「い、いやです……」
苦虫を噛み潰したような表情のララフェル女性はそう言った。
目の前のシャトナ族の男、アルカディア闘士でもあるダンシング・グリーンは彼女をなだめていた。
「まあまあそんな気にすんなって」
「どうせバカにしてくるんでしょう」
「んなことねえけど……」
ぐぬぬと言わんばかりに顔を顰め、ダンシング・グリーンを睨みつけている。
先程生身の挑戦者こと、このララフェル女性──
ララト・ラトは踊りが壊滅的に下手くそだった。
だが、ダンシング・グリーンと戦う中でどうしてもスポットライトを浴びて決めポーズしなければならないというルールがある。
故に、ララトは毎度スポットライトを浴び損ね、被弾する。それを理解していない他の挑戦者たちから苦笑の顔で見られるのだ。
「下手くそでもアンタが踊りたい気持ちがあれば嬉しいのになぁ……」
「い や ! 」
ついに子供のようにいーっと反骨精神を見せては逃げ出していった。
一人残されたダンシング・グリーンはため息をついた。
いつもいつも口癖のように呟いている。ダンスフロアでは皆が主役、それが彼女には理解できなかったのか。ダンスの上手い下手は関係ない。楽しい気持ちさえ持っていればいつか心から楽しいと思い、ダンスも上手くなるはず、と信念を長年抱いていた。
毎度毎度被弾してすっ転んで気絶するのを見る度に可哀想になってくるが、何がダンスを楽しむという心を彼女から奪ったのか知りたかった。
恥ずかしいことは無い。ただアンタの楽しそうな顔が見たいだけ。それを言いたいというのに、ダンシング・グリーンは言い出せずにいた。

一方その頃、ララトは自分の部屋でダンスの練習をしていた。ダンシング・グリーンの試合の様子や、世界の色んなダンスの動画を見ていた。
だが、リズムが上手くとれず足がよろよろとする。時には倒れてしまうこともあった。
「いたた……」
立ち上がる度に全身を見渡せば時々痣が出来ていた。隠さないと……と心配かけないように常に着込んでいる。

彼女は小さい頃、ダンスが好きだった。
「ねえママ、見て! 」と母親に声をかけてテレビで見たダンスを真似る。すると母親は「上手だね」ととても褒めてくれた。父親も「ララトはダンサーさんになるのかな? 」などと言ってくれたこともあった。
ララトにとってダンスは楽しいものだった。
だがしかし、少し大きくなれば周りから下手くそ、と言われることが増えた。
「ちゃんとみんなに合わせて」
「1個ずれてる」
「ヨタヨタしてる!ちゃんと踊ってよ」

「ご、ごめん……」

自分はダンスが上手いと思っていた。
だがそれは自分と親だけの世界だった。
楽しいから踊ってはダメ。
下手くそが踊ってはダメ。
みんなと同じダンスを同じタイミングで踊らなければならない。
その否定する言葉が重くのしかかり、ララトはダンスを踊ることが怖くなってしまった。
ダンシング・グリーンと出会ってしまってからは踊りたい気持ちを押し潰すように下手くそは踊ってはダメという呪いの言葉でララトは泣き出してしまった。

ダンシング・グリーンの踊りは鮮やかとは言い難いが、本当に心から楽しそうであった。
ララトにとって眩しい景色だった。
かつて憧れた景色を見せられ、悲しい気持ちが込み上げた。

──踊りたい

『ダンスフロアでは皆が主役。遠慮すんなよ〜?』

──本当にいいの?

『下手くそでもアンタが踊りたい気持ちがあれば嬉しいのになぁ……』

──信じていいの?

気付いたらポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
好きだったダンスを我慢しなくていい。
下手くそでも構わない。
そう彼は何度も言ってくれた。
こぼれ落ちる涙をゴシゴシと拭うと立ち上がり、ダンシング・グリーンの元へ向かった。


アルカディアの街は夜でも賑やかだった。
特にダンシング・グリーンの主催するパーティー会場は。ミラーボールやスポットライトが所々を照らし、その下ではみんなが踊り狂っている。
ダンシング・グリーンももちろん盛り上げていた。
「疲れ果てても休憩してまた踊ろうぜ〜! 」
人混みの中、小さな影がかき分けてくる。ダンシング・グリーンはそれを見逃さなかった。
「あ、あのっ」
彼女は人混みの中から出てくると真っ直ぐダンシング・グリーンを見つめた。
対してダンシング・グリーンはララトが会場にやってきたことが信じられなくて言葉を失っていた。
「踊りたいの! あなたと踊りたい! 」
大音量の音楽に負けじと叫んだ彼女のその心の声はダンシング・グリーンの耳にしっかり届いた。
そして口角を上げると、ステージから降り、ララトの前に跪くと、
「もちろん大歓迎だ!今日は夜が明けるまで踊ろうぜ!」
そう言って手を差し出した。ララトは差し出された大きな手に小さな手を重ねた。するとララトの体はふわっと浮かび、スポットライトの熱で熱くなったステージに上げられる。
「アンタは特別ステージな」
唇に指を添え、ウィンクした。
瞬きし、しばらくするとララトは音楽に合わせて
体を動かして踊った。
そのダンスはリズムもズレているしヨタヨタとしているが、それでも何よりも楽しそうで、ダンシング・グリーンは横で微笑んでいた。

「ダンスに上手い下手は関係ねえよ、楽しみたい、踊りたい気持ちさえあれば十分だ!」
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