ヤーナの元に呼出音が鳴る。
「はい」
『あぁ、ボクだよ、レザラだ』
ヤーナは驚いた。自分の姉の恋人から連絡が来るなど想定外だったからだ。だが、姉と妹をオーナーに攫われた今、頼れる相手は増やした方がいいと先日連絡先を交換したばかりだった。
「どうしたの」
『ちょっとキミの手も貸してほしいんだ』
ヤーナはハウリングブレード……否、レザラの奥の方で銃声音や金属音が聞こえ眉間にシワを寄せる。
『機械兵たちが暴走した。何故かボクも狙われている。だけど、他の住民たちも非難させなければならない』
「分かった。すぐ行く」
緊急事態ということは把握した。恐らく彼がいるのは居住殻だろう。ヤーナが走り出そうとした時、
「っ……と」
躓いた。足元を見ると右足の靴紐が解けている。しゃがんで結び直すと居住区へ向かった。
「助けてくれー! 」
住人の悲鳴が聞こえてくる。ヤーナは意を決して中に入る。パニックを起こした住人たちが我先にと走り出すが、その背後から機会兵たちが追いかけてくる。
ヤーナは人目を避けながら倒れた人達に駆け寄る。だが彼らは既に事切れていた。数人の元へ生存を確認する中で気づいたことがあった。
死亡している者はすべてレギュレーターを付けていなかった。
レギュレーターを着けていない人達──とそこまで考えるとハッと顔を青ざめる。
先程連絡してきたレザラも試合時以外着けていないが、恐らくその点について気付いたら着けられることも出来る。だがもう1人心当たりがあった。
生身の挑戦者ことヒロシのことだった。
ヤーナはすぐにリンクパールで連絡を取る。しばらく呼び出し音が続く。その時間がとにかく長く感じた。
出て……無事でいて……と願っていると、「どうした」と声が聞こえた。その声に安心し、「今どこに」と尋ねる前に金属音が聞こえる。
「悪ぃ、今戦闘中だ! 」
彼も襲われている。その事にいてもたってもいられないヤーナは立ち上がり、走り出した。
「た、たすけて……」
女性の助けを求める声が聞こえる。ヤーナは思わず振り返った。女性は子供を抱き抱え、走っていた。
女性の方へ走り出し、銃を構える機械兵達に立ち向かう。地面を強く蹴り、空を飛ぶ。軽々しく飛び上がったその姿はまるで猫のようだ。
「てやぁぁぁ! 」
機械兵目掛けて上から蹴りを入れる。それからも女性を目掛けて襲う機械兵たちをなぎ倒していく。彼女の素早さは変身せずとも人類を越えていた。
「はぁぁぁ! 」
拳を入れ、回し蹴りで機械兵の首を折る。銃弾を避けながら接近し、足に蹴りを入れ跪かせ背中に打撃を入れる。
「大丈夫!? 」
「は、はい……」
ある程度落ち着いた頃に女性に駆け寄る。子供はパニックから泣きじゃくっていたが、大丈夫となだめた。女性も子供をなだめつつ「ありがとうございます」と何度も礼を言った。
その時だ。
ガチャっとリロードする音が聞こえ、残っていた機械兵が銃を構える。だが距離が遠く接近するよりも先に2発発砲された。
ヤーナは女性を押して突き放した。
「あぁっ! 」
地面に転がる。肩と耳を撃たれたのかジクジクと痛みだす。押さえた肩からじわりと手に血が滲む感触を覚えた。
「っ……逃げて! 」
ヤーナは腰を抜かした女性に向かって叫んだ。女性は泣きそうになりながら何とか立ち上がり駆け出して行った。それを見送るとふらふらと立ち上がる。
パキっ
何かを踏んでしまった。その軽い音にヤーナは足を上げ、確認すると絶望した。
耳を撃たれた際に外れたイヤリングが割れてしまったのだ。
これは以前ハニー・Bから貰ったもの。また恋心を抱いたヒロシに似合ってると言われた物だった。
「あっ……あっ……」
大事なそれが割れてしまった。そのショックで立ち尽くしていると機械兵はだんだん近づいてくる。だがヤーナはイヤリングから目を離せなかった。
ガッ!!
