたからだ。
そしてココたちは世界を救う為に歩みを止めない。一方で彼らは暁たちがどこまで行ったかは詳しく知ることもなかった。
◇◇◇
ココと話すことが無くなってから半年が経った。
今彼女が何をしているのか知らない。
ただ、聞いた話によると宇宙の果てまで行ったこと、そして世界の終末を止めたこと、無事に帰ってきたこと、それだけだった。
今日もステファニヴィアンは工房に籠る。
調子が戻ってきたのか、ミスをすることも、集中が途切れることもなくなった。
だが、拭えない喪失感──パズルのピースが1つ欠けたような違和感だけはずっとあった。
蒸気と機械の動く音だけが工房内を占めていたが、扉が勢いよく開かれ、外の冷気が入り込む。そして元気な声が聞こえた。
「こんにちは! 」
聞き覚えのある声に思わず手を止め、顔を上げた。
入口を向くと、少しだけ大人びた金髪の少女、ココが立っていた。
「……ココ」
小さく彼女の名を呼ぶといてもたってもいられず、ズカズカと近づき、その小さな体を抱きしめた。
「わっ!? 」
「おかえり、待っていたよ」
出た言葉がそれだった。いつでも待っていた。ずっと、ずっと君が来るのを。
「……くるしい」
抱きしめる力が強かったのか胸の中で苦しそうな声が聞こえ、力を緩めた。
すると、ココは真っ直ぐこちらを向き、「お久しぶりです、工房長」と笑いかけたのだ。
胸が締め付けられた。その笑顔が見たかった。
だが、ステファニヴィアンは見逃さなかった。
左の薬指に嵌められた指輪を。
胃が痛む。胸が苦しい。視界が歪んだ気がした。
「工房長? 」
己を呼ばれ、ハッと我にかえり、震える唇で問う。
「指輪……いい人見つかったかい」
祝うつもりはなかった。だが、どうしても、気になってしまった。するとココはこれですか左薬指の指輪を見せて、「この前エタバン挙げたんです」とさらに胸を刺してくる。呼吸が苦しくなった。
あぁ、気付くのが遅すぎた。今更すぎた。
祝わねば、祝わないと、冷静さを、「おめでとう」の一言だけじゃないか。
「そっか」
辛うじて出た言葉がたったそれだけだった。冷たくあしらったように感じただろう。君に嫌われるかもしれない。その時はその時だ、などと酷く顔を歪めるとココは首を傾げて、「工房長……? 」と顔を覗いてくる。
「あの……もしかして誤解してます? 」
「えっ」
思わぬ言葉に呆気にとられる。黄色い瞳と目が合った。その目は純粋な──いつの日か見たあの時のものと同じだった。
瞬きを数回。言葉の意味を理解すべく、聞き直す。
「えっと……ココはエターナルバンドを挙げたんだよね? 」
「はい」
「ということは旦那が……」
「あ、やっぱり」
クスクスと笑いだした。意味がわからないとばかりに疑問符が頭を埋め尽くす。するとココは、「女の子と挙げました」と衝撃的な発言をしたのだ。
「えっと……え? 」
「いわゆる相方です。彼女と恋愛関係はないですよ」
「あっ、そ、そうなんだ……おめでとう」
やっと出た祝いの言葉。誤解であったにしろ、まだ胸の内は晴れることはない。それでも、ココと直接話せたことが何よりも嬉しかった。
「で、工房長」
笑っていた顔が急に真顔になる。
「好きです」
真剣な表情で伝えてくる。最後に聞いたのはいつだろうか。その言葉に思わず口元が綻んだ。
「あぁ、俺もだよ」
いつも通り「ありがとう」と返ってくると思ったら異なる返事を理解するとみるみるうちに真っ赤になっていく。
「えっ……えぇぇぇっ!? 」
工房内に大声が響き渡る。空気となっていた工房員及びジョイたちは本人たちに気付かれないよう、扉の向こうで歓声の声を上げていた。
◇◇◇
「ココ、君の淹れたコーヒーが恋しくて堪らないよ」
「えっ、あっ、えーっと」
両思いという現実を受け入れられないココは頬をまだ赤く染めながらしどろもどろに答える。
緊張からか時々躓きながら棚を探る。
「……あれ? 」
1つの瓶を手に取る。
「工房長」
「ん?どうした? 」
「いつもどのコーヒー淹れてました? 」
ステファニヴィアンは近づき、えーっと、と棚の瓶を探り、別の瓶を手に取る。
「これだけれど」
「あっ……どうしよう……」
先程まで赤かった顔を今度は青ざめさせ、項垂れる。どうしたんだと問いかけると、ココが手に持つ瓶から酸化した香りが漂う。
「これ工房長に飲んで欲しくてちょっとイイやつだったんです……」
長い間放置されてしまったコーヒーはすっかり酸化しており、肩を落とした。ココ曰く、結構いい値段がするらしい。
「ご、ごめんな……」
「いや、大丈夫です。また買ってきます」
今回はそっちで我慢してくださいとステファニヴィアンの手に持っていた瓶を持つとそちらのコーヒーを淹れる。部屋に漂う香りは最近飲んでいたものと変わらないが特別な感覚を覚える。
「どうぞ」
愛用のマグカップに淹れられたコーヒーを見ると「いただくね」と一言かけて、飲んだ。
「ココ」
「はい」
一口飲んだステファニヴィアンは微笑む。
「これからもコーヒーを淹れてくれるかい」
「もちろん! 」
大きく頷いたその眩しい笑顔に苦笑する。
(たぶん伝わってなさそうだ)