「ヤーナ! 」
自分を呼びかける声にハッと我に返る。前を向くとそこには白と青のジャケットのヘイザ・アロ族の青年──レザラが立っていた。
「気を緩めるな」
冷たく言い放ったその言葉に、自分は助けられたのだと察する。ヤーナに近づこうとした機械兵はレザラにより倒されていた。
「……ご、ごめん……」
そう小さく呟くと壊れてしまったイヤリングを拾い上げた。花びらが綺麗に散ってしまう。それがとても悲しくて涙を浮かべた。
◇◇◇
その後、ハニー・Bと合流したヤーナとレザラ。
ハニー・Bは2人を見るなり真っ先にヤーナの耳と肩の傷を心配する。
「大丈夫!? 酷い怪我……」
「大丈夫、今はもう痛くないから……」
明らかに自分と目が合わないヤーナにハニー・Bは「本当に?」と問いかける。ヤーナは声をかけられビクッとすると素直に告げた。
「Bセンパイ……実は……イヤリング……壊れちゃって……」
震える手で、壊れてしまったイヤリングを見せた。それを見るなり「もう!」とヤーナを抱きしめた。
「イヤリングなんかよりも黒猫ちゃんが無事な方が大事なの! 」
「うっ……」
せっかく貰った物を壊してしまった罪悪感とハニー・Bの愛情に思わず涙がぽろぽろと零れてしまった。それを見ていたレザラは微笑むがすぐに切り替え、「悪いけどあと二人と彼のところへ行こう。ヒロシも狙われているかもしれない」と告げれば2人は離れ、頷いた。
レザラはレギュレーターを着けることによって機械兵からの襲撃を免れた。だが、先程よりもだいぶ落ち着いたのか静まり返りつつあった。
居住殻からモザイクコーヒー方面へと向かう。
すると、ヒロシとフードを被った少女たちと遭遇する。
「ヒロシ! 」
「無事か」
「キミも無事だったみたいだね」
「俺は平気だ……ところでヤーナお前」
「私は平気。庇ったけど、痛くないから……」
へへっと笑って誤魔化したが、ヒロシは眉間に皺を寄せる。その視線から誤魔化すように目を背けた。
「とりあえず他の住民たちは……」
「居住殻の方は何とか……だけど数名やられてしまったよ」
「あの、ジオード! ジオードを見ませんでしたか!? 青い髪の大きな人で……」
ピンク髪のショートヘアの少女が尋ねる。3人は顔を見合わせ、首を振った。
その反応を見てワヤッケは落胆する。
「念の為に見に行こう。お前たちも気をつけて行けよ」
そう言うとヒロシたちは居住殻の方へ走り去ってしまった。
その背中を見送ることしか出来ないヤーナは呆然と立っていた。その手を握ったのはハニー・Bだった。
「行こう」
その言葉に頷くことしか出来ず、ハニー・Bに手を引かれ、その場を離れた。
──……数時間後
謎の放送により黒いレギュレーターを付けた住民たちの様子がおかしくなっていた。
天を仰ぎ、何かをボソボソと呟いている。
「なんなんだ……なんだよこれ!? 」
「しっかりしろ! 」
あの後ダンシング・グリーン及びシュガーライオットとも合流出来た。様子のおかしい住民たちを何度も肩を揺さぶり呼びかけた。だが平手打ちしようが何しようが変わらなかった。
『みんな、聞いて──……』
その時流れた聞きなれた声に全員が耳を傾ける。
住民たちは誰よりも愛した理王──スフェーンのその声に心揺さぶられ、涙する者も現れた。
彼女の言葉は、死を恐れる者たち全ての心を優しく包んだ。
「スフェーン様……」
「……」
レザラが小さく親友の名を呼んだ。またヤーナ自身も幼い頃亡くした両親のことを思い出し、胸に手を当てた。
そして放送が終わる頃にはおかしくなっていた住民が正気に戻り、大切な人を亡くした時の記憶も全て取り戻したソリューション9にやっと平穏が訪れた。
◇◇◇
数日後、ヒロシはジム・トライテールへ訪れる。
そしてヤーナを見かけと真っ先に声をかけた。
「よう、調子はどうだ」
「全回復! とまではいかないけど、だいぶ良くなってきた。ありがとう! 」
「ところでよ……」
にひひっと笑うヤーナに対し、眉を下げてヒロシは問いかける。急にしんみりとした空気になり思わず首を傾げた。
「イヤリング……どうしたんだ」
まさかヒロシが覚えているとは思わず、耳をぴょこっとたてる。そしてイヤリングは壊れてしまったことを思い出し、今度は耳をぺたーんと下げる。
「実は壊れちゃって……」
「見せてみろ」
ヒロシの催促にしょんぼりとした顔でポケットから取り出す。粉々ではないが、花びらが折れて外れてしまっている。それを受け取り、まじまじと見たヒロシは、急にエプロン姿に変身する。
魔法でも使ったのかと言わんばかりの早着替えにヤーナは飛び退いた。
「このくらいなら修理出来そうだ。ただヒビは目立つかもしれねえけど」
「ほ、本当……!? 」
ヒロシの提案にヤーナはとても喜んだ。
そして数分後、カンカンと何やら金槌で叩いているようだが大丈夫だろうか……と心配していたが、「できた!」と自慢げに渡されたものは継ぎ目はそこまで目立たずほぼ新品に近い状態の物だった。
あまりの嬉しさに泣き出し、思わず抱きついてしまった。
「ありがとう! 」
そして胸の中で泣き出したヤーナに驚きどうしたものかと困ったヒロシは優しく頭を撫でた。
そして落ち着いたヤーナは自分がヒロシの胸に抱きついてしまった事に気付くと顔を真っ赤にして後ずさる。
「ご、ごごごごごめん! 」
「いやいいんだけどよ」
「あ、あのさ……」
口を尖らせそっぽを向く。顔を真っ赤にしながらチラチラとヒロシの方を見ると、どうした?と問いかける。
「お礼したいから……その……で、デートじゃないけど、その……」
あまりにも戸惑うヤーナの様子がおかしく、思わず吹き出してしまった。バカにされたと勘違いしたヤーナは怒り出す。
「わ、笑わなくても……! 」
「デート、な」
そう言って近付き、ぐいっと顔を耳に近づけ何か囁いた。
「また連絡するから」と言い残して立ち去るヒロシに対し、呆然と立ち尽くしていた。
やっと言われた言葉の意味を理解すると地面にへたりこみ、口元を手で覆った。
「……ばかっ! 」
(余談:右足の靴紐が解けるジンクスは──